30. 遠征の出発前
お茶も配ったところで、ソフィアさんにあとでチャイの淹れ方を説明する約束をして、一旦昼食を食べにギルドをあとにする。
フリーランス街を離れて街に行き、[夜空の兎亭]という平民が客層の店だが、綺麗な店構えの食事処が目に入ったので、店に入ってみる事にした、空き席を探していると他の客が食べている料理が目に入った、驚いた事にスパゲッティだった、名前はリザングだが、小麦の品種とか製法とか厳密には違うんだろうが
、見た目は二人にとってスパゲッティだ。注文してしばらく待ち、提供されたリザングはミートソーススパゲッティで、ソースは全体に挽肉の味を行き渡らせ、一緒に盛り付けられた香草がソースの香りとあわさって食欲を刺激しているように感じた、黒パンとスープが付いて30リギル、少し前まではちょっと贅沢な値段だが今なら気軽に頼める、二人は話をすることもなく久し振りに食べるスパゲッティを堪能した。
「スパゲッティ久し振りに食べたなぁ、茹で加減はアルデンテより、あのくらい茹でた方が好みかな、やや太麺だったし」
「もっと大枠で、アタシはこっちで麺類初めて食べたわよ」
「確かに!」
「一食で30リギル(銅貨3枚)って少し前のアタシ達なら躊躇う金額ね」
「こっち来たばっかりの頃は、1日の生活費が36リギルだったから、その頃知らなくて良かったかも」
「逆にモチベーションになったかもよ?リザングが食べられる生活水準になるんだって」
「どうだろう? それもあるかも知れないし、逆に荒れてたかも知れないし」
「そうね。どっちもありそうね、でもさっき店を出る時に、アタシはまた食べに行こうって気になったわ」
「そうだね、生きる為に食わなきゃならない。美味い料理が明日への活力なのは確かと思うよ」
「そうよ、空腹を満たす作業みたいな食事よりは遥かにね。まぁ安い定番食のニスニラも美味しいから、それはラノベを裏切ってて良かったわ」
そのあとギルドに戻り、ソフィアさんの他に受付けのセシルさん、事務課のエレノアさん、素材査定課のリディアさんの四人とチャイを一緒に淹れて、作り方を教えた。女性の多くの支持を得たチャイだが、ギルドマスターが大変お気に召したらしく。茶葉の値段が格安なので、トータルすると1杯あたりチャイは普通に紅茶を淹れるのとコスト的には余り変わらないらしい。
翌日、Dランク依頼を見てみると、2日前の日付がある依頼目が付き内容は魔物討伐だった、ベリリュート討伐、報酬1頭につき銀貨5枚。
はて? ベリリュート。記憶を探れば鳥形の中型の魔物で強力な脚力と爪、風魔法を使ってくる、番で過ごし3〜4組の小集団を作る、生息地は山の中腹とかだったか、それで場所は? どうやらラエスタで見たレワード川の向こうに見えた山のようだ。
「どう思うこれ?」
「依頼の終了期限に余裕あるし、良いんじゃない?」
「なんでラエスタじゃなく、コッチに依頼が出てるんだろう?」
「ラエスタが元で、受ける人がいないから、どこにでも依頼を出してるとかかしら?」
「それありそう、受付で聞いてみようか」
奈津希の推察は正しく、依頼はラエスタのギルドで受注するようだ、ギルドを出て市場で食材を買い、門を出てからラエスタに向っていつもの身体強化で走り出した。
ラエスタのギルドに到着し、依頼ボードのベリリュート討伐依頼を受注する為、受付にギルドカードと依頼票を提出して受注手続きをする、肩まで伸ばした黒髪の受付嬢はレナータと自己紹介してくれた。以前お世話になったアルメイリアさんも別の窓口にいた。
ベリリュート討伐は巣まで行くのが大変で、討伐しても1頭(鳥形でも中型以上は1羽じゃないらしい)の報酬は50ネラ(銀貨5枚)、集団を作る生態だから1頭以上は討伐できるだろうが、それはそれで連携されるし、さらに空中の魔法を放つ魔物という事で敬遠されがちのようだ。
