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11. 聖女の晩餐

 一つを瞬きする間に食べ尽くしたコートナは、くるりと振り返り、物欲しそうな顔をしている、しかし貴族の食料だろうと諦めの心地に居る農民たちに笑いかけた。

 

「それでは皆様、たっぷりありますのでご堪能くださいね」

「――……えっ?」

 

 彼女から放たれた言葉に、農民たちは驚きの声を上げた。そんな彼らから視線をそらし、貴族たちにも笑顔を向けた。

 

「お、俺、いや、わ、私たちも、食べさせてくれ……も、もら、もらえるんで?」


 敬語が苦手そうに、貴族章を付けた兵が、今聞いた言葉を信じられないように尋ねた。声が震えていることも、緊張していることも、話しかけている相手が公爵家の人間だから、というだけではない。

 なにせ、今、目の前にある食べ物は、揚げ物である。勿論、調理には大量の油が必要であり、下位貴族の身の上では、見たことこそあれど食べるなど夢のまた夢の高級料理であった。

 まして、レギィナグオ・フライを討伐し尽くしたのはコートナのみである。当然、その勝利の報酬であろう目の前の揚げ物を食べられるのはコートナのみ。よしんばおこぼれに預かれるのも、ある程度高位の貴族爵を持っている人間のみであろう、と過去の経験から判断していたのだ。

 そう思っていたのは、貴族だけではない。農民たちも、腹がいくら減っても、誰も助けてくれることはないと思いこんでいたのだ。揚げられては目の前にドンドン積み上がっていく揚げ物は、正に目の毒であった。

 いくら顔を背けても、漂ってくる香ばしい香りは、どうしても目をそらせず、よだれが口の中を潤していった。しかし、彼らは被支配者だ。我慢して生きるこれまでであり、これからも。そして今も我慢する時だと思っていたのだ。

 

「ええ、勿論です。

 私一人では、食べ切れませんから」

 

 だが、目の前の令嬢は食べていいのだという。

 思えば、何のために鍬を取り、槍を取り、この場にいるのか。いろいろなものがこみ上げてくるが、何よりも今は、とにかく。

 

 ――腹が減った。

 

 そうしているうちにも、揚げられているモノのいくつかは、風の精霊の口の中に飛び込んでいくものの、みるみるうちに山盛りに積み上がっていく揚げ物。

 

「う……うおおぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 一人が、たまらず飛び出し。それからは雪崩のように。次々と、農民たちが飛び出して皿へと向かっていった。

 許されたのだから。食べてもいいと言われたのだから。タガが外れた農民たちは、我先にと手をのばす。

 

「うお!待て、お前らっ!」

 

 騒ぎに呆然としていた低位貴族たちが我に返る。同じく腹を空かせたが故に、農民に奪われないように、と同じく飛び出して揚げ物の皿に向かっていく。

 

「うめぇ!」

「肉!肉だ!これ、肉だ!」

「あまい!うまい!あまい!」

「たまらねぇ!」

 

 一口かぶりついた途端に、感動に叫ぶ者、無言で(むさぼ)る者、涙を流す者……。そんな光景に、虫だと嫌悪の表情を隠さなかった貴族たちも、自分たちが腹を空かせていたことを思い出す。

 いくら食べてられても、食べられても、積み上がった揚げ物の山は一向に減る気配がない。

 恐る恐る手を伸ばし、一つ手に取る。中身を想像して「やはり……」と眉をしかめる。が、嗅覚にダイレクトに攻撃してくる香ばしい香りは、やはりたまらぬものであった。

 気がつけば口を開き、かぶりついていた。

 

「んう!?」

 

 揚げ物とはいえ、中身は虫。しかし、かぶりついた感覚は、想定外のもので、まるでハンバーグのフライとでも言うべきもの。

 久々の肉の感触に、堪能するように咀嚼していると、やがて肉のようだった味と風味が、段々と甘みを増して、それはかつて、彼が王家のパーティで食べたプリンのようだった。

 プリンはプルプルとした舌触りで滑らかだったが、口の中で暴れるレギィナグオ・フライの身は夢中で咀嚼した結果もあるだろうが、濃厚なクリームのそれであった。

 肉料理から、デザートへ。そんな錯覚を覚える。一口ごとにコース料理を食べているようだ。

 最初の印象の嫌悪感はどこへやら。一匹食べきってももの足りず、次のレギィナグオ・フライに手をのばす。

 それが、この場の全員の人間の行動の全てだった。

 その中で、そんなクーデター軍の狂乱をニコニコと見ていたコートナは、ふと虚空を見上げた。

 

「ふぅ……物足りませんわね」

 

 

 

 

 

 後に『聖女の晩餐』と名のつく絵画に描かれた光景を生み出した、歴史上では『カマワンの乱』と名付けられた争乱は、レギィナグオ・フライによる天災と、それを単独で納めた聖女コートナによって鎮圧された。

 後の史実には、こう記載されている。

 カマワン王子は、クーデター軍を起こしたものの、自らが起こした軍勢に反旗を(ひるがえ)され、捕縛された。後ほど、到着した国軍によってクーデター軍と首謀者のカマワンは、聖女コートナ主導の元で確保されたのだ、と。

 ちなみに、史実書に残っていない、当時の報告書にのみ記載されていた内容がある。王国軍が到着した時には、クーデター軍は揚げ物で祭りじみた大騒ぎをしており困惑した、というものだ。

