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17.婚約したあの日

 幼き日、ハロルド、リアテム、ウェイラはルーテル伯爵家のそばにある大きな木のところにいた。リアテムとウェイラはその木に登り、下で声をかけているハロルドを見下ろしていた。


「ほんとハルって臆病よね。これくらいの木にも登れないなんて。」


「それがにいちゃんらしいと言えばらしいけどな。それよりミューリねえちゃんが世話を頼まれてたのににいちゃんに押し付けてる方がどうだと思うけど。」


 最年長のミューリが三人を監督するよう親に言われていたがおてんば娘とわんぱく小僧を相手にするのはごめんだとハロルドに押し付けていた。


「お姉ちゃんはね~、魔法を覚える方がいいっていつも言ってるから。最近回復魔法使えるのがわかったみたいだからいろいろやってみたいんだって。」


 木の枝に座り足をぶらつかせながら言う。下ではハロルドが危ないとか落ちたらどうするとか叫んでいるけど気にしない。


「ねえちゃんが回復魔法使えるならリアも使えるんじゃないのか?魔法適正って家族で似かようって聞いたぞ。」


「うん。パパもママもそう言ってたから試したけど使えなかった。適性がないのか魔力が足りないのか、それ以外に何かあるのか今はわからないから少しづつ調べようって。」


 ウェイラもリアテムの隣に座る。下を見るとハロルドがハラハラしながら見上げているのが見える。


「そういや、とおちゃんがうちは見向きもされないからルーテル家と婚約させるかって言ってたんだ。」


「あ、それうちも言ってた。他の領地は貧乏領地なんか目もくれないって。」


「その場合ってどうなるんだ?誰と誰が婚約を?」


 リアテムは腕を組む。


「うちもそっちも領主だから跡取りがいないといけないから普通なら長子と次子で婚約ってことになるはずだけど…」


「え~、ミューリねえちゃんとなんて婚約なんかしたくないな~。」


 ウェイラが絶望したという表情になる。


「私だってハルはな~。」


「そ、それじゃあおれとだったらどうだ?とおちゃんに言っておれを跡取りにしてもらうから。とおちゃんもにいちゃんは跡取りとして、貴族としてはやっていけないとか言っていたし。」


 ウェイラの頬が赤くなる。


「ああ!それいいかも!ウェイラの方がかっこいいしこうやって一緒に木に登ってくれるし。」


 リアテムは心の底から喜び手を叩く。


「じゃあさっそくとおちゃん達に話に行こう。今もしかしたらその話をしてるかもしれないし。」


「うん。そうしよう。よろしくねウェイラ。」


「ああ。絶対説得してみせるからな。」


 ウェイラはリアテムの背中を叩いた。ウェイラは軽く触れるようにしたつもりだった。こんなところで強くたたけば危ないというのは五歳の彼でも重々承知の事だ。しかしリアテムが自分と婚約してくれると言ってくれたことにうれしさが勝り、思いのほか力を込めてしまっていた。その結果、リアテムは体を反転させ落ちてしまった。


「リア!!」


「リア!?ウェイラ!何をやってる!!」


 木の上にいた二人の会話はほとんど聞こえないハロルドは、突然弟が背中をたたきリアテムを落としたように見えた。しかし今はリアテムが危ないと彼女が落下するであろう場所へかけた。


 ウェイラは目をつぶり木にしがみついていた。そして落下の衝撃音が聞こえる。恐る恐る目を開けて下を見るとハロルドが下敷きになりリアテムを守っていた。


「いった…大丈夫か…リア…」


 ハロルドは自分の事より先にリアテムの心配をする。リアテムはすぐにハロルドの上から降りて彼の体を触る。


「いた!い…ごめん…触らないで…」


 リアテムが触れたところに激痛は走るらしくリアテムはすぐに手を離した。


「ご、ごめんなさいハル…」


「リア、大丈夫か!?」


 ウェイラが木から降りてきた。


「ハルが…ハルが…」


 リアテムは動揺し言葉が上手く出ない。


「い、今ミューリねえちゃん呼んでくる!回復魔法かけてもらおう!!」


 ウェイラは走って屋敷に向かった。


 ミューリがウェイラに呼ばれてきたときハロルドの顔は青白く虫の息だった。ミューリは急いで回復魔法をかける。魔力が尽きるまでかけた回復魔法のおかげでハロルドの一命は保たれたが、左腕と左足の骨折は直しきれなかった。