受付の際にベリリュートの生息地までの地図と、生息地付近の地形などの情報を貰った、レワード川の向こうに見える山はレモラレント連峰といい、山の向こうにロスニーニ辺境伯が治める街、人口8万の都市グラルメルフィスがあり、その辺境伯領の先が先王が戦を再開させようとした国、カペリノ王国のようだ。
「カペリノ王国ってログマイヤから案外近かったんだね」
「あの先王は馬鹿そうだったから、その近いって理由でちょっかい掛けたのかもしれないわね」
「あり得る。でも近いって事は、逆襲されたら直ぐにログマイヤに手がかかるって事なんだけどな」
「それを考え付く頭があったら、アタシ達に返り討ちになんかなってないと思うわよ」
奈津希は肩をすくめて、両手を広げる呆れのポーズをしていた。
「ご尤も」
「それより何か食べに行きましょう、お腹減ったわ」
「そうだね、商店街の方に行ってみようか」
「ええ、分かったわ」
商店街は以前来たときと同じで、買い物客で賑わい活気があった、威勢の良い店員の掛け声が聞こえる、とおりがかりの店を見ながら、幾つかの食事処を通りがかったところで、干城は店の前に出されたメニュー看板にふと目を止めた、食事処の名前は[レワードの恵み亭]だった。
「この店にしようか」
「ここ、何か気になるものがあった?」
干城は看板のメニューを指さし、目当ての料理がある事を話す。
「そこの看板にレワードデリエって書いてあるからさ、店の味と屋台の味の違いが気になってね」
「良いわね、他に何品か適当に選べば良いわね」
店に入って席に座り、メニューを見るが、料理名だけではどんな料理か分からないので、分かりやすそうなものを頼む事にした。
「レワードデリエって大皿料理で良いんですよね」
「はい、そうですよ。2〜3人くらいの人数で頼まれますね」
「それでは、レワードデリエの他に、私はディア肉の香草焼きセットをお願いします」
「アタシは、クコデューの煮込みセットをお願いします」
「はい、分かりました、暫くお待ちください」
「ここは相変わらず活気のある街だね、商店街が賑やかだよ」
「そうね、なんかイメージの漁師街って感じがするわ」
暫く談笑していると料理がきた、どれも美味しそうな匂いと盛り付けがなされ、目と鼻で食欲が刺激された。屋台と違いレワードデリエは少し深さがある大皿で、スープのような煮汁に具材が浸っている。具材は屋台と変わらずメルべ貝、白身魚、野菜だった。取り分けの小皿、トングと煮汁を掬うスプーンが付いていて。店の人に話を聞くと、屋台のレワードデリエは略式で野菜を炒めてスープを素にした餡掛けで味付けするが、こちらが本式で魚介のスープで野菜をじっくり煮る料理らしい。
「屋台とは違いがあるんだね」
「そうね、でも屋台のレワードデリエだって美味しかったわ、早速頂きましょう」
レワードデリエの煮汁は芳醇な香りと、果菜と魚介の味が渾然一体となり、スープとしてそれだけで満足という美味しさだった。ディア肉の香草焼きは、香草の香りが食欲を刺激し、クコデュー(鶏)の煮込みはトマトベースの煮汁で柔らかく煮込まれてチーズを使ったソースで味付けしてあった。ミデレスと小さく刻んだ野菜が入ったグルクレーレはクラムチャウダーのようで、黒パンにもよく合った。
食事を済ませて店を出、通りのベンチで一休みにした。
「美味しかった、屋台のレワードデリエは餡掛けだっけど、さっきの店はスープだったね。どっちも美味しいけど、店は何だがお店の料理って感じがする」
「そうね、店それぞれの味の違いもあるけど、屋台の露天で食べる開放感。お店のキチンとした完成品。直接味とは違うけど、でも味を刺激する要素に違いがあるわね」
ベンチに座り見上げた空は晴れた青、ラエスタはいつ来てもいい街だと思った、商店街の喧騒も賑やかだと思える、なにより美味い飯は明日からの遠征のモチベーションになった。




