-プロローグ- 天使の領域
独自設定が多いので話のテンポが遅いです。系統はどちらかと言えば日常系でしょうか。
宇宙は一柱の神によって創造され、その神の数だけ宇宙が存在する。やがて星々に生命が息づき始めると、神は自らの代行者として天使を作り出し、世界の管理を委ねる。
そんな数多ある領域の隙間――時間の概念すら存在しない「天使の領域」を、二つの魂が宛てもなく彷徨っていた。有原干城57歳。そして、雄賀奈津希55歳。遥か彼方の別宇宙から「勇者召喚」の魔法によって引き摺り出された異邦の魂。
次元の壁を越える過酷な儀式に二人の肉体は耐え切れず、霧のように霧散し、魂だけがこの世界へと漂着したのである。
「なぜ、ここに魂が迷い込んでいるのだ?」この世界を統べる天使長は、領域の均衡を揺るがす二つの異物を発見し、眉をひそめた。
本来であれば世界の輪廻へと回帰するはずの二つの魂が、行き場を失って彷徨っている。不審に思った天使長がその記憶を覗き込んだ瞬間、驚愕に目を見開いた。
「この魂は……我が主が創られたこの世界のものではない。それどころか、この宇宙の住人ですらないというのか」
緊急に招集された天使たちによって、魂の記憶は瞬時に共有された。判明したのは、この世界の何者かが行った無謀な召喚魔法の顛末。そして、肉体を失った二人の魂が、現世に降り立つこともできず永劫の迷子になっているという事実だった。
天使長はすぐさま、なぜ一介の召喚術が別宇宙にまで干渉できたのか、その原因究明を命じた。
そして、隣に控える魂の管理天使へと視線を向ける。「この哀れな魂たちを、どう処すべきか」魂の管理天使は静かに頭を垂れ、進言した。
「別宇宙の魂は、この世界の輪廻の輪には混ざり合えません。このまま領域の外へ出せば、彼らはただ虚無のなかを永劫に彷徨い続けるでしょう。かと言って、広大なマルチバースから彼らの故郷を探し出す術もありません」
一拍置き、管理天使は強い眼差しを向ける。
「魂を管理する者の意見としては――天使長、どうか彼らの『器』をお作りください。新たな肉体を与え、あの召喚魔法の導きに乗せてこの世界へ降ろし生きさせる、そうすればこの宇宙の輪廻に回帰できます、それが現時点で最も慈悲深き最善手かと存じます」
天使長は深く黙考した。気が遠くなるような旅をしてでも元の宇宙へ帰すべきか、それとも管理天使の言葉どおり、この世界で新たな生を与えるべきか。思考の天秤は、まだどちらにも傾かずにいた。
「この魂の処遇をどうすれば良いか、皆はどう考える?」
天使長の厳かな問いかけに、広間に集った天使たちが次々と声を上げた。
「私は、魂の管理天使の意見に賛同いたします」
「私もそうです。元の世界に戻すにも、すでに肉体がございません。輪廻の輪には還せるでしょうが、理不尽に生を奪われた事実は消えないのです」
「魔法によって強制的に命を刈り取られた魂が、不憫でなりません」
悲痛な声が響く中、一つの理路整然とした意見が上がる。
「ならば、この世界で再び生きる機会を与えてはいかがでしょう。生を奪われた過去とどう向き合うかは、この魂自身に委ねるべきと考えます」
「私は元の宇宙を探し出し、魂の故郷である輪廻に回帰させるべきだと考えます」
激しい議論が交わされたが、大勢は「新たな肉体(器)を与え、この世界で生きさせるべきだ」という意見に傾いていった。魂の記憶を残したまま新たな世界に向き合わせることこそが、最も自然な救済である。それによって世界にどんな変化が起きようとも、それはこの世界に生きる者が選択すべき未来なのだと、天使たちは結論づけた。
「分かった。では私はこれから、二つの魂がこの世界で生きる為の二つの『人間の器』を創ろう」
天使長が宣言すると、一人の天使が恭しく一歩進み出た。
「ではその間に、私どもはこの魂へ、この世界で生き抜くための教育と鍛錬を施します」こうして、天使長による器創りと、天使たちによる二つの魂への壮絶な仕込みが始まった。
天使たちは己の役割の合間を縫い、魂に直接、あらゆる技術を刻み込んでいく。
「まずは、これから召喚される国の言語と知識を──」
「いかなる窮地も覆す体術の鍛錬を──」
「敵を穿つ剣技の鍛錬を──」
「戦場を支配する戦闘術を──」
「世界の理を知るための地理を──」
「万物を生み出す鍛冶の知識を──」
「無から有を紡ぐ錬金魔法の知識を──」
「根源へと至る魔法の知識を──」
「大地の恵みを知る植物の知識を──」
「脅威に立ち向かうための魔物の知識を──」
勘違いした天使が魂が漏らした「あなた達の世界の魔法は凄いものですね……」地球の技術やアニメの記憶も魔法に落とし込んでいた。
時間の概念がない領域ゆえに、地上の時間に換算すれば、それは実質450年にも及ぶ果てなき修行だった。
やがて、成長する人間の肉体をベースとした「器」が完成した。天使の肉体を素に創られたそれは、人間の枠を遥かに超えた成長力、身体能力、魔法適性、そして圧倒的な魔力量を秘めていた。
だが、天使長は二つの魂の記憶を改めて見分し、眉をひそめた。召喚魔法による宇宙転移の負荷か、あるいは術の欠陥か、記憶の一部が欠落していたのだ。神の如き天使長をしても、記憶の欠落の修復は不可能だった。
「このままでは、元の世界との常識の乖離により、すぐに命を落としかねんな……」
天使長は懸念し、二つの魂の無意識の深層に、ある「保険」を植え付けた。身の危険を察知した瞬間に目覚め、自然と手を貸してくれる、いずれ消えゆく臨時の人格。さらに、魂に刻んだ450年の修行の成果は、言語を除いてすべて封印した。
本人の努力や意識、習慣の積み重ねによって少しずつ解き放たれるようにするためだ。最後に、天使の領域での記憶を消去。前世の記憶を宿した二つの魂を完成した器へと移し、天使長は彼らを召喚魔法の奔流へと送り出した。
「この世界で、どうか良い生を」祝福の言葉とともに、二つの光が世界へと堕ちていった。




