1. 不毛な話し合い
突然目の前の風景が切り替わり、干城は酷く困惑した。
目の前の階段の上には、豪奢な服を着た50代に見える男女と20代後半の男。その脇には60代ほどの男が立っている。
足下には深い赤の絨毯。右手には豪華な身なりの男たちが立ち並び、左手には甲冑を纏った騎士やローブの者が居並ぶ。天井には合戦絵巻のような天井画と巨大なシャンデリア。そして隣には、プラチナブロンドの髪とヘイゼルの瞳をした、まるで西洋の人形のような少女。
(なんだここは? アニメに出てくる城のようだが……なぜ俺が急にここにいる?)
階上の男が「よく来たな勇者」と口にしたことで、頭に『異世界召喚』という言葉が浮かんだ。作り話の類だろ? だがドッキリにしてはセットに金がかかりすぎている。そもそも、なぜ俺はここにいる?
直前までどこで何をしていたか思い出そうとするが、靄がかかったように思い出せない。自分は有原干城、57歳だ。社会人として晩年に差し掛かる年齢の認識はある。だが仕事中だったのか、家にいたのかすら浮かばない。
視線が低い。精々150センチ程度の高さだ。手を見ると小さく、着ているのは薄いベージュのボタンダウンシャツ。ドッキリどころの話ではない。本当に召喚されたのか? この身体は召喚の影響なのか? 状況が掴めず苛立ちを募らせていると、重厚な沈黙を破って六十代ほどの男が傲然と言い放った。
「私は宰相のエルデューレ・レイグザレムだ。勇者たちよ、名を何と言う」
言いたいことは山ほどあったが、まずは状況把握が先決だ。干城は苛立ちを押し殺し、「有原干城です」と名乗った。隣の少女が驚いたようにこちらを向き、続いて「雄賀奈津希」と名乗る。外国人かと思っていたが、日本人なのか? 少女の驚いた顔とこの小さくなった身体――まさか自分も同じように姿が変わっているのか。
「そうか、アリハラとユウガか。では勇者よ、これからこの国を救ってもらう」
その言葉に、干城の中で沸々と怒りが湧き上がった。
ふざけるな。なんの断りもなく自分の生きてきた世界から拉致しておいて、積み上げてきた人生を犠牲にし、縁もゆかりもない世界のために戦えだと?
干城が一歩前に出る。
「その前に、ここが私の知らない場所のようですが……ここはどこで、なぜ私たちがこの国を救わなければならないのですか?」
「ここはユグリダ王国の王都ログマイヤ、ウィルベル城だ。諸君らは召喚された勇者なのだから、国を救う義務がある」
「召喚など了承した覚えはありません。なぜ関係のない国を救わねばならないのです? あなたは義務と言いますが、我々には何の関係もない話だ。理由も義理もありません。直ちに元の世界へ戻してください」
宰相は不快そうに眉をひそめた。
「それは出来ん。諸君らを召喚するのには莫大なコストがかかっているのだ。コストに見合う働きをしてもらわねば困る」
自分たちの都合を押し付ける男にキレそうになるのを抑えていると、隣の少女が呆れたように鼻で笑った。
「コストなんてそっちの問題でしょ。アタシたちには関係ないわ。やる気のないアタシたちを日本に戻して、やる気のある勇者とやらを召喚し直しなさいよ」
(やはり日本人か。となると、俺の姿も相当変わっているわけだ)
違和感を覚えつつも、今は帰還方法を探るのが先決だと考えを巡らせる。
「何を言うか!」
宰相の顔が怒りで赤くなった。
「諸君らは勇者なのだろう! ならば我が国のために働くのが当然ではないか。そのためにコストをかけたのだ!」
押し問答どころか会話すら成立しない。まともな話し合いは不可能と判断した干城は、徹底的に理詰めで返すことにした。
「ですから、なぜ勇者なら貴国のために働かなければならないのです? それはあなた方の理屈であって、私たちが動く理由にはならない。合意のない召喚など、私たちから見ればただの『誘拐』です。あなた方は身勝手な都合で他人を拉致した下賤の誘拐犯に過ぎないのですよ」
宰相に向かって放たれた「誘拐犯」という言葉に、周囲の貴族や騎士たちが息を呑む。
干城は隣の少女――奈津希に向かって薄く笑みを浮かべ、追撃した。
「この国では、コストコストと同じ言葉しか繰り返せないボケた下賤の輩でも宰相が務まるのですか。言葉の通じない野蛮人の世界らしい。私たちの国、日本とは500年は遅れているようだ」
奈津希が深く頷く。
「日本人っぽい名前だと思ったけど、やっぱりそうなのね。全然日本人に見えないけど。アタシは雄賀奈津希」
「有原干城です。そちらこそ、よく出来た西洋の人形にしか見えませんよ」
二人は目の前の男たちを完全に無視して言葉を交わした。
それまで傍観していた王と思われる男が、我慢の限界とばかりに怒号を上げる。
「言わせておけば付け上がりおって! お前たちを召喚したのは儂なのだ! 故に儂には貴様らをどうとでもする権利がある!」
「その無礼者どもに隷属の首輪を付けよ! 地下牢に放り込み、傀儡にしろ!」
その言葉に、干城と奈津希の感覚が完全に一致した。
「「はっ? 社畜になれって?」」
承諾のない召喚、会話の不成立、そして人権の無視。
帰す気など微塵もないことがはっきりした以上、妥協の余地はない。基本的人権が保障された世界から来た二人にとって、選ぶべき道はすでに一つしかなかった。




