36. 二人で目指すもの
ソフィアさんの話を聞いたあと、そのまま受付けに行き、依頼終了報告となった。依頼の三種の薬草を十本一束として、それぞれ二束の計60本を納品した。今回の薬草は一律1本50リギル(銅貨5枚)なのだが、保管方法と品質が良い優良品とされて買取価格が5割増しになり4500リギル、45レラ(銀貨4枚白銅貨5枚)になった。奈津希も同量の薬草を納品し優良品で45レラの報酬を受け取っていた。
ランクDフリーランサーの報酬としては妥当だ、前回の1000レラ(大金貨1枚)がおかしいのだ、と思い直した。
依頼完了手続きをして貰い、奈津希とそれぞれ報酬を受け取りギルドを後にした。料理のレパートリーも増え、高級料理店の料理に刺激され。また鍋を買いに行こうと決まっていた。
「どうする、宿を取って鍋や食器を買いに行く?」
「そうね、そうしましょう、夕方だし早く動かないとね」
宿は[レマルグの月]でレマルグは上弦の意味で、宿の女将さんに聞いた話では、これから満たされていくという意味らしく。その語感や値段から一旗揚げようと意気込む行商人が多く利用している宿で。二人部屋朝食付きで70リギル(銅貨7枚)と、フリーランス街と比べるとやや高いが、街の中では割と標準的な値段の宿だ。
部屋を確認し、早速宿を出て生活鍛冶屋(単に鍛冶屋と言えば、武器防具鍛冶を指すようだ)に向かった。
二人で色々な鍋を買い漁った。全部買うと店の商売に支障が出ると思い、ある程度は自重した、買った鍋は空間収納に仕舞った。そうやって4軒ほど店を回ったところで中華鍋が売ってあったので即決で買った。この店で作ったのか聞いたら、仕入れ品で遥か東方の国のものということだ。何れランクBフリーランサーとなり、冒険者の資格を得て行ってみたいなと思った。
「大分買ったね、4軒回って100個以上は買ったかな」
「んふふ〜……これで作った料理をさらにインベントリにストックできるわ、ラノベの定番よね」
「奈津希はラノベの定番を抑えようとするよね」
「当たり前じゃない『拉致から始まる異世界転生』なんて冗談みたいな生活をやってるのよ、何か心を誤魔化す楽しみでもないとやってられないわ」
「心を誤魔化すか……そうだよね。他人に押し付けられたどうでもいい世界でも、日々を生きる為の何か楽しみがないとね」
「そうよ。干城も何か探しなさいよ、たとえ空元気でもね。そうじゃないと前世の思い出に潰されるわ。アタシ時々思うの、50年以上の前世の記憶は残酷だって。勿論、知ってて身を助ける事もあるわ。でもそれ以上に今と前世を無意識に比べてしまう。もう帰れない世界の記憶に縛られる、まるで前世の記憶の亡霊みたいに」
干城にもそれは身に沁みていた。前世と切り離された時点で死んだも同然と思っている、自分も似たようなものだと思った。
「そのとおりだね、そして多分……当事者にしか分からない事だろうね。だから帰す手段もないのに、平然と自分の勝手な都合を押し付けて、平然と勇者召喚をやって、平然と賠償なんて言葉を口にできる。この世界を壊しても、爵位や領地を賠償にされても何も戻る事がない、無価値なものなのに」
50代という人生の晩年にさしかかり、失ったものの大きさを思えばどんな賠償も心が動かない。新しい自分、新しい世界と割り切ってこの世界を楽しめない。割り切れない感情のまま亡霊のように留まって前に進めない。前に進む為には何か目指す目標が必要だ。だから干城は提案する。
「奈津希。さっき中華鍋買ったでしょ、遥か東方の国の仕入れもの」
「ええ、買ったわ。干城も買ったでしょう」
「いつかさ。ランクBフリーランサーになって、金貨5枚を払って冒険者になろう。そして遥か東方の国に冒険の旅に出よう。冒険するのはラノベの定番だろ?」
「だったら野垂れ死にする自由を手に入れよう。誰にも縛られない、自選自決する自由の旅に出よう」
「ふふっ、良いわね野垂れ死にする自由。どうせこの世界に求めるものはないから、良いわねそれ」
沈みがちだった奈津希の表情は楽しそうな笑顔に変わった。
話しながらの帰り道、気づけば宿の近くに来ていた、宿代に夕食は含まれない、夕食はどこかに食べに行くか宿にするか?
