10.親子の対話
執務中のハロルドの元に手紙が届いた。ハロルドは王都別邸の執務室で手紙を開ける。
「…三日後か…」
そこにはトライスの名の下、婚約破棄の話し合いの場を設けたための招集命令だった。この手紙はハロルドをはじめ他の面々にも同時に届いている。
「トライス、君は本当に余計なことに首を突っ込むのが好きだな。」
苦笑交じりに手紙をしまい執務を再開する。しばらくするとドアを叩く音が聞こえた。
「どうぞ。」
書類から目を上げることなく返事をすると父親が入ってきた。
「ハロルド!トライス殿下から招集がかかったぞ!」
「ああ。俺の元にも届いてるよ。多分ウェイラもそうじゃないか。目撃者だし。」
いつになく冷めた息子に眉を顰める。
「お前、本当にいいのか?」
「まあ理由がどうであれ、リアテム嬢が決めたのならしょうがないさ。俺は潔く身を引くよ。」
リアテムの父、ドーフェが語ったことはハロルドにも伝えていた。その時のハロルドは今にも別邸を飛び出しそうな表情をしていたが、何とか説得し耐えさせた。本当に他人のためにどこまでも怒れる奴だと誇らしくもあり、同時に怖くもあった。
「私も召集されている以上、必要に応じてあのことは話す。わかってるな。」
「ああ。でも契約書に不備がない以上それを覆すのは難しいし、そもそもそのあたりは俺たちは口出しできない。父さんこそ余計なことを言わないように気を付けてくれよ。」
ハロルドは父親の顔を見たくないのか、書類から顔を上げることなく淡々と話す。
「…ハロルド…私との約束を覚えているか?」
「…約束?」
ハロルドは顔を上げる。
「お前の母が亡くなった時、お前は私を殴った。その時の約束だ。」
ハロルドは一瞬表情が暗くなるが、すぐに真顔に戻った。ヤーハはそれを見逃さなかったが貴族らしくないと責める気になれない。
「暴力をふるうことはするなってやつか。もちろん覚えてるよ。俺だって他人を殴るのは好きじゃないんだ。」
ハロルドは再び書類に目を戻す。
「そうだ。正確には怒りに任せて暴力をふるうようなことはするなって約束だ。三日後の招集でお前がどんな感情を抱くかは想像もつかない。ただ、もしかするとリアテム嬢の尊厳を傷つける話も出るかもしれない。」
ハロルドの手が止まる。
「当たり前だ。公衆の面前で婚約破棄を叩きつけるなど正気の沙汰ではない。だが彼女はそれをやった。それだけの理由があるとはいえ、話の流れで彼女の人格を否定することもあるだろう。」
ハロルドが再び顔を上げる。今度は無表情ではなく父を睨みつけていた。ヤーハはそれを見ても臆することなく言葉をつづける。
「その場合、お前は今のように怒りをあらわにするだろう。たとえ貴族でも大切なものを守るために感情を表に出すのは悪いことではないと私は思っている。だが、今回お前が守るのはリアテム嬢ではなく我が家の名誉だと心得ろ。今回ルーテル伯爵家はリンドラット伯爵家の敵だ。敵に情けをかけるな。わかったな。」
ハロルドは一度目を伏せ、再び父親を見る。
「わかりました。リンドラット伯爵家の時期領主として最善の対応をさせていただきます。」
それを聞いてヤーハは頷き、深くため息をつく。
「さて、まだ仕事が山積みのようだな。三日後のために私も手伝おう。」
そう言って大して残っていない書類の束を半分取りソファーに腰掛ける。
「別にこれくらいどうってこと…」
「私の夢だったんだよ。こうやって親子で書類を捌くのは。昔、私が子供の頃は貧乏すぎて処理する書類も大したものがなかった。あるのは道の整備や税金免除の嘆願書くらいだった。」
ヤーハは楽しそうに笑う。
「三日後の事より、領地に戻った時の激務を考えなよ。予定外に滞在しているんだから帰ったら地獄だよ。」
それを聞いてヤーハは力なく笑う。
「あはは。そうだな。しばらく不眠不休で対応しなければいけないかもな。」
ハロルドは笑いながら息を吐く。
「その時は俺も一度帰るよ。これからの時期はこっちの仕事なんて大したことないから一、二か月は滞在できるだろう。ウェイラが文句言ってきそうだけどね。」
その日は久しぶりに父と笑いながら過ごせたとハロルドは思った。




