24. 恩には報いるもの
王都ログマイヤは祝賀ムードだった、いつからか先王の治世は周辺国に侵攻し、得るものもなく退却を繰り返し、戦費を賄う為の増税に民は喘いでいた。
それを止めたのが第二王子のシルヴァノと当時宰相だったエルナート侯爵だった、シルヴァノとエルナートの策により、国王と王太子を王都から引き離し、その間に電撃的にカペリナ王国との戦線を縮小し、税を元に戻した。事は成ったが、国王と王太子の幽閉には失敗した、その為にエルナート侯爵は宰相を罷免され、シルヴァノは蟄居され、シルヴァノの母第二王妃のルシルグレーテも連座させられていた。
民はシルヴァノとルシルグレーテを心配しエルナート侯爵を心配した、それで王の治世に民の不満と反感は更に高まるばかりであった。そこで先王が打った一手が勇者召喚であり、その一手で自分に都合の良い未来しか考えられず自滅した。
だからこそ民は詳細は知らずともシルヴァノとエルナート侯爵の治世に快哉を叫ぶ程の期待をしていた、未来は明るいと信じる事が出来た。
王太后となったルシルグレーテは、第二王妃の頃から王都内や周辺都市、時間が作れれば地方の都市や村にまで慰問に訪れ、民たちの話に耳を傾け、問題があれば解決に尽力し、実家の後ろ盾で民を支援したりした。だからシルヴァノと王太后は民に人気が高かった。
かつてユグリダ王国は、「ユグリダリューグ」と呼ばれていた。ユグリダは民族の名、リューグは国を意味する。すなわち、ユグリダ民族が治める国。だが、激動の時代を経て民族を統一する絶対的な王が誕生したとき、国名は「ユグリダ王国」へと改められた。
周辺の国々――レマールスト、ログディス、カペリノ、イルダラウもまた同様の歴史を歩み、かつて冠していた「リューグ」の名を捨てて王国へと変化した国々である。自らの力で民族を統一したという歴史的自負から、これらの国々には特異な文化が根付いていた。神殿の教皇から「神の代理」として王位を承認してもらうのではなく、新王自らが「即位宣言」を行うことで権威を示すのだ。ある意味で、宗教的権威の極めて薄い国々だと言えた。
それは、世界の他の国々とは一線を画す。他国は、他民族や他種族を侵略・蹂躙して建国されたがゆえに、その免罪符として教皇の承認を必要とし、血統を繋いできたからだ。
ユグリダ王国の王都ログマイヤ。街壁の外に広がる街まで含めれば、人口は十三万人に達する。国内最大の巨大都市は、今日、熱狂に包まれていた。先王の崩御に伴い、シルヴァノが新王として即位したのである。
王位の宣言式を終え、夜を徹して開かれる祝賀の宴。23歳の若き新王シルヴァノは、自信に満ちた覇気をまとい、晴れやかな笑みを浮かべて臣下や貴族たちの祝辞を受け止めていた。
だが、その仮面の裏にある心中は、およそ祝宴にふさわしからぬ暗雲に覆われていた。頭から離れないのは、先王が『勇者召喚』の儀式によって異世界から呼び出した二人の異邦人――タテキとナツキの姿だった。
特に、タテキが去り際に言い放った冷徹な言葉が、呪縛のようにシルヴァノの脳裏にこびりついて離れない。『皆様とは常識も価値観も違う。なぜ皆様は、異世界の私共が自分達と同じ常識や価値観を共有していると思い込み、事の初めから相互理解もせず話し合いが成立すると思ったのですか?』突きつけられて初めて、シルヴァノは己の、そしてこの世界の傲慢さに気がついた。違う世界。違う常識。違う価値観。違う理。なぜ、その当然の事実に思い至らなかったのか。なぜ、自分が逆の立場だったらと考えなかったのか。シルヴァノとしては、できれば彼らと友誼を結びたかった。
しかし、二人にとって自分という存在は、友誼を結ぶに値しない路傍の石ころに過ぎなかったのだ。彼らはこの国にも、この世界にすら何の価値も見出していなかった。当然だろう、ここは本来、自分たちが生きるべき世界ではないのだから。常識と価値観の共有、そして対等な相互理解。タテキの言う通り、それこそが最初に、何よりも優先して行うべき対話の土台だった。自分たちは良かれと思って、この世界の常識に則った爵位や領地という「賠償」を提案した。だがそれこそが、彼らの心を決定的に踏みにじる行為だったのだ。
そこにある致命的なズレに、自分たちは最後まで気づけなかった。その事を最初から見抜かれていた。「賠償」という言葉を口にした瞬間、タテキの瞳に宿った静かな怒りの気配。そして、ナツキの表情から一切の生気が抜け落ち、絶望したように虚無へと変わったあの瞬間。だからこそ二人は、何も言い返せない哀れな私たちに愛想を尽かしたのだ。『お前達には話し合う価値もない。今後、二度と会うこともない』言葉にせずとも、その冷ややかな背中がそう物語っていた。
