15. 初めてのEランク依頼 2
俺達はそれぞれの目的地に向かって歩き出した。俺が素材屋通りの倉庫に到着すると、山積みの荷物の傍に五人の男たちがいた。
この人たちで間違いないだろう。俺は声を掛けた。
「おはようございます。依頼を受けたフリーランサーですが、タスカ村までの荷運び依頼を出されたのは皆さんでしょうか?」
「ああ、そうだが……荷車はどうした? それとも、後から誰か応援が来るのか?」
「いえ、依頼を受けたのは私一人です。荷物は空間収納で運びますので問題ありません」
「空間収納だと! そうか、そいつは助かる。荷物を頼む!」
「はい、承知しました」
荷物の中身は、ハンマーやノコギリ、釘といった工具類のほか、レンガや石灰石などの建築資材だった。
「荷物はすべて収納しました。向かうのは東門でよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだ」
「分かりました。実は連れが、もう一つのタスカ村への荷運び依頼を受けて動いています。東門を出たところで待ち合わせをしているので、到着後に少しお待たせしてしまうかもしれませんが、ご容赦ください」
「あいつらの荷物か。分かった、構わないぜ」
◇◇
市場の片隅、市場近くの倉庫に赴いた奈津希は、積み上げられた物資の山と、それを取り囲む六人の男たちを見つけて声を掛けた。
「おはようございます。タスカ村への荷運び依頼を受けたフリーランサーです。皆さん、こちらのご依頼で間違いありませんか?」
「ああ、そうだが……」
男たちの代表らしき者が、目の前の天使のような可愛らしい少女を見つめ、困惑を隠せない様子で眉をひそめた。
「お嬢ちゃん、一人なのか?」
「はい、私一人です。荷物は空間収納で運びます」
「空間収納……」
「こちらですね、荷物を収納します」
荷物はワイン樽、エール樽、肉、ソーセージ、大量のチーズに黒パンなどの食料品。
奈津希が収納を始めると村人たちは言葉を失ってその光景に釘付けになった。
奈津希は重厚なワイン樽をなにげに持ち上げると、虚空に生じた歪みへと滑り込ませていく。その神秘的な魔法への驚愕に、少女の見た目に見合わぬ剛力に気づけなかった、男たちの思考は完全に停止していた。
「収納が完了しました。他に運ぶものはありますか?」
「……いや、これで全部だ」
「分かりました、向かうのは東門でよろしいですか?」
「そうだ、東門からタスカ村に向かう」
奈津希も干城同様待ち合わせの話をして、了承を得た。
東門で5分ほど佇んでいると、干城が姿を現した。二人は互いに視線を交わして頷くと、村人たちを促してタスカ村への歩み始めた。
◇◇
道中は干城が先頭に立って道を歩き、村人たちを中央に挟んで、奈津希が最後尾から全体を警戒する陣形をとる。不意に街道の茂みから草をかき分ける音と共に、威嚇の叫び声をあげた4体のゴブリンが襲いかかってきたが、前衛の干城が流れるような身のこなしで肉薄した。
奈津希は動じることなく村人たちの前に立ち、その直衛と周囲の警戒に徹する。干城の無詠唱による風魔法と短剣が翻るたびに緑の肌が裂け、魔物は声を上げる暇もなく沈んでいった。魔石を手早く回収し、土魔法で穿った即席の穴へ骸を埋める。襲撃から処理まで、要した時間は10分ほどだった。これがランクEに昇級した初の依頼での、初の魔物討伐だった。
(……キグリス騎士爵は、一体何を考えているのだろう)
歩みを進めながら、干城は足元の劣悪な道に疑問を抱いていた。村へと続く街道の整備は、本来であれば領主の義務だ。物流の根幹たるライフラインを放置して、どうやって領地を発展させるというのか。整備する資金がないのか、単に統治能力に問題があるのか。何れにしてもそれをこの村人達にぶつけるのは筋違いだ。
轍は深く刻まれ、起伏の激しい土路が延々と続く。いっそ土魔法で慣らしてしまいたい、そうも思うが悪手でしかないとも分かっている、領主への疑問と道への衝動をグッと飲み込んだ。もし他のパーティであれば、村人と共同とはいえ荷車を引く男たちは疲弊し、そこを魔物に襲われていただろう。四〜五人のパーティが3レラ(白銅貨3枚)でこの依頼を忌避する理由が身に染みて理解できた。
それから村人の足に合わせて歩くこと、およそ3時間、行く手にようやく村の姿が見えてきた。もし本来通りに二台の荷車を引いていれば、この倍以上の時間は費やしていたはずだ。空間収納の恩恵を干城は改めて実感していた。
人口800人ほどの、農地が広がり藁葺き屋根と漆喰壁のような慎ましい家屋が見える村に到着した。やや小高い場所に見える石造りの家がキグリス騎士爵の住まいなのだろう。村の家に比べれば大きくて立派だ、まだこの国の事は知らないが、領主の住まいとしては慎ましいんじゃないだろうか? あまりの早着に村長に驚かれたが、干城と奈津希が空間から次々と物資を取り出してみせると、驚きの声は歓声へと変わった。
村長から手渡された依頼終了書には、色を付けたのか1レラ多く報酬が記載されていた。貧しいとは言わないが裕福には見えない村に少し気が引けた、さらに無事の到着を労って昼食の席へと招かれる。振る舞われたのは、近くの川で獲れるというボガンと呼ばれる魚の塩焼きだった。
串に刺さって少し焦げ目が付くくらいに焼かれたその姿は、かつての世界で見たヤマメを想起させ、胸に淡い郷愁が広がる。一口齧ると、いささか塩気が強いように感じられた。だが、過酷な労働に従事する村人たちの生活を思えば、この濃さこそが滋養なのだろうと思い直す。奈津希はボガンの味に笑顔満面だ。骨まで柔らかく火の通ったボガンは美味で、共に差し出されたトマトとチーズのスープは黒パンによく合い、二人の空腹を心地よく満たしていった。