 率いる第一王子モチロンは、その場に居た聖女コートナに説明を受けて粗方を理解すると、おとなしくなったクーデター軍を全て引き取ったのだった。







 そして、現在は王都の中心、首都の城、王裁の間。そう、カマワンを裁くために関係者が集まっていたのだ。

 裁判長の位置、最も高い場所に居る白髪の老人が、この国のトップであるターボゥ王である。

 その脇を固める赤い長髪のキツめの風貌の女性は次期トップであるシィゴ王女。

 青い短髪の中性的な顔立ちをしているのが、シィゴ王女の補佐として今勉強中の第一王子のモチロン王子である。

 三人は悲壮な表情で、あるいは冷徹な是正者の目で、眼下の被告人であるカマワンを見下ろしていた。ここに来る前から、カマワンは犯罪者扱いされていることに文句が絶えなかったので、兵によって何重もの(かせ)(くつわ)が噛まされていた。

 その姿を見たことで、三者三様に、余計に浮かべた表情を濃くをしている。

 王族の裁判とはいえ、家族の情もあり、傍聴人(ぼうちょうにん)に部外者は居ない。この場にいるのは、近衛兵と、王家の一家、のみであった。第一王妃や、他の子供は傍聴席でカマワンを様々な目つきで見ている。

 ターボゥ王は大きなため息を吐いて、意を決したか、鋭くしかめた表情で、カマワンを見た。

 

「――では、裁判を始める。被告、カマワンよ。これよりお前の罪を述べる」


 しかし、カマワンは信じられない、といったふうに目を瞠って「んんーーーっ!」と抗議の唸り声をあげた。王は、自分の味方だと、今なお思っていたのである。

 

「カマワンよ。既に王家からは勘当された身ではあるが、仮にも家族の一人ということで、この場に登場する者は制約をかけた。感謝せよ」

 

 カマワンの抗議を遮るように、厳しい口調でモチロン王子がカマワンの声を遮った。いつも柔和で、慈愛の王子と呼ばれたモチロン王子の厳しい表情に、カマワンはひゅっ、と喉を絞らせた。

 静かになったところで、王が言葉を続けた。

 

「その方、王家と公爵家の間で交わされた契約を、一方的に破棄したことで王家から勘当された。

 その罪にて、ムギノーカ領へ飛ばされたが、あろうことか王家への反乱を企み、兵を起こした。事実であるな?」

 

 そこで漸く、カマワンの猿轡が外された。カマワンは、喋れるようになるや否や、すぐに言葉を並べた。しかしそれは、後悔でも、贖罪(しょくざい)でもなく、ただの言い訳でしかなかった。

 

「ぷはっ……違う、違うのです父上!

 私は騙されたんだ!騙されたのです!そう、騙されたのです!私は、私が、兵を起こしたわけじゃない!」

「ふむ……騙された。それは誰にだ?」

「それは……オクレー男爵や、む、ムギノーカ男爵――そう、イータマだ!イータマ、ムギノーカ男爵家の執事!彼らに、私は捕まり、神輿(みこし)に担がされたのです!」

「ほう……」

 

 カマワンの話が進むにつれて、ターボゥ王、そしてシィゴ王女の表情が険しくなり、(しわ)が刻まれていく。

 

「そう、首謀者はムギノーカ男爵、ひいてはボーショック公爵家だ!騙されているのです、父上!

 アイツらが私を陥れようとしているのです!」

「――もう、良い」

 

 シィゴ女王が目を閉じて手をふると、カマワンの近くに居た兵士が、素早く猿轡を再び噛ませた。

 

「お前は、この期に及んで解らないのか。父上の優しさも、これがお前に与えられた最後の機会だったということを。

 ……父上。裁決を」

「――うむ」

 

 ターボゥ王は、シィゴ王女の言葉にうなずくと、腕を組んで、深く椅子に座った。

 

「カマワンよ。これが、ワシの最後の慈悲(じひ)だ」

「んぅ……?」

 

 ターボゥ王の言葉に、カマワンが眉をひそめた次の瞬間。

 キン、と甲高い音がした。

 そして、カマワンの首が、ぽとりと落ちたのだった。傍聴席には、騎士たちが覆いをしてその光景は見せられていない。

 その一連の様子を見て、シィゴ王女は不満げにターボゥ王を見た。

 

「父上。あの子は許されざる罪を犯した。であるならば、牢に(つな)がれ、自らの所業を(かえり)みて苦しむべきだった。貴族として、王家の一人として生まれたからには、だ。

 コートナ姉さまを侮辱し、貶めようとしたのですよ?この場においてなお、虚偽を振りまいて!」

「言うな、シィゴ。ワシも、自分のこの軟弱さには、ほとほと呆れておる。しかしな……。

 やはり、あの子もワシの子供なのだよ。お前達と同じくな」

「――同じに見られたくはありません。不愉快です」

 

 シィゴはそう言うと、一人王裁の間から出ていった。

 そんな彼女の姿に、王は大きくため息を吐いた。そんな弱った父親を見て、モチロン王子がその背をさすって慰めた。

 

「父上。私は、父上の判断を指示します。

 あの子は、シィゴの言う通り許されざる事をした。しかし、それでも子供の為を思うことができる父上の優しさを、私は理解します」

「――うむ。うむ……ありがとう」


 最近涙もろい、と周りにこぼす王は、やはり自分の下した判断に良心の呵責を感じているか目元を手で覆い、息子の慰めに頷いて答えた。

 

「……コートナ嬢にも迷惑をかけてしまった。ボーショックにも謝らねばな。

 ところで、コートナ嬢は?」

「え?ああ……ええと」

 

 王の質問に、視線を泳がせるモチロン王子。その様子に、訝しげな表情を向けるターボゥ王。

 

「どうした?」

「ああ、その。間食を食べる、と。いつの間にか、どこかに行っておりました」

「……おやつ、とな?」

毎度、ご拝読・評価ありがとうございます。


聖女エピソード、ここだけです。名前のアマスにあまり意味をもたせられてないですね……。語感だけでキャラ作ったところもありますが。

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