97. ダンジョンアタック 2 (天使魔法は反則だろう)
到着したセーフティエリアは、昨日寄った場所よりも遥かに人が多かった。ランクC以上推奨のダンジョンであることを考えれば、ここに乗じる者たちの足なら、本来は一日で到達するのが標準ルートなのかもしれない。
「昨日の場所より、随分と賑やかね」
「正解ルートを最短で進めば、一日でここまで来るのが普通なんだろうね。食事は……テントの中で済ませた方が良さそうだ」
「そうね。保存食じゃないアタシ達の料理じゃ、悪目立ちしちゃうわね」
周囲の誰もこちらに気を向けていない隙を突き、干城は空間収納から二人用テントをサッと取り出した。素知らぬ顔で野営の準備を完了させる。
さり気なく辺りを伺うと、煮炊きをしている者は一人もいない。みな干し肉やナッツ、黒パンなどで素早く済ませている。隣を見ると、奈津希は「本当にテンプレ通りのファンタジー飯だわ」と目を輝かせていた。
それにしても、このセーフティエリアは不気味なほど快適だった。暑くも寒くもない適温が保たれ、見上げる天井に光源らしきものは見当たらないのに、昼間のように明るい。自然の野営なら必須となる焚き火の手間が省けるのはありがたいが、どこか現実味がない。「ダンジョンの不思議」として誰も気にしていないようだが、干城は少しだけ首を傾げた。
(フリーズドライのスープの素や缶詰があれば、少しは遠征の食も改善されるのかな。いや、缶詰は重量が嵩むし、後始末の問題もあるか。場所によってはポイ捨てされた空き缶だらけになりかねん。それに、焚き火の必要がないのが逆に作用しているのか。焚き火をしていれば煮炊きをするなりお湯を沸かすなりするだろうから、結果的に乾き物の食事に寄っているのかもしれないな)
そんな取り留めのない雑学と思考を巡らせながら、干城は奈津希に続いてテントに入り、入り口のトグルボタンを留めた。
夕食は奈津希があまり匂いの立たないものを選んでくれた。ラデスのお茶漬け、白身魚の蒸し煮、葉野菜のお浸し、芋の冷製スープ。干城はメニューに何の不満もないが、奈津希は少し不満げだった。
「こんなに気を使うんなら、セーフティエリア以外で結界でも張ったほうがマシじゃない?」
料理が好きな奈津希には物足りないのだろう。気持ちは分かるが、食い物の恨みは恐ろしい。干城は昔、残業で空きっ腹のときにどこからか漂ってきた、あのカップ焼きそばの暴力的なソースの匂いを恨めしく思い出したことを反芻していた。……ああ、でも待てよ。
「奈津希の『天使の天蓋』なら、それも可能じゃないか? どれくらいの時間結界を維持できるかは分からないけど」
「あのフワッとした効果の結界か~。使ったことないし、明日試してみる価値はあるわね」
二人は早めに休むことにし、明日目が覚めたらすぐ出発すると決めて就寝した。干城は時計が作れないかと考えかけたが、眠れなくなりそうなので思考を切り上げた。
かなり早く寝たため、先に目を覚ました奈津希に起こされた。
テントを出ると、周りはまだ眠っているようだった。セーフティエリアとはいえ見張りもいない。不用心さを不思議に思ったが、フリーランサー同士の信頼か、あるいは暗黙の不文律でもあるのだろう。干城は物音を立てないように撤収を済ませ、二人は足早にセーフティエリアをあとにした。
この階層からは、前情報の通り神殿のような建物が続いていた。出現する敵はレイスや夥しい数のゴーレムだが、ひたすら奈津希のターンが続き、まさに無双状態だった。
『――(天使の息吹)』
『――(天使の聖裁)』
『天使の息吹』は本来広範囲の浄化魔法だが、死霊系に対して絶大な効果を発揮していた。範囲指定型なので敵が単体であろうと複数であろうと関係ないと言わんばかりだ。光に包まれたレイスが穏やかな表情で昇天していく。戦闘終了後、淀んでいた周囲の空気が清浄なものへと変化するのを見て、(もしかしてダンジョンそのものを改変してないか?)と干城は少し不安になった。
一方の『天使の聖裁』は、防御無視の単体貫通魔法だ。ゴーレムの物理防御力が高かろうが関係なく、まるで粘土細工のようにぶち抜いていく。天使魔法は反則と言わざるを得ない。
