23. 初めて気付いたこの世界の景色
昼頃になったので昼食にしようと思ったが、食事処と屋台広場のどちらにしようか?
「奈津希、昼飯は食事処と屋台広場のどっちが良いかな?」
「屋台広場にしましょう」
「おっ! 即答、その心は?」
「屋台広場の方が色々な料理を見比べられるでしょ? 王都ログマイヤとラエスタの食材の違いを見てみましょう」
「確かに、食事処のメニューだけ見ても料理を見ないとピンと来ないか」
「そういう事ね」
「じゃあ、屋台広場を探そうか」
街の中をブラつく、活気のある街だ、商店が並ぶ通りは買い物客で賑わっている。喫茶店だろうか? 通りに並べられたテーブルも粗方埋まっている。レワード川沿いの街は漁獲量が豊富なのか、魚や貝を売る店も多く見かける。食事処からはいい匂いが漂ってくる。通りに荷馬車を見掛けない事に気付いた、通行規制して歩行者天国状態なんだろうか?
「干城、あそこ屋台広場じゃない?」
指差された先に色とりどりのテントと薄く上がる煙が見える、確かにそのようだ。
「そうみたいだね、行ってみよう」
先ずは、屋台広場を一通り見て回る。串肉の店もあるが、魚介の店が多い。
串肉もログマイヤはボア肉やクコデュー(鶏)の串肉が多いが、ここはディア肉とクコデュー肉が多そうだ。
魚介は、串に刺した塩焼きは以前タスカ村で頂いたボガン(山女魚)のようだ。網の上で焼く白身魚の垂れた脂が焦げる音と共に漂ってくる煙は、塗られたソースが一緒に焦げる香りがする。貝を網焼きや蒸したものに、スープの匂いが食欲を掻き立てる。
王都で魚介は余り見掛けないから、やはり水辺の街なんだと思う。
「どれも美味しそうで選ぶのが大変そうだなぁ」
「ホントよね、スープの香りが暴力的だわ」
「醤油とは違うようけど、あの魚を焼くソースの匂いも暴力的だよ、美味しそうな匂いだ」
「魚醤とも違うわね、でも食べてみれば分かるでしょ、そろそろ何か決めましょ」
「テーブルに多少空きがあるし、料理を買って先にテーブルに着いた方に集合で、それぞれ選ぼうか」
「それがいいわね。同じ物を食べるより料理のサンプルが増えるわ」
屋台を物色しながら料理を選ぶ、暴力的なソースの香りがする、切り身の魚はラエと言うらしく、ラエのソース焼きを買う。次に蒸し焼きにしたソーセージ、スープは破家蛤のようなミデレスという貝がタップリ入ったスープにして、黒パンを買い足した。
テーブルに着くと、程なく奈津希も来た。やっぱりラエのソース焼きは外せなかったようだ。焼き牡蠣のような貝が3個あるオルブスの殻焼きと、だし巻きのような玉子焼き。スープはクラムチャウダーのようなグルクレーレと黒パンを選んでいた。
二人で食べる追加だと言って、大皿にメルべ貝(ムール貝似)と白身魚や野菜を炒めて、とろみを付けたソース掛けたレワードデリエと言う料理も持ってきた。
「レワードデリエって幾らだった? あとで折半しよう」
「折半なんていいわよ、それより冷める前に食べましょ」
「分かった、でも色んな料理を選べるのは屋台の醍醐味だよね」
「そうね、どれも美味しそう、今度ログマイヤの屋台広場でも串肉以外も試さなくちゃね」
「そうだね、じゃあいただこう」
二人とも最初は気になってたラエのソース焼きだ、身は脂が染みているのか柔らかく。ソースの味は醤油に近く、やや円味のない味だが香ばしい薫りも良く美味しく感じる。
「えっ? 少し角が立った感じがするけど、醤油に近いね」
「そうね、大豆醤油のような円やかさはないけど、この世界でこの味があるなら、後でこのソースを買いに行きましょうよ」
「このソーセージディア肉かな、中にチーズも混ぜて脂分を足してるのかな、美味しいよ、奈津希ひとつ食べる?」
「いただくわ、オルブスとひとつ交換しましょ」
「このオルブスの殻焼き、噛むと身の中の水分がドバっと溢れ出て火傷しそう。でも美味しいし、鼻を抜ける匂いが更に味を良くしてる」
「このソーセージパリッとした食感が良いわね、赤身が多いのに、脂が染み出て何か香草も入ってるのね。複雑な香りが鼻を抜けるわ」
「レワードデリエに使ってる餡も、このソースで作ってるんだね、全体の味が纏ってる」
「ホントね、それにこの餡が熱を閉じ込めて冷めにくいみたいね、まだアツアツだわ」