「奈津希、夕食どうしよう?」
「夕食?! あっ、そうだったわね、ここまで来て今更だし、宿で食べましょう」
宿に入り、そのまま食堂に向かった、夕食はディアのステーキ、卵と野菜の炒め物、芋のスープと黒パンで15リギル、料理は美味しかった。
翌日、いつもの時間にギルドに着き。依頼ボードを眺めていると、レグラータの討伐依頼があった。場所は鉱山の街レノーラ。レグラータは豹に似た特徴と大きさで、牙が鋭く、動きも速い。肩付近に鞭か触角のような器官があり、電撃の魔法を使う。だが森に住んで無用な狩りはしない筈だが? それが番で廃坑に住み着いたみたいだ。依頼料は80レラ、Dランク依頼としては高額だが、誰も受けていないと言う事は場所が悪いという事だろう。
奈津希と相談して受ける事にして、レノーラへ向かった。
王都の西門を出て途中北西方向に曲がり、レノーラを目指す、身体強化をしていつものマラソンだ。レノーラまでは馬車で10日ほど掛かるという話だったので、450キロメートル前後かな? と仮定して、2〜3日で着くかな? と試算した。途中昼休憩を取り、バーチャルエリアを使うと決めて日没寸前くらいまで走り続けた。
「今日はよく走ったなぁ」
「あのオリンピック、フルマラソンアスリートクラスのスピードを途中1時間休憩しても、都合10時間走って息切れしてない身体と魔力量って何なのかしらね?」
「止めよう。考えるだけ無駄だし、考えると負けだと思う」
「それもそうね、ご飯作るからお風呂済ませちゃって」
ふと思い出して台所の奈津希に声をかける。
「そういえば、洗濯物用の籠って買ってなかった」
「そうだったわね。えと、これを使って」
「は〜い、先に風呂入ってくるよ」
街のテルマエ風の風呂屋も趣があるが、日本の風呂が馴染みがあるので、こちらに軍配が上がる。こっちはシャンプー、リンス、ボディソープもあるし。
風呂から上がって、リビングのソファでだらける。キンキンに冷えたビールが欲しいと思うひと時だ。ここは便利だし居心地も良いが、ハマると毒のような気もする。
夕食はボアの角煮、野菜炒め、ほうれん草のお浸し、ごはんとしめじの味噌汁
ここにある調味料を使った料理や食器や鍋もここにあるものは外に持ち出せない。
食事も終わり、片付けをする。
「片付けするから、風呂行ってきて」
「分かったわ、洗濯物は籠に入れてくれた」
「入れといたよ〜」
「じゃあ洗濯も済ませとくわね」
片付けも終わり、緑茶を飲みながら一息入れる。
暫くヌボ〜っとしていると奈津希も風呂から上がってきた、話しているうちに料理の話になった。
「ここなら、料理のストックも作りやすいけど、調味料混ぜないようにしないと持ち出せないのよね」
「そうなんよねぇ、なんせバーチャルエリアだから」
「それに料理作ってる時間もないし」
「時間? なんで?」
「なんでって、一緒に移動してるでしょう」
「思ったんだけどさ。奈津希はここで料理して、俺だけ走れば良くない? どこでドアを出してもここに繋がってるんだし」
「あ!……言われてみれば確かに。流石ね干城、着眼点が理屈っぽいわ」
「それ褒めてる? 今日は寝て、明日それで試してみようか」
干城はこの方法は上手くいくだろう、それより最近自分で料理を作ってないな。奈津希に押し付けになってないかな、とか考えてた。




