↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50代召喚(前世の記憶の亡霊が生きた道)  作者: くまじ
1章 召喚と生活基盤作り
20/85

16. フリーランス街の互助

 Eランク依頼に魔物討伐はない。遭遇した「はぐれ」を処理することはあっても、それはあくまで偶発的な対処に留まる。


 たとえ最弱の魔物であっても、巣の掃滅や集団の殲滅といった本格的な討伐戦はDランク以上の領域だった。


 これには、魔物の討ち漏らしを減らすという明確な意図がある。人間と戦って生き残った魔物は狡猾に知恵をつける。だからこそ、経験の浅いEランクには最初から討伐依頼が回らない仕組みになっていた。


 まずは安全な依頼をこなしつつ、はぐれを相手に経験を積む。そのため、報酬だけで生活が安定するのはランクDからであり、ランクEにはそれほどの余裕はなかった。


 干城(たてき)と奈津希(なつき)は、Eランク依頼の荷運びや村の収穫手伝い、時には掲示板に放置されたF依頼の溝掃除などを地道にこなし、日々の食い扶持を稼いでいた。


「結構斬ったし、そろそろ短剣もメンテに出した方がいいかな」

「そうね。元が安物だし、こまめに手入れはしてるけど、少し切れ味が落ちてきた気がするわ」


「40レラ(銀貨4枚)分の貯金もできたしね。ひとまず飢え死にする心配はなくなったし、今日は一息ついてメンテに充てよう」

「アタシ達はソロだったり、報酬を分けても二人分だからマシだけど、普通のパーティって四〜五人が標準でしょ? それを人数分で割るって考えると、他の人たちは生活がカツカツでしょうね」


「確かに。ランクEからは魔物と戦う機会も出てくるし、武器や防具の維持費がかさめばそうなるか」

「その上にもし怪我でもしたら、治療費で一気に破産しかねないわよ」


「その点、このフリーランス街の店なら多少は融通が利くんじゃないかな?」

「そう言えば、この辺りは街全体がフリーランサーの互助会みたいなものだったわね」


 そんな雑談を交わしながら、二人は朝の時間をのんびりと過ごした。そろそろ開店時間になる頃合いを見計らって木賃宿を出る。


 他愛のない話をしながら歩いていると、以前短剣を購入した『ログナー武具工房店』の看板が見えてきた。


 店のドアを開けるとカランコロンとドアベルの音がなった。店内のカウンターにログナーさんの姿が見えた。


「すみません、短剣のメンテナンスをお願いします」


「メンテか。どんな状態だ、見せてみろ」


 促されると、二人は空間から短剣を取り出し、カウンターへと置いた。


「収納魔法か……いや、それより短剣は……」


 ログナーさんは短剣を手に取り、時々首を傾げながら状態の確認を始めた。


「しっかり手入れもしてるな。結構な頻度で使っているようだが、腕がいいな。その歳なら刃に歪みや刃毀れがありそうなものだか、そんなものもない。これならどちらも研ぎ直すだけで十分だ」

