9.親の罪
ハロルド達が社交界に赴いている頃、ハロルドの父、ヤーハ・リンドラット伯爵は王都内にある貴族御用達の酒場に来ていた。平民も利用できる酒場だが、客の多くは貴族になるため落ち着いた雰囲気がある店だ。
「ああ、やっぱりここにいた。」
目的の人物を見つけたヤーハはその人に声をかける。
「ヤ、ヤーハ!?なんでここに?いや、今私たちは顔を合わせたりなんかしたら…」
ヤーハの探していた人物はリアテムの父、ドーフェ・ルーテル伯爵だ。おそらく今日の夜会には欠席するだろうと踏んで二人でよく来ているこの店に足を運んでいた。
「何言ってる。私はたまたまここにきてお前と会った。そしてたまたま相席になった。偶然ならしょうがない。」
ヤーハは許可も取らずにドーフェの前に座る。
「ヤーハ…私は…」
「ドーフェ、何があった?詳しく聞かせろ。」
有無を言わせない鋭い眼光をドーフェに向ける。その眼を見てドーフェは一瞬たじろいだ。
「…私は愚か者だ…聖女の父親ともてはやされこれまでに注目されてなかったから頼られてうれしかった。」
ぽつりぽつりとドーフェは語り始める。
ドーフェは基本的に自領で領地運営を行っている。しかし社交界に出席するときなどは王都に出向く。その時王都在住の貴族からある投資話を持ち掛けられた。聖女の父親と持ち上げられ、あなたにしか頼めないと懇願されてしまったドーフェは金を出してしまった。それも国から支給される領地運営費の年間費用のおよそ半額を。最初こそうまくいって毎週のようにお礼の手紙と毎月の謝礼金が振り込まれていた。しかし二か月前、それも突然なくなった。最初は何かうまくいかないことが出たんだろうと楽観視していたが、その時王都に出向いたときに王都内で大規模な詐欺事件が起きていたのを耳にした。手口は自分に行われていたのと全く同じ。いくつかの貴族が詐欺にあったが、大体の貴族は大した金を出さず被害は少額に抑えられていた。
「あれは絶望した。一年で投資した額以上の謝礼金を渡すと言われたから一も二もなく金を出したのに…」
ヤーハは何も言わない。自分にも似たような覚えがあった。
「それで予算のやりくりが上手くいかず途方に暮れていた時ブライダ伯爵の商会から金を貸してくれると申し出があった。私は飛びついたよ。でもな…」
「その代償がリアテムか?」
ドーフェは頷く。
「その時は無利子で貸してくれる契約のはずだった。しかし一か月後、息子のヴィッジマーラがリアテムの婚約解消と自身との婚約をするように屋敷に来た。」
ヤーハは眉を顰める。
「そんな契約はしていないと突っぱねた。しかし自分の契約書を確認したらそのようになっていたんだ。」
「…その契約書はきちんと保管していたのか?」
「ああ。領の屋敷の金庫の中に。契約書がある以上私は…すまない…」
ドーフェは涙ぐむ。ヤーハはドーフェの肩を優しく撫でる。
「最初に詐欺にあった時、私に相談してほしかったな。何のために隣の領地で幼馴染なんだ。こういう時に協力するためじゃなかったのか?」
「しかし私は…お前を妬んで…」
「ああ、そういえばそんなことを言われたな。」
もともとリンドラット領もルーテル領も辺境にあり特段特産物のない貧乏領地だった。それがおよそ十年前、リンドラット領内で鉱山が発見された。しかもかなりの量だった。そのおかげで現在リンドラット領は国内でも五本の指に入るほどの資産家領地となった。
他の貴族も面白くはなかったが、一番歯噛みしたのは言うまでもなくルーテル伯爵だ。鉱脈が見つかった場所はちょうど領地の境にあった。領地は国が定めたもののため指をくわえてみているしかできなかった。そんな時にドーフェは、君が妬ましいとヤーハに伝えたことがある。ヤーハは酒の席の愚痴みたいなものだと聞き流していた。
それからしばらくしてミューリが聖女の認定を受け、ルーテル領も聖女生誕の地として観光業が盛んになりそれなりに栄えた。そしてリンドラット領から金銀を輸入し聖女印の装飾品を販売したため、リンドラット領ほどではないがそれなりに資産が増えていた。
「私もな、鉱山が見つかってからギャンブルにのめりこんだ時期があったんだ。」
ヤーハがポツリと言う。
「それこそ金は湯水のように湧いてくる。それを消費しなければ国に申し訳ないという言い訳でな。」
「そ、そんなことが?お前がギャンブル中毒なんて初めて聞いた。」
「今はもちろんそんなことはしていない。ギャンブルにかまけて領地をおろそかにしていた時、妻が亡くなった。」
「あの時期か…」
ドーフェは思い出す。ヤーハの妻が亡くなった時ヤーハは涙を流すことなく淡々と葬儀を済ませていたのを。
「私は彼女の死を嘆く資格は無いと思っていたからな。そのせいで冷めた奴だとかも言われたけど、それはわたしのしでかしたこと。受け入れるしかなかった。」
ヤーハは深いため息をつく。
「あの時、ハロルドから言われてたんだ。妻の体調が思わしくない。帰ってきてくれって。しかし私は無視をした。金はあるんだ。医者を呼んで養生させろってな。」
「彼女の死がきっかけでギャンブルを断ったんだな。」
「もちろんそれもあるが…葬儀の後ハロルドに殴られた。あの穏やかな息子が怒りで満ちた目を私に向けた。それはそうだ。さんざん進言していたのに何もしなかったのだから。その時殺されたって文句は言えなかったよ。」
ドーフェから見てハロルドは気弱ではあるが自分の感情で他人に暴力をふるうようには思えない。いや、母親のために父親を殴ったともいえるのかもしれない。
「だから私はハロルドが怖い。今回の事で暴走して何かしでかすのではないかと。」
ヤーハのつぶやきにドーフェは答えられなかった。
「私達は似た者同士だな。同じ馬鹿者で、同じバカ親で…」
ヤーハのつぶやきはドーフェも同意しかできなかった。