最初は一体ずつ倒していた奈津希だったが、やがて重複展開で複数の魔法陣をフルバーストのごとく使い始めた。前進しながら複数の陣から緑色の光条を放つ火力制圧は、見ていて実に凄まじい。しかし何か納得がいかないのか、奈津希は首を傾げながら無双を続けていた。
「そうよ、この方がラノベらしいわ!」
奈津希は使い方の工夫(?)を進め、『天使の聖裁』をさらに凶悪な反則技へと変貌させた。
干城の前に立ち飛行魔法で宙に浮いた奈津希は、自身の全周に魔法陣を10段重ねで重複展開。外側の陣から極めて短い間隔で順次発射し、全方位へ放たれた魔法は弾幕のような緑色の光跡を描いて敵を追尾していった。単体魔法が、完全なマップ兵器へと早変わりしている。
「奈津希、それもうラノベっていうより、伝説の巨神が出てるスパロボじゃないか?」
(そのうち惑星までぶった斬るんじゃないか? 奈津希は俺の「雑学融合魔法」は質が悪いなんて言うが……発想が自由すぎるラノベ複合魔法には到底敵わない。奈津希の魔法の方がよっぽど質が悪いと思うんだがな。いくら死霊系に聖属性が刺さるとはいえ、これじゃ全部奈津希一人で良いんじゃないかと思ってしまう)
地上に降りてきた奈津希は「んふふ~」とご満悦の様子で、大変ご機嫌が麗しかった。
続いて『天使の天蓋』を試してみる。発動しているのか見た目では分からないが、一帯の空気が澄んだものに変わったため、結界が機能しているのだと理解できた。近づいてきたレイスが結界に触れた瞬間、まるで誘蛾灯に飛び込んだ虫のようにバチッと音を立てて昇天した。
そう言えば、と思い出す。ここのレイスはドロップがあまり無い。たまに聖属性や光属性の魔術書を落とす程度だ。ゴーレムもたまに魔力核のようなものを落とす。一応回収はしているが、まだ細かく確かめてはいない。夜にでも見てみよう。
「これだけ強力な結界なら、料理の匂いも封じ込められないかしら?」
奈津希が考えを巡らせているので、昼食時に試してみることにした。
ゴーレムは昇天こそしないものの、結界を通り抜けることはできないようで、外側からガンガンと攻撃を打ち込んでいる。それに対し、奈津希は『天使の矛盾』を発動した。物理も魔法も倍化して相手に返す反射防御魔法だ。ゴーレムたちは自分の攻撃の跳ね返りで次々と自壊していき、階層攻略は極めてスムーズに進んだ。
「天使魔法、エグいな。これだけで最後まで進めそうだぞ」
「それはそうなんだけど……さすがに『ダンジョン攻略をしてる』って気がしてこないわね」
「確か情報では、次の階層から城エリアになって、スケルトンやグールなんかに変わるんじゃなかったか?」
「スケルトンは理科室の骨格標本と思えばいいけど、グールのビジュアルはそうもいかないかも……近づかれる前に対処したいわね」
それには完全に同意だった。
奈津希無双が続いてはいるが、次の階層からは自分の光属性魔法にも出番があるかもしれないな、と干城は密かに期待するのだった。
エンカウントする通路だが、結界を張るから問題ないだろうとここらで昼食をとることにした。懸案だった料理の匂いを結界で抑えられるかを試してみる。インベントリから取り出したできたてのディア肉のステーキ、葉野菜のバター炒め、ピラフとクラムチャウダーはそれぞれが食欲をそそる芳醇な香りを発している。結界の外へ出ると匂いはピタリとしなくなった。どうやら結界で料理の匂いは抑えられるようだ。
「奈津希、結界で料理の匂いは抑えられるみたいだ」
「そうなのね、それじゃあセーフティエリアでもテントの中で食事ができそうね。良かったわ」
通路の地面に引いたマットに座布団を出し、正座をしてちゃぶ台に並べた料理をナイフとフォークなどのカトラリーで食べる。シュールな光景にも見えるが昭和生まれの二人には当たり前な家庭の一コマでもあった。食事中にゴーレムがやって来たりしたが、奈津希が『天使の矛盾』を展開してゴーレムは自らの攻撃を倍返しされ自壊を繰り返した。食事が終わって食器やカトラリーをインベントリに格納すると、体感で1分ほどだろうか? 空気が清浄になっていることに気づいた。試しに結界の外に出ると、やはり料理の匂いはしない。結界を解除しても料理の匂いはしなかった。
これなら結界解除後も料理の匂いを気にする必要がない。セーフティエリアでも乾いた保存食しか食べられない他のフリーランサーに遠慮しなくても、テントの中で見えないようにさえすれば食事が楽しめる。




