17. 礼儀知らずな騎士の来訪
その日はEランク依頼にやろうという気になる依頼がなく、午前中にF依頼の張り出し日が古い溝掃除を2件ずつ済ませた、先日に出来た浮遊魔法は溝掃除でその力を遺憾無く発揮し、以前よりも更に早く溝掃除を終わらせる事が出来た。干城と奈津希は昼には少し前の時間帯に屋台広場横のベンチで街ゆく人達の話し声や商店の呼び声を聞きながら、屋台の果汁を買って魔法で作った氷を落として、一休みしていた。
溝の泥を浮遊魔法で退けられた事や今着ている服の事などを話をしていた。
「こっちの服って生地があんまり良くないわね、なんか直ぐ破れそうだわ」
「まぁ、節約して古着で買ったからね、もう少し貯金が増えたら新品の服を買ってみようか」
「召喚された時の服が今のところ一番生地がいいのよね、洗濯できる時には洗濯したけど、それでもやっぱり一着はないわよね」
「あの服も謎だよね、日本の服じゃなさそうだけど」
「服って言えば街と村じゃ服装が全然ちがうのね」
「そうだね、村の人は汚れるの前提って感じの服だね、あと女の人はだいたいエプロン着けてるね」
「農業も手作業ですものね、仕方ないのかもしれないわね」
「そうだ! 汚れるって言えば、俺さ今日の溝掃除は浮遊魔法のお陰で、汚れる心配を全くせずに今までより早く終わったよ」
「そう! あれ便利だったわ、寧ろ日本じゃ不可能な方法を今やってるって思ったわ」
「日本……日本、そうだね」
干城は思い立った事を話した。
「実はさ、前世自分の名前も歳も覚えてる、独身だった事も覚えてる、それが未婚なのか死別なのかは覚えてない、家族構成も、何の仕事をしてたのかも、どこに住んでたのかも、召喚される時どこで何をしてたのかも覚えてない、忘れていってるのか、召喚された時点で忘れたのかも分からない」
「あ〜……それね、アタシも分からないのよ。でもアタシの名前ね、最初は『夏姫』って字にしようとしてたらしいのよ、それを知った時に、もしその字だったら、歳を取るごとに書類に名前を書くのが精神的に大変だっただろうなぁって思ってたのよね」
「でもね、そんなくだらない事でも、今になると幸せな事だったんだなぁって思ったのよ」
「……どうしてこんなことになってしまったのかしらね」
「どうして、か……原因は分かるけど理解も納得もしたくないね」
それから他愛もない話をした、笑いながらそんな話をしていると甲冑を身に着けた騎士三人が近付いてきた。
「お前達が召喚者か?」
「そうですが」
「では城まで付いてこい」
「誰が何の用で呼んでるんでしょうか?」
「宰相様がお呼びだ、用は知らん」
いきなり人を呼びつけ、用件すら分かっていない事に、干城も我慢の限界だった。干城は日本の常識をこの世界に押し付ける気はなかった。だが、異なる常識と価値観を持つ異世界の召喚者という事に考えが至れず、平民だからと一方的で人を人とも思わない貴族の常識の押し付けに腹が立った、だから自分達の常識の一端を知らせてやろうと思った、相互理解もなしに話し合いが成立するわけがない。
「ガキの使いか? 何の用かも把握せずに、言われましたってだけで街の中を探し回ってたのか? そんなガキみたいな輩にノコノコ付いて行かないといけない理由はなんだ?」
一人の騎士が剣に手を掛けた。
「その剣を抜いたら死ぬと思え」
奈津希は何も語らない。深く静かだが、底冷えする視線が三人の騎士を射貫いた。
干城と奈津希が行った、召喚の場で王も王族も宰相も多くの騎士や貴族を斬殺し、夥しい数の死体と血の海となった謁見の間の惨状を思い出した騎士は剣から震える手を離し、二人の騎士は一歩後退った。
干城は相互理解の欠如に気づかせる為に、わざとこちらでは分からない言葉を選んだ。
「人を呼び出すなら、先に相手がいつなら都合がつくか確認してからにしろ、アポイントの常識だ、それと用件くらい伝えられるようになってからこい」
騎士達は何も言わずに帰っていった。
「全く、なんで奴らは人を苛つかせる事しかできないんだ?」
「さっきの干城は怖かったわ〜、ゴブリン相手に戦うか悩んでた同一人物とは思えないわ」
「確かにそうだな、あいつらは俺の中ではゴブリン以下なのかな? 斟酌する理由や必要性がまるで思い付かない」
「また来ると思う?」
「間違いなく来るだろうね、次はもうちょっとマシな奴に来て貰いたいもんだね」
二人は果汁を飲み干して立ち上がり、カップを屋台に返却に向かう。
「屋台の串肉を食べに行かない? こっちで初日に食べさせて貰らった思い出の味よ」
「良いね、あの時はあの肉が焼けるいい匂いが暴力的だったのと荒鷲のパーティに食べさせて貰った串肉が美味しかった思い出」
「ほんの3週間前の事なんだけどね」
「そうなんだよな〜、まだ3週間なのに結構前の事のように思うよ」
思い出しながら苦笑交じりになってしまう。
「初めは大変だったわよねぇ〜、一文無し、食べ物なし、仕事なし、知り合いもツテもアテも住む所もなし、何をどうすれば良いのか、誰に相談すれば良いのか、手探りどころじゃなかったわよね」
「ギルドマスターとソフィアさんには頭が上がらないよね、特にソフィアさんは面倒がらずに、常識相談役受付嬢としていつも丁寧に対応してくれるし」
「ソフィアさんね、そうね、毎度アタシ達が知らない常識を懇切丁寧に教えてくれるからね、本当に助けられてるわね」
「ねぇ奈津希、この肉赤身の味がしっかりしてて、塩だけなのに、すごく美味しい」
「味はそうなんだけど、少し硬いわ魔物肉かしら? もう少し脂分があっても良いと思うけど」
「野生の魔物だから脂は少ないと思いま〜す」
「あ! あっちは鳥みたいね、鳥はどうかしら?」
昼食時になり、屋台広場の通路を多くの人と行かい、腹と鼻腔をくすぐる料理の匂い、串肉の焼ける音、威勢の良い店の呼び声、人々の喧騒を楽しみながら二人は数件の屋台を食べ歩き、腹一杯になるまで屋台の食べ比べを楽しんだ、この世界に来ていつも腹八分だったのが腹一杯食べたのは初めての事だった、召喚されてまだ間もなく、何の料理、何の肉かも分からないが、屋台の単価が安い食事が二人にはとても美味しかった。
無礼者への苛立たしさは霧散した、一時の幸せ。だが、城からの呼び出しは翌日も続いた……




