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50代召喚(前世の記憶の亡霊が生きた道)  作者: くまじ
2章 フリーランサー
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23. 初めて気付いたこの世界の景色

 昼頃になったので昼食にしようと思ったが、食事処と屋台広場のどちらにしようか?


「奈津希、昼飯は食事処と屋台広場のどっちが良いかな?」

「屋台広場にしましょう」


「おっ! 即答、その心は?」

「屋台広場の方が色々な料理を見比べられるでしょ? 王都ログマイヤとラエスタの食材の違いを見てみましょう」


「確かに、食事処のメニューだけ見ても料理を見ないとピンと来ないか」

「そういう事ね」

「じゃあ、屋台広場を探そうか」


 街の中をブラつく、活気のある街だ、商店が並ぶ通りは買い物客で賑わっている。喫茶店だろうか? 通りに並べられたテーブルも粗方埋まっている。レワード川沿いの街は漁獲量が豊富なのか、魚や貝を売る店も多く見かける。食事処からはいい匂いが漂ってくる。通りに荷馬車を見掛けない事に気付いた、通行規制して歩行者天国状態なんだろうか?


「干城、あそこ屋台広場じゃない?」

指差された先に色とりどりのテントと薄く上がる煙が見える、確かにそのようだ。


「そうみたいだね、行ってみよう」


 先ずは、屋台広場を一通り見て回る。串肉の店もあるが、魚介の店が多い。


 串肉もログマイヤはボア肉やクコデュー(鶏)の串肉が多いが、ここはディア肉とクコデュー肉が多そうだ。


 魚介は、串に刺した塩焼きは以前タスカ村で頂いたボガン(山女魚)のようだ。網の上で焼く白身魚の垂れた脂が焦げる音と共に漂ってくる煙は、塗られたソースが一緒に焦げる香りがする。貝を網焼きや蒸したものに、スープの匂いが食欲を掻き立てる。


 王都で魚介は余り見掛けないから、やはり水辺の街なんだと思う。


「どれも美味しそうで選ぶのが大変そうだなぁ」

「ホントよね、スープの香りが暴力的だわ」


「醤油とは違うようけど、あの魚を焼くソースの匂いも暴力的だよ、美味しそうな匂いだ」


「魚醤とも違うわね、でも食べてみれば分かるでしょ、そろそろ何か決めましょ」


「テーブルに多少空きがあるし、料理を買って先にテーブルに着いた方に集合で、それぞれ選ぼうか」


「それがいいわね。同じ物を食べるより料理のサンプルが増えるわ」


 屋台を物色しながら料理を選ぶ、暴力的なソースの香りがする、切り身の魚はラエと言うらしく、ラエのソース焼きを買う。次に蒸し焼きにしたソーセージ、スープは破家蛤(バカガイ)のようなミデレスという貝がタップリ入ったスープにして、黒パンを買い足した。


 テーブルに着くと、程なく奈津希も来た。やっぱりラエのソース焼きは外せなかったようだ。焼き牡蠣のような貝が3個あるオルブスの殻焼きと、だし巻きのような玉子焼き。スープはクラムチャウダーのようなグルクレーレと黒パンを選んでいた。


 二人で食べる追加だと言って、大皿にメルべ貝(ムール貝似)と白身魚や野菜を炒めて、とろみを付けたソース掛けたレワードデリエと言う料理も持ってきた。


「レワードデリエって幾らだった? あとで折半しよう」

「折半なんていいわよ、それより冷める前に食べましょ」


「分かった、でも色んな料理を選べるのは屋台の醍醐味だよね」


「そうね、どれも美味しそう、今度ログマイヤの屋台広場でも串肉以外も試さなくちゃね」

「そうだね、じゃあいただこう」


 二人とも最初は気になってたラエのソース焼きだ、身は脂が染みているのか柔らかく。ソースの味は醤油に近く、やや円味(まろみ)のない味だが香ばしい薫りも良く美味しく感じる。