胸の奥に深く突き刺さった、抜けない棘。シルヴァノは喧騒のなか、干城が残した、言葉を小さく呟いた。
「……遅れた世界の、野蛮人。か」
◇◇
その頃、干城と奈津希は周辺の村や街から物資の輸送に走り回っていた、数日前からこの祝賀の為の物資輸送依頼は増えていたが、ログマイヤ支部所属のランクEのキャパを超えていた、周辺都市からも続々とランクEフリーランサーが出稼ぎに来ていたが、それでも足りず干城と奈津希は身体強化を駆使していつもよりスピードアップ(当社比)して1日数件走り回っていたのだ、お陰でここ最近の収入はとんでもなく上がっていた。
「ねえ、干城それ何件目?」
「3件目だね、昼飯までには帰ってくるよ」
干城は往復25キロメートルほどの距離を昼までの残り1時間で帰るとサラッと言った。
「じゃアタシも3件目走りますか」
奈津希も同類であった。
「ソフィアさん、これ受注するわ」
「はい、手続きを始めます」
ソフィアはにこやかにカードを受け取り、淡々と手続きを進めた。表情にも態度にも仕事の処理にも一切表に出さない、まさにプロの受付嬢だ。
そのソフィアも干城と奈津希の尋常なさを口にせずにいられなかった。
「タテキさんとナツキさんも、ここ最近の荷運び依頼は荷馬車一台分の荷物を空間収納に放り込み、荷の積み込みや積み下ろしを含めれば1日で往復するような依頼を1日数件こなしていますよね、今日は午前中で3件目ですよ、タテキさんとナツキさんには慣れてきたと思っていたが、まだまだ甘かったと反省しました」
「ソフィアさん、そんなことないわよ。今は稼ぎ時だから走ってるだけよ」
奈津希はあっけらかんと言い放ち、依頼受注手続きが終わるとギルドをあとにし、荷受け場所に走っていった。
午前中の荷運びを終えて二人は昼食を取っていた、街の屋台広場や食事処はどこも賑わっており、フリーランス街の屋台広場で昼食を取る事にした、出来上がりを待つより、出来上がりを摘む方が早いと思ったからだ。
干城は食事の雑談混じりに今の状況を話した。
「なんかさ、ランクEって、外に出るランクFって感じだよね」
「言われてみればそうかもしれないわね、街の中の倉庫で荷運びしてるか、街と村の倉庫間で荷運びしてるかの違いかしら」
「でしょ? 倉庫係りが、輸送兼倉庫係にモデルチェンジって感じ」
「それでも、ここ最近は大分稼いだから、貯金も100レラ超えたし文句言わないの」
「それと大分周りから冷やかな視線を感じるんだけど」
「しょうがないわね、これだけあからさまに荒稼ぎすると悪目立ちもするわ」
「だと言って、遠慮する気はないけどね」
「当然よ、できる事をやってるだけで、仕事を横取りしてないし今も捌いても増えてるのよ、それで文句をいう奴はフリーランサーの名折れよ」
昼食を終えてギルドに着くとソフィアさんに呼ばれた。
「昇級?」
「この1週間程のお二人の仕事量が尋常ではなく、依頼達成ポイントがランクDへの昇級条件に達しました」
「そこで、ギルドとして相談なんですけど」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます、昇級を一旦まって頂いて、今のEランク依頼を捌いて欲しいんです、ギルドから1件につき、報酬に20レラ(銀貨2枚)上乗せします」
つまり、昇級の足止めに対するギルドの詫び料って事か。
「なるほどねぇ、今アタシ達が昇級したらEランク依頼が受けられなくなるって事よね」
「今は、需要過多供給過少の状態だからしょうがないね。分かりました、私もそれで構いません」
「ありがとうごさいます、ご迷惑おかけします」
「迷惑なんかじゃないわ、ソフィアさん。寧ろアタシ達のギルドへのご恩返しね」
「奈津希いい事いう、今まで世話になっていて断るなんて不義理をしたら、それこそ敷居が高くなってギルドに入れなくなるからね」
「じゃあ、奈津希、午後も張り切って走るか」
「そうね、3件以上を目指しましょうか」
「ソフィアさん、依頼票取ってきますね」
「はい、受付けカウンターでお待ちします」
ソフィアは心底ほっとしたように、何度も深く頭を下げていた。損でしかない提案を、何でもないことのように受け入れた干城たちの態度が意外だったのかもしれない。
だが、こうした地道なやり取りの積み重ねが、フリーランサーとしての信用に繋がることを、干城たちはまだ知る由もなかった。