「では、それでお願いします」


「分かった、1時間ほど時間をくれ」

「それじゃあ、その間にご飯を食べてきてもいいですか?」

「ああ、構わん。ゆっくり食ってくるといい」



 店を出て食事処を探しながら、干城はふと、いつもとは違う路地に目を向けた。見慣れない看板が気になったのだ。


「奈津希、いつもと違う店に入ってみようか?」

「そうね。新規開拓も大事よね」


 奈津希が同意して隣を歩く。

「最近は、たまにニスニラ以外も食べられるようになったけど、入る店はずっと同じだったからね」

「ニスニラ食べ比べ?」


「それも面白そうだけど……。20リギル(銅貨2枚)以内なら、今日は何を食べてもいいんじゃない?」


 そう言って二人が見つけた食事処の看板には、[年末の憂鬱亭]と掲げられていた。


「インパクトのある名前の店だなぁ」

「ギルド会費の事かしら? なんだか実感がこもっているわね」


「とりあえず入ってみようか」

「そうね」


 カランとドアベルを鳴らして足を踏み入れると、店内はごく普通の、掃除の行き届いた清潔な食事処だった。食事の時間帯を外れているせいか、他に客の姿はない。


「いらっしゃい。適当に座ってくれ」


 カウンターの向こうから、店主らしき男が声をかけてきた。二人は清潔なカウンター席に腰掛け、置かれていたメニューに目を走らせる。


「とりあえずメニューを見てみよう」


 品並びを確認していた干城の目が、ある一行で止まった。そこには、あの安価な定番飯であるニスニラよりもさらに安いボアの臓物煮6リギル(小銅貨6枚)があった。


 二人は顔を見合わせ、それを注文した。運ばれてきたのは、黒パンと、ボアの腸を少しの野菜とともに濃いソースで煮込んだ料理だった。恐る恐る口に運んだ奈津希の目が輝く。


「美味しい! 生臭さがまったくないわ!」

「この値段で、これだけの味が出せるのか……」


「それに、ミノかしら? すごくよく煮込んであるわ。肉が驚くほど柔らかい、ねえ……これ、どう考えても原価とトントンじゃないかしら?」


 奈津希が声を潜めて囁く。他に従業員も客もいない静かな店内だ。二人の会話は、当然のように厨房の店主に聞こえていたらしい。食べ終えて一息ついた頃合いを見計らい、店主がカウンター越しに歩み寄ってきた。


「お前さん達、他の奴らとは着眼点が違うな?」


 干城は少し恐縮しながらも、居住まいを正した。


「ごちそうさまでした。私はタテキと言います」

「ナツキです。はじめまして」

「お前さん達が、今噂のタテキとナツキか。俺はこの[年末の憂鬱亭]の店主、デコーズ・ナトラクだ」 


 ナトラクと名乗った店主は、腕を組んで二人をまじまじと見つめた。

「あの、着眼点が違う、というのはどういう意味でしょうか?」


 干城が尋ねると、ナトラクはニヤリと笑った。


「お前さん達はランクEなんだろ?  普通、ランクEやFの駆け出し連中は、味や調理法なんて気にしねえ。安くて腹に溜まりゃあそれでいいって目をしてる。それなのに『原価』だって?  そりゃフリーランサーじゃなく、商人の視点だ。それをその若さで気づくとはな。なるほど、噂になるわけだ」


「あのぅ……アタシ達、どんな風に噂されているんですか?」


 奈津希が不安そうに首を傾げると、ナトラクは豪快に笑った。


「礼儀正しくて、一度見たら忘れない可愛い子供。だけど話してみると、まるで年寄りと喋っているようなチグハグさを感じる子たち、だいたいそんな評判だぞ」


 思わず苦笑いしてしまう二人だったが、干城は先ほどの疑問をもう一度ぶつけてみることにした。


「それよりもナトラクさん、この料理、実際はほとんど儲けがないんじゃないですか?」

「まあな」


 ナトラクはあっさりと認めた。


「だが、パンは自前で焼いてるし、臓物もギルドの解体課と契約してタダ同然で仕入れてる。だから赤字にはなってねえぞ」


「商売として、それはいいんでしょうか?」

「そうだな。商人や商売人としては落第だろう。だが、俺は料理人だ。この店を維持して、俺が食っていけるくらいの儲けは別のメニューで出してる。あとは、この街で商売をしている料理人としての意地さ。自分の腕でできる、駆け出しフリーランサーへの応援がこれなんだよ」


 なるほど。この界隈の店は、フリーランサーたちの目に見えない「互助会」のような役割を果たしているのだ。干城と奈津希は、この世界の温かさを肌で実感していた。


 心地よい満腹感のままナトラクに別れを告げ、二人はログナーの店へと向かった。店に到着すると、頼んでいた用件はもう少しで終わるところだったようで、二人は店内に並ぶ武具を眺めながら少しだけ待った。


「お待たせ、二つとも研ぎは終わったぞ」


 奥から出てきたログナーが、仕上がった品を差し出す。

「ありがとうございます! 料金は幾らですか?」

「この程度の手間、金はいらんよ」


 ログナーの言葉に、干城は真剣な表情で首を振った。


「いえ、職人さんの腕を安売りしてはダメです。幾らかでも絶対に料金を取ってください」


 まっすぐな目で言われ、ログナーは気圧されたように苦笑した。


「そう言われちゃあなぁ。分かった、料金は全部で5リギル(小銅貨5枚)だ」

「……安すぎませんか?」


「そうでもねえさ。これで今夜、エールを1杯美味く飲ませてもらう。それで十分だ」

「分かりました。では、5リギルです」


「はいよ、毎度。気をつけてな」

「ありがとうございました」


 店を出て、二人はこれからの予定を相談する。


「ねえタテキ、今は服がこれ一着しかないでしょ?  さすがに上下三着ずつは欲しいわ。下着はもっと必要だし」

「そうだね、買いに行こうか」


 奈津希の提案に頷きながら、干城は歩き出す。


 ゼロから始めたこの異世界での生活基盤が、街の人々の優しさに支えられながら、少しずつ、しかし確実に出来上がっていくのを実感していた。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。