「ミデレスのスープ美味しい、何かで出汁を取ってるのかいい味してる」
「グルクレーレもチーズが贅沢に使われていて、芳醇な香りで貝の身は同じミデレスかしら。このスープに黒パンを浸すと美味しいわ」
感想を言い合い食事を楽しむ、屋台食は単品だと安いが、あれこれ買うとトータルは食事処の一食より高くなる。だが青空の下で食べる食事は、楽しく美味しかった。
食事を堪能して、テーブルも片付け、市場に向け街を散策する。ふと通りを見ていて気付いた。地球のサラブレッドより大きく、脚も太く、サラブレッドの速さと輓馬のような力強さを兼ね備えた馬が、馬車や荷馬車を引いているところを良く見る。だが通りに馬糞が落ちてないし、臭いもしない。
馬糞の回収を専業にしてる人がいるんだろうか? この世界に興味が薄い干城は今まで気にした事がなかった。
「今思ったんだけどさ、馬車はよく見るのに馬糞は見た事がないし、街も変な臭いがしないよね」
「言われてみればそうね、気付かなかったわ。昔の中世都市は馬糞臭かったって何かで見たわね」
市場に着きソースを探すと直ぐ見付けた、店にはお祖母さんがいた。
「すみません、このソース下さい」
「ラマオかい、どれくらい買うんだい?」
「一番大きな樽ごと欲しいです」
「私も」
「あっはっはっ、豪気だねぇ。一樽づつで勘弁しておくれ? 全部売ると次の仕入れまで、商売が止まっちまうからね」
「はい、それでお願いします」
「分かったよ、樽代まで含めると8レラ80リギル(白銅貨8枚銅貨8枚)だね」
「「はい、8レラ80リギルです」」
「こんな大きな樽、どうやって持って帰るんだい」
二人は樽を空間収納した。
「空間収納かい、便利だねぇ、商売に向いてるよ」
「はい、そう思います、ありがとうございました」
「ああ、気を付けておいき」
それから市場を回り、肉、野菜、魚、卵、ソーセージなどの加工品を買った。ある魚屋で奈津希が店の奥に目を止めた。
「あの、奥の籠に入った小魚は売ってないんですか?」
「ギスタの事かい? あれは畑の肥料にしてるよ」
「売ってもらう事はできますか?」
「そりゃ構わないけど、食いでのない魚だよ?」
「構いません、お願いします」
「そうかい、じゃあお嬢ちゃん可愛いし、1リギル(小銅貨1枚)で良いよ」
「ありがとうございます」
「奈津希、どうするのそれ?」
「煮干しにできないか試してみるわ」
「ああ、上手くいったら、出汁がとれるね」
市場を後にした二人は、街の外れへと歩を進めた。
川を渡る渡し船の桟橋近くに古びたベンチを見つけ、腰を下ろして一休みする。
「活気があっていい街だね」
「穀倉地帯で、魚介もあって食べ物が安い。住むには良い所ね」
「歳的には肉より魚かな?」
「ジジ臭いガキねぇ」
「チンチクリンはお互い様じゃない?」
「私はチンチクリンじゃないわよ」
「左様ですか……」
「……」
他愛のない軽口を交わした後、干城と奈津希は、自然と目の前に広がる景色へと視線を向けた。
これまでは、ただ日々を生き延びるためだけの、興味も、意味もない灰色の世界だった。
今までは、そんなことを気にする余裕さえなかった。
勇者召喚によって、自分たちの生きていた世界を理不尽に奪われた。ここは、自分たちが絶望したはずの世界。新しい自分が生きる新しい世界と割り切るには、前世生きた50年以上の歳月は重すぎた。
ゆったりと流れるレワード川のどこかで魚が跳ね、ポチャンと静かな水音を立てて戻っていった。
水面を進む渡し船と、漁師たちの活気ある掛け声。
川の向こうには街道が伸び、豊かな畑がどこまでも広がっている。そこで汗を流す人々の姿と、さらにその奥にそびえる雄大な山脈。
時折、肌を優しく撫でていく風は、青々とした草と土の匂いを運んでくる。
そして……見上げた青空には白い雲が浮かび、柔らかな光が降り注いでいる。
……人の営みと、自然が織りなす景色は、これほどまでに美しかったのか。
干城と奈津希は、召喚されて初めて、この世界の「彩」に気づいたような気がした。
自分たちの人生を狂わせ、奪ったのは勇者召喚をした先王だ。
まだ世界そのものを愛せるわけではない。けれど、憎むべきは、この世界そのものではないのだと、二人の心に静かな灯がともった。




