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12. トーシューヘッズのスイーツコース

「そんなわけで、レギィナグオ・フライはとても美味しかったですわ。食べられるのが限定的なのが残念です」

「仕方ありませんね。それに、あれの出現には飢饉(ききん)が必要です。あれを食べるために、人を犠牲を強いる必要がありますので、手放しで喜べるものでもないですしね」

「ええ。でも、起こってしまった飢饉に苦しむ方々を、少しでも救えたようなので、その点に関しては食せる機会があったのは幸いでしたわ」

「確かに」

 

 どこかポジティブな考えを話すコートナに、苦笑して答えるシェフ。その手は、常に忙しなく動いている。

 じゅうじゅう、と白い湯気を上げて、フライパンの上の焦げ茶色の物体が踊る。

 

「――おまたせしましたお嬢様。トーシューヘッズのハラミステーキになります」

「ありがとう存じます」

 

 シェフが持ってきた皿の上には、ブロック状に切り分けられた肉が乗っていた。中央にはパラパラと緑色が散りばめられ、更に肉にはまんべんなく白い塊が散らされている。

 トーシューヘッズとは、足の(ひづめ)が針状になっており、断崖絶壁に地面と垂直になるようにして生息する、何とも不思議な生態を持つ魔物だ。

 その見た目は牛にも似ており、その生体はアリに似ている。女王を頭とし、子供――兵隊が食料を調達して生活しているのだ。

 シェフが用意したのは、そのトーシューヘッズの将軍格の肉であった。

 コートナは、早速湯気を立たせた肉を向き合い、喜色を隠さずにフォークとナイフを取った。

 喜色に逸ってなお、上品に一口大に切り分けようとする。が、フォークは難なく入ったものの、ナイフの方は思ったより抵抗が強かった。

 

「おっと、これは……思ったより、弾力が」

「はい。ミディアムで焼いておりますが、トーシューヘッズの肉質は、全体的に熱を通しても弾力を保つのが特徴です。

 新鮮なものを使用しておりますので、筋に沿ってお切りください」

「なるほど」

 

 アドバイスのとおりに、肉の繊維に沿ってナイフを入れれば、今度は期待通りに切り分けられた。

 上品に小口を開けて、口に含む。

 

「……これは……甘い……!?」

 

 白い塊は塩だと思っていた。しかし、口に入れて最初に感じたのは、驚くべきことに甘みであったのだ。

 それも、肉の脂による甘みではない。どちらかと言うと砂糖の甘さだ。しかし、それにしても甘い。甘みが強すぎて、胡椒のようなピリリとした刺激ですらある。

 

「これは……砂糖漬け?しかし、白砂糖でもこんなに甘くはない……?」

「トーシューヘッズの脂には、高い糖分が含まれています。焼く事で肉汁が熱で蒸発すると、肉汁の中に含まれる糖分が、小さな塊になるのです。

 これが癖のある甘みを持つのですが、もともと肉に含まれていたものですので、トーシューヘッズの肉とは相性がいいのです」

「甘いステーキ……こんなものもあるのですね」


 感嘆の声を漏らして、次の一口。辛味にも似た強力な甘みが、スパイスのように香ばしさの強い肉の味を引き立たせてくれる。

 

「素晴らしい味です、シェフ。実に美味しゅうございます」

「ふふ。驚いてくれたようで何よりです。では、次を用意してまいりますので、今はそれをご堪能ください」

 

 そう言って、シェフは調理場へと引っ込んだ。他の調理もあるのに、シェフがこの場に一旦留まったのには、理由があった。

 コートナの持つマナーの一つとして、作ってもらった料理は、まず彼の目の前で一口食べる。そしてその感想を言うのだ。彼は、最高の一口の為の一瞬を用意してくれているのだ。その感想を言うのが、コートナは彼の主人である義務だと考えているのだ。一人になったコートナは、ナイフを置いて切り分けていないサイコロステーキを一つ、フォークで刺して手にとった。

 

「うふふ。戴きますわ!」

 

 一言、食事の挨拶をすると、フォークに刺さったトーシューヘッズの肉にかぶりつく。一口で、拳大の肉の塊の半分を噛み切ると、頬を膨らませて、もりもりと咀嚼する。

 先程の小粒で食べるのも、しっかりと料理の味がわかるので悪くはないが、コートナとしては肉の味を最も堪能できるのは口の中いっぱいに頬張った時だと考えている。

 それは肉の味が、肉汁による舌で感じる味だけでなく、口の中の全て、頬に押し付けられたときの風味、歯茎で感じる触感、それにより鼻に抜ける十分な獣臭さ、そして噛みごたえ。

 その全てが、肉の味なのだ。

 

「ハムっ……んんっ……!美味しいっ!」

 