 ハロルドが目を覚ました時自室にいた。顔を傾けると心配そうに自分を見ているリアテムと奥に使用人がいる。


「ハ、ハル!よかった!目を覚ました!!」


「リア…怪我はなかった?」


 自分の事よりリアテムの事を心配していてリアテムは苦笑してしまう。


「うん。ハルが守ってくれたから。」


 ハロルドは自分の左腕と左足に違和感を覚えた。それと同時に部屋に両親が入ってきた。リアテムと一緒にいた使用人が呼んできたようだ。リアテムは部屋の隅に行ってしまう。


「ハロルド…よかった、目を覚まして…」


 母のリュナスが涙ぐみながら抱きしめてくる。


「お母さん、苦しいよ。」


「ごめんなさい。でもよかった。ミューリの回復魔法のおかげで命は助かったけどなかなか目を覚まさなかったから…」


「え?」


「あなたが気を失って一週間よ。本当に心配したんだから。」


 そんなに時間がたっていたのかとハロルドは驚いた。


「しかしハロルド、気弱なお前がよくリアテムを守ったな。木登りも出来ないくらい怖がりのくせに。」


 父ヤーハがハロルドの頭を撫でながら言う。


「べつに僕は木登りが出来ないんじゃなくてしないんだよ。」


「はっはっは、別に木登りくらい出来なくても恥ずかしがるな。」


 息子の話を信じないヤーハは笑いながら言う。


「今医者を呼んでるからな。一週間も寝てたし…感じてると思うが腕と足がな…」


 ヤーハは気まずそうに言う。


「うん。動かしにくいから何となくそう思ったけど折れたんだね。」


「医者の話だと足の方は問題ないそうだ。だが腕の方は…」


「ヤーハ…それは後にして。今は…」


 リュナスはリアテムをちらりと見る。リアテムは申し訳なさそうに壁際に立っていた。


「あ、ああそうだな。もうしばらく寝てろよ。すぐに医者が来るからな。」


「う、うん…」


 ハロルドをもう一度撫でてヤーハはリュナスと共に部屋から出て行った。リアテムがハロルドの側による。


「僕の腕どうなってるの?折れただけじゃ…」


 それを聞くとリアテムが泣き出した。


「ご、ごめんなさいハル…左腕、治ってもまともに動かせないかもしれないって…お姉ちゃんの回復魔法で命にかかわる部分を優先して直したから腕と足の骨折は残っちゃって…それで…お姉ちゃんも魔力全部使ったけど治しきれなくて…」


 ハロルドは体を起こしリアテムの頭を撫でる。


「そっか、ミューリお姉さんにも迷惑かけちゃったね。」


 王都であれば回復魔法を使えるものも多数いる。しかし辺境の地にあるインドラット領にはいなかった上、来てくれる者もいない。来てくれてもその謝礼金は当時のインドラット伯爵家には払える額ではなかっただろう。それを理解してハロルドはリアテムを慰める。


「大丈夫だよ。足の方は問題ないって言っていたし腕も利き腕じゃないからね。」


 リアテムは涙をぬぐう。


「だから…だからね…」


「うん。」


 ハロルドはリアテムが落ち着くのを待つ。


「私ずっとハルの側にいる。大変な思いをしないようにお世話する!」


「はは、そう。ありがとう。」


 ハロルドは怪我をさせた負い目から補助をしてくれるのだと思っていた。しかし違った。


「ハルと結婚してずっと側にいるから!」


「え…えぇ!?い、いやいや。別に治らないって決まったわけじゃないし、リアは別に僕の事を好きでもないんでしょ?怪我させたと思って無理しないで…」


「無理してない!私、ハルの事…好き…になっちゃったから…」


 リアテムは顔を赤らめ俯く。


「いやでも…」


「ハルは…私の事嫌い?ううん…嫌いだよね。ハルの言うこと聞かないで木から落っこちちゃうんだし…」


「そ、そんなことないよ!」


 ハロルドは慌てて言う。


「僕もリアが好きだし、結婚したい。だけど…リアは僕の事を嫌ってると思ってたから…」


「そんなことないもん。じゃあ証明してあげる。」


「え?」


 リアテムはベッドにのり、ハロルドにキスをした。子供らしい軽いキスだった。


「え…リア…」


「えへへ…これでもうハルは私と結婚しないとダメだよ。」


 ハロルドは体が熱くなるのを感じた。そしてその熱は腕と足へと移っていくのを感じる。


「あれ?」


 ハロルドは左腕を眺める。


「ど、どうしたの?いたい?」


「いや、痛くない…」


 ハロルドはベッドから降りる。


「足が折れてるんだから寝てないと…立ってる?」


 ハロルドはその場で飛び跳ねる。


「痛くない。治ってる!腕も足も!!」


 それから二人の喜ぶ声に反応して再び両親が部屋に入ってきた。その後医者が到着し見てもらったところ腕も足も骨が戻っていると確認され、不安だった腕の後遺症もなかった。


 なぜこんなことが起こったのか理由を説明するときは気恥ずかしさがあったが正直に説明した。それを聞いてリアテムの回復魔法が唇を介して発動すると気が付いたのはミューリだった。ミューリ自身手のふれた場所から回復させるためその結論に達した。


 そしてハロルドの怪我が全快してから一か月後、二人は婚約した。もともと両家で婚約させようという話もあったし二人の強い希望で行われた婚約だった。




 リアテムが目を開けるとよく晴れた空が見える。ルーテル伯爵家の大きな木の下に座って眠っていた。そこで眠っていたためかあの日の夢を見ていたようだ。


 今思えば、ハロルドを好きになったのは心理学でいう所のつり橋効果というやつかもしれないとリアテムは思っている。しかしそれから十三年、ハロルドと共に過ごしているうちの本当に彼の事が好きになったのだと思っている。それだけハロルドは魅力的な人なのだと。


「リア。こんなところにいたのか。」


 ハロルドが走ってやってくる。


「ハル。どうしたのそんなに慌てて。」


「いきなり屋敷からいなくなれば慌てるとも。大丈夫か?体調が悪くなったりしてないか?」


 いつものように彼は私を心配してくれる。もっとも今は、新たに宿った命の事も心配してくれているのだろう。リアテムはそっと自分の腹を撫でハロルドに笑顔を向けた。




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