10. F依頼の仕事 2
食堂を出てギルドへ向かう道すがら、二人は先ほどの昼食の感想を言い合っていた。思ったより美味しかったこと。そして、この先身体が成長したら、少し量が物足りなくなるだろうということ。そんな他愛のない会話をしながら、再び依頼ボードの前に立つ。
「なんか、溝掃除の依頼がいっぱい残ってるね。不人気なのかな?」
「まぁ、ライトノベルでも低ランクの定番依頼だしね。報酬は50リギル(銅貨5枚)……標準額はあるみたいよ」
「どんなものか経験しておくのも勉強だし、一度やってみようか」
「そうね。アタシ達、まだこの世界のことを何も知らないものね」
張り出し日の古い、つまり長期間売れ残っているものからそれぞれ一枚ずつ剥ぎ取る。ソフィアさんは居なかったが受付で手早く受注手続きを済ませ、場所を確認すると、二人はそれぞれの仕事現場へと向かった。
「すみません、溝掃除の依頼で伺いました、フリーランサーです」
「あら? そんなお嬢ちゃんが?……じゃあ、これを使っておくれ」
家主の老女から渡されたのは、使い込まれた木製のシャベルだった。案内された家の横には、なるほど、見事なほど泥が堆積した溝が走っている。これを道具一つで、しかも一人でやるとなれば相当な重労働だ。不人気な理由を、奈津希は瞬時に理解した。
「ここからあそこの角までお願いね。溝の泥は、そっちの木が植わってる方へ放ってちょうだい。終わったら声をかけてね」
「分かりました」
角まではおよそ50メートル。道の脇に街路樹のように木が植わっており、そこから流れた枯れ葉や土が長年蓄積しているらしい。
「さて、どうしようかしら」
身体強化で力任せに泥を掻き出すか。それとも、土魔法で一気に移動させられないだろうかと考えたが、一般的に土魔法とは、地面の形状を変化させて穴を掘ったり壁を作ったり、あるいは礫を飛ばして攻撃する魔法だ。大量の土砂を浮かせて移動はできそうもない、ならどうするか?
「掻き出した泥を球体にして、木の方に転がせばいいじゃない」
方針が決まれば行動は早かった。まず身体強化を施した腕力で、溝の泥をシャベルごと一気に道へと掻き出す。散らばった泥は、土魔法を使って雪だるまほどの大きさの球体に成形。それを街路樹の根元へと転がし、魔法を解除して適当に均ならしていく。
仕上げとばかりに水魔法を発動し、高圧洗浄機の要領で溝を一気に洗い流した。泥まみれになったシャベルも綺麗に洗い流し、作業開始からわずか一時間。奈津希は平然とした顔で報告に向かった。
「すみません、溝掃除が終わりました。これ、お返しします」
「えっ? もう終わったのかい!?」
「はい、確認をお願いします」
半信半疑で外に出てきた老女は、目を見開いた。
「まあ……! なんて綺麗になってるんでしょう。溝の底の汚れまで、すっかり落ちてるじゃない!」
「これでよろしいでしょうか?」
「ええ、ええ、ありがとう! 達成票を持ってくるから、ちょっと待っておくれ!」
感激した依頼主のお祖母さんは、報酬を80リギル(銅貨8枚)へと割り増しする旨を書き込み、さらに「優良」の評価を与えてくれた。それだけでなく、布に包まれた手作りクッキーまで持たせてくれた。
ホクホク顔でギルドに戻り、窓口で終了報告をして報酬を受け取る。まだ時間には余裕がある。もう一件くらい溝掃除をしようかとボードを眺めていると、同じく戻ってきた干城が報酬を受け取っているのが見えた。
「そっちも終わったみたいだね」
「ええ。時間もあるし、もう1件やろうと思って見てたの」
「そうだね。時間はあるし稼いでおかないとね、溝掃除なら一人でも短時間で捌けるし、沢山あるから稼ぎ頭の仕事になるかもね」
だが、干城と奈津希は致命的な勘違いをしていた。ソフィアに習ったF依頼の標準報酬額は50リギルである点だけしか見てなかった。
F依頼は一人でこなせるものが大半だ。複数人が必要な場合は「一人頭の報酬」として設定されている。そのため、当たり前か割の良い依頼は真っ先に奪い合いになる。残されるのは、一人分の報酬で数人分の労働を強いられる「不均等依頼」だ。
当然、複数人で山分けすれば報酬はスズメの涙ほどにしかならない。だからこそ誰も受けないし、依頼主も誰か受ければ儲け物くらいにしか思ってない。F依頼はフリーランスギルドの成り立ちの根幹でもあるのでギルドとして依頼を受けはするが、フリーランサーが受注するかはフリーランサー任せである、だから誰も受注せず残る事はギルドも承知してる。そんな割に合わない依頼を、二人は一人で片付け、あろうことか1日3件も優良判定で回している。その異常性に当人たちはまるで気づいていなかった。
この世界の常識を知らない転生者に、これをソフィアが説明していなかったのは痛恨のミスだが、この程度の知識はフリーランス登録する者は知っているのが前提のような知識で、これまで何人もの新人に説明してきたソフィアも意図することなく抜け落ちていた。後に受付に立ち依頼完了処理でこの事を知ったソフィアは、説明不足だった事を頭を下げて謝罪した。干城と奈津希は「一人でできるし」と気にもしてなかった、この辺りは一人でできる身体スペックと日本の労働意識の賜物だった。それに朝イチに子供と依頼の奪い合いもしたくなかった。
そもそも普通は1日1件を「良」か「可」で達成するものだ、それを「優良」で3件達成し、残業慣れした干城と奈津希は、まだ時間があるしという感覚になっていた。魂は57歳と55歳の二人だった。