「えっ? 少し角が立った感じがするけど、醤油に近いね」

「そうね、大豆醤油のような円(まろ)やかさはないけど、この世界でこの味があるなら、後でこのソースを買いに行きましょうよ」


「このソーセージディア肉かな、中にチーズも混ぜて脂分を足してるのかな、美味しいよ、奈津希ひとつ食べる?」 

「いただくわ、オルブスとひとつ交換しましょ」


「このオルブスの殻焼き、噛むと身の中の水分がドバっと溢れ出て火傷しそう。でも美味しいし、鼻を抜ける匂いが更に味を良くしてる」


「このソーセージパリッとした食感が良いわね、赤身が多いのに、脂が染み出て何か香草も入ってるのね。複雑な香りが鼻を抜けるわ」


「レワードデリエに使ってる餡も、このソースで作ってるんだね、全体の味が纏ってる」

「ホントね、それにこの餡が熱を閉じ込めて冷めにくいみたいね、まだアツアツだわ」


「ミデレスのスープ美味しい、何かで出汁を取ってるのかいい味してる」

「グルクレーレもチーズが贅沢に使われていて、芳醇な香りで貝の身は同じミデレスかしら。このスープに黒パンを浸すと美味しいわ」


 感想を言い合い食事を楽しむ、屋台食は単品だと安いが、あれこれ買うとトータルは食事処の一食より高くなる。だが青空の下で食べる食事は、楽しく美味しかった。


 食事を堪能して、テーブルも片付け、市場に向け街を散策する。ふと通りを見ていて気付いた。地球のサラブレッドより大きく、脚も太く、サラブレッドの速さと輓馬(ばんば)のような力強さを兼ね備えた馬が、馬車や荷馬車を引いているところを良く見る。だが通りに馬糞が落ちてないし、臭いもしない。


 馬糞の回収を専業にしてる人がいるんだろうか? この世界に興味が薄い干城は今まで気にした事がなかった。


「今思ったんだけどさ、馬車はよく見るのに馬糞は見た事がないし、街も変な臭いがしないよね」

「言われてみればそうね、気付かなかったわ。昔の中世都市は馬糞臭かったって何かで見たわね」



 市場に着きソースを探すと直ぐ見付けた、店にはお祖母さんがいた。

「すみません、このソース下さい」

「ラマオかい、どれくらい買うんだい?」


「一番大きな樽ごと欲しいです」

「私も」 


「あっはっはっ、豪気だねぇ。一樽づつで勘弁しておくれ? 全部売ると次の仕入れまで、商売が止まっちまうからね」

「はい、それでお願いします」


「分かったよ、樽代まで含めると8レラ80リギル(白銅貨8枚銅貨8枚)だね」

「「はい、8レラ80リギルです」」


「こんな大きな樽、どうやって持って帰るんだい」


 二人は樽を空間収納した。


「空間収納かい、便利だねぇ、商売に向いてるよ」

「はい、そう思います、ありがとうございました」


「ああ、気を付けておいき」


 それから市場を回り、肉、野菜、魚、卵、ソーセージなどの加工品を買った。ある魚屋で奈津希が店の奥に目を止めた。


「あの、奥の籠に入った小魚は売ってないんですか?」

「ギスタの事かい? あれは畑の肥料にしてるよ」


「売ってもらう事はできますか?」

「そりゃ構わないけど、食いでのない魚だよ?」


「構いません、お願いします」

「そうかい、じゃあお嬢ちゃん可愛いし、1リギル(小銅貨1枚)で良いよ」


「ありがとうございます」

「奈津希、どうするのそれ?」


「煮干しにできないか試してみるわ」

「ああ、上手くいったら、出汁がとれるね」


 市場を後にした二人は、街の外れへと歩を進めた。


 川を渡る渡し船の桟橋近くに古びたベンチを見つけ、腰を下ろして一休みする。


「活気があっていい街だね」

「穀倉地帯で、魚介もあって食べ物が安い。住むには良い所ね」


「歳的には肉より魚かな?」

「ジジ臭いガキねぇ」


「チンチクリンはお互い様じゃない?」

「私はチンチクリンじゃないわよ」


「左様(さい)ですか……」

「……」 


 他愛のない軽口を交わした後、干城と奈津希は、自然と目の前に広がる景色へと視線を向けた。


 これまでは、ただ日々を生き延びるためだけの、興味も、意味もない灰色の世界だった。


 今までは、そんなことを気にする余裕さえなかった。


 勇者召喚によって、自分たちの生きていた世界を理不尽に奪われた。ここは、自分たちが絶望したはずの世界。新しい自分が生きる新しい世界と割り切るには、前世生きた50年以上の歳月は重すぎた。


 ゆったりと流れるレワード川のどこかで魚が跳ね、ポチャンと静かな水音を立てて戻っていった。


 水面(みなも)を進む渡し船と、漁師たちの活気ある掛け声。


 川の向こうには街道が伸び、豊かな畑がどこまでも広がっている。そこで汗を流す人々の姿と、さらにその奥にそびえる雄大な山脈。


 時折、肌を優しく撫でていく風は、青々とした草と土の匂いを運んでくる。


 そして……見上げた青空には白い雲が浮かび、柔らかな光が降り注いでいる。





 ……人の営みと、自然が織りなす景色は、これほどまでに美しかったのか。


 干城と奈津希は、召喚されて初めて、この世界の「彩(いろどり)」に気づいたような気がした。


 自分たちの人生を狂わせ、奪ったのは勇者召喚をした先王だ。


 まだ世界そのものを愛せるわけではない。けれど、憎むべきは、この世界そのものではないのだと、二人の心に静かな灯がともった。






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