 コートナが、300 gは固いだろう、その肉の山を片付けた頃に、シェフが次の皿を持ってきた。

 

「お嬢様。夕食も控えておりますので、今のところはこれが最後になります」

「わかりましたわ」

 

 夕食前の間食で、肉を300 g平らげるような令嬢は、コートナだけである。が、何時でもあれば内心でもそれをツッコむゲッティーモは、残念ながらこの場には居なかった。

 カマワンの乱の事後報告のため、執事団の長に報告に行っていたのだ。

 

「こちらはトーシューヘッズのレバープリンです」

「レバーの……プリン?」

 

 シェフの物言いに、コートナは驚いて皿の上のものを見た。

 まるでショコラプリンのようだった。茶色の見た目で、形はカルデラのある山頂がくぼんだ山形。そのカルデラに、何か白い液体が溜まっている。

 

「簡単に言うと、レバーと卵黄を混ぜたものを冷やして固めております。白いものは、トーシューヘッズの脂から糖分を抽出したものを、乳のクリームで撹拌(かくはん)したものになります。

 柔らかいので、スプーンで掬ってお食べください」

 

 初めて見た調理法の物体に、目を輝かせながらコートナはスプーンを手にとった。

 スプーンをプリンの山の麓に差し込むと、苦もなく掬うことができた。その感触は、確かにプリンだった。その一掬いを口に入れてみた。

 途端に花を突き抜ける強烈な生臭み。間違いなくレバーのそれであり、単体よりは酒の肴に似合いそうだ。決して見た目通り、スイーツとして食べるものではない。

 見たまま、甘いものを連想していたコートナは、思わず眉をしかめた。

 

「んぅ……これは少し、香りがキツいですわね」

「プリンだけだとそうでしょう。白いソースに少し付けてお食べください」

 

 言われるままに、ちょん、とカルデラに溜まったソースにつけて食べてみる。

 

「……はっ!?これは……?」

 

 先ほどの刺すような臭みはない。むしろ、爽やかなバラのような芳しい風味が、優しく口内から鼻に抜けていった。

 なにかの間違いか、と再び麓を削り、カルデラのソースに付け、食べる。

 

「……はぁ……これは……なんとも……」

 

 今度は梨のような澄んだ香りだ。その端に、やはり先程のバラの風味がある気がする。それだけではない。他の花々――リンゴやバニラ、そういえば、最初の一口にもバニラの風味などは感じた気がする。

 甘い。しかし、先程のステーキの時に感じたスパイスじみたものではない。柔らかな、優しい甘みだ。

 

「ソースには、いくつかのエッセンスを混ぜ込んでいます。トーシューヘッズの糖液の不思議なところで、花のエッセンスを混ぜ込むと、食べた時に含まれている成分が最も多い風味が、強く広がるのです。

 ただ、そのままでは甘さが強いので、プリンの中にトーシューヘッズのレバーを混ぜ込んだのです。これにより、糖液の強さが和らいでくれるのです。

 さらに風味をまろやかにするために、油脂分の多い植物の乳液樹(にゅうえきじゅ)の実をすりつぶし、越したものを混ぜ込んでいます」

「複数の花のエッセンスとは、随分手間が混んでいますね。おかげで、一口ごとに楽しませてもらっていますわ。

 しかも、食べるごとに味が違うのに、何度食べても味の調和が取れている……これは手が止まりませんわ!」

 

 コートナの手は、確かに話していてもなお、少しずつプリンを削っていった。

 あまり大量にソースを付けると、やはり刺激の強い甘みになってしまうのを身にしみて体験したので、食べる速度こそ遅いものの、確実に速いペースでスプーンが動いている。

 

「――ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

 

 コートナが満足そうに空の皿の前で手を合わせると、嬉しそうにシェフが答えた。

 

「では、帰りましょうか。今日の夕食は何でしょうか」

「そうですね。質の良い太刀鮪(たちまぐろ)が手に入りましたので、魚でステーキを焼きましょうか」

「あら、いいですね――」

 

 

 

 

 彼女はこれからも美味しいものを求めて旅に出る。

 時には、王家とのいざこざや、親との意見の相違、学園と実家との確執に巻き込まれる。

 しかし、彼女はこれからも美味しいものを求めて旅に出る。

 はたして、それが周りにどう映るのか。

 少なくとも、後世に彼女の名前が残っていることが、彼女の成したことを象徴するだろう。

 『肉欲の令嬢』と。

 

毎度、ご拝読・評価ありがとうございます。


これにて終了となります。グルメネタは難しいですね。

またチャレンジしたい題材ではありますが、コートナ嬢でやるかは……。

もし、お暇のようでしたら、拙作ではございますが私の他の作品も、手慰みにお読みいただければ幸いです。


それでは、またお会いできることを祈っております。

ありがとうございました。

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