第九話 ファイナル・レイン(前編)
宇宙を背にミチは仲間を思っていた。オーランドやフェネクのことではない、『外』や軍の人間のことだ。
自分は、自分達はなにも見えていなかった。彼らとは見る視点が違ったにすぎなかった。結果を伴うことのない手段へのこだわりは無思慮な執着と変わりなく、ましてそこに思い上がりや勘違いがあったのならばその行動理念に論理は無い。
「『考えなし』だった……」
ミチは自身をそう思った。そして同時に、今こそかつて自分達がそう評した者達と同じにならなければならないと思った。
優雅に舞う骨の色をした悪夢は人のつくりあげた巣であるレジデンスを舐めるかのように移動している。遠くに見える通信システムのその先にたどり着かせるわけにはいかない。
機械の腕が持つライフルを構える。照準システムの命中精度は高いもので基本的には頼れるものであるが、現在のオスカーのいくつかの機能がダウンしている影響もあり、かなりの部分をマニュアルによって補っていた。補うだけの能力がゼイガンにはあるのである。
「本来狙えるならば首元だが……わかっているな?」
対生物の射撃の基本は頭部、首、心臓といった正中線上の急所であるが、これは即時の行動不能を狙ってのことである。始祖虫はそうないかない。これらのほとんどが弱点でない場合が多いのからだ。そして、戦闘といえるほどの高密度で短時間に状況が変化する場合じっくりと狙うことはできない。
状況はよくない。
時間はなく、環境は悪く、装備は適さない。
装備が適していない。装備とはつまりネクチサイドである。ネクチサイドは宇宙空間での戦闘行為に向いていないのだ。
当然だ。高さの意味が無く、四肢の意味がない。火器も弾数火力ともに不足している。これらはすべて『内』に合わせたものであるためだ。ミチだけではない、ターミナスそのものにこうした勘違いがあるのだ。
それでも。
「実弾だ、レジデンスに当てるなよ」
オスカーの腕を目で追いながらゼイガンの言葉を聞く。ゼイガンは邪魔をしてるのではなくアラートの代わりをしているのである。
優雅に泳ぐマルタイに向けて射撃。反動が機体を揺さぶり噴射剤による制動がかかる。そしてすぐさまの加速。
当たらない。
「動きが……」
ミチの焦り。
マルタイの挙動は直感的に捉えがたいものであった。捩じれるように、舞うように、しかし高速のそれは、宇宙そのものを真に住家とする者の運動である。
マルタイは砲撃に気付くとふわりとオスカーを見た。その顔がもぞもぞと顔が動くようにミチには見えた。
唐突に虹が宇宙に降った。
水に浮く油のような虹色が散り散りにレジデンスの壁を伝う。
そして、その虹の場を光の破裂が暴れまわった。
「放電!? なんだこの攻撃は!?」
ゼイガンの操作がせわしない。機体制御、照準、ただでさえ慣れない機体の操縦である。
牽制にも思える磁気の嵐。またしてもマルタイの顔が動いた。
「……まさか!」
ミチがマイクのスイッチを入れる。スピーカーにあたるもので、外に声を出すためのものだ。
「止まれ!」
無音。
操縦席では聞こえるが、機体の外では当然だが無音である。
宇宙は誰の声も聞こえない場所である。
そのはずだが、そうではなかった。
マルタイが明らかに反応した。大きく口吻を開き、叫んだのだ。
『威嚇、警戒、敵意』
操縦席に音声が流れる。
「ミチ! これは!」
「音響知覚能力! AIが働いている!」
「どうやって声が伝わった!?」
「このオーロラ……? わからないけれど……」
「こいつ、環境をつくることができるのか!?」
「ゼイガン、注意をひいて決戦に持ち込みますよ!」
「よし! 残った武装を読み上げるぞ! 対始祖虫ライフル残弾2、個別防衛用近距離対空間ミサイル1、自動迎撃機関砲60、対生物用レーザーランチャー連続照射3秒! 以上だ!」
「掌握しました! いきます!」
戦いの究極は命を削り血しぶきをあげる一対一の殲滅戦である。しかも、どちらが滅ぶかを瞬時に決着をつけさせないで、地獄の、黄泉の入り口で己の魂を振り回す狂言のような決闘。自分自身の全てを材料に時間を紡ぐ避けられない最悪の道しるべ。
そんな時間はそう簡単に世にうまれるものではない、そう簡単に人の目にとまるものではない、どちらがどうであれば発生するものではない。これは、ヒトと始祖虫が真に敵対し相容れない関係であることを示すものに他ならない。なのに、二つは出会った。出会い、そして、そこに価値を見出さんとするものがうまれた。ミチとフェネク、マルタイの戦いはその結果なのだ。
「前進します!!」
噴射剤を使用して距離を詰める。所詮ネクチサイドなどこの宇宙では鉄屑なのだ。
決着は近い。
進むと同時にミサイルの発射。最大の火力を真っ先に手放したのは、それが有効射程だったからに他ならない。
「着弾! 命中せず!」
宇宙に音を残すようになったオーロラの中、爆風に照らされたマルタイは血を啜っているかのようだった。
「来なさい!」
ミチが吼える。
「オオー……ン……」
答えるかのようなマルタイの叫び。
画面に浮き出るアナライズの表示がわずかな解析時間のラグを生む。
『対象……敵対、憎悪』
マルタイは持ちうる最強の攻撃を行使すべく行動を開始する。
ありとあらゆる動物の持ちうる最大最強の近接肉体攻撃、すなわち噛み付きである。
オスカーは突き出すようにライフルを撃つ。
「命中せず!」
二射目。
「命中! 効果薄い!」
マルタイの、人で言う足あたりに弾は当たり、そこに大きな傷をつくった。しかし、それは大きなダメージとは言いがたかった。外殻に阻まれたわけではない。一撃目でオスカーの体勢が崩れた所への二撃目であったため、当たっただけ奇跡であり角度もタイミングもメチャクチャだったのである。
そして、この、オスカーの体勢を崩しただけに終わった銃撃は、そっくりそのまま致命的な隙をつくったかに見えた。
「しまった……!」
ミチが焦りの声を響かせる。オスカーは陥落した。そう思うに十分であった。
マルタイもそう判断した。スピーカーから漏れ出たミチの声がAIによって翻訳されマルタイに届いたからである。
勝機とみて迫り来るマルタイに対し、レーザーを当たりかまわず照射するオスカーの姿は混乱そのものだった。
わざとらしいほどに。
いや、それはわざとだった。
レーザーの狙いはマルタイのコースを真正面のみに絞るための誘導。突き出されたままのライフルはそのまま距離を保つためのブロック。
わずかな時間ではあるが、ミチはマルタイを完全に制したのである。
距離は近く、しかし組み付くにはいたらない、ある一定の間隔をわずかな時間維持できた。その意味はつまり、残った火力の全投入である。
フラッシュが瞬き、火の粉がマルタイに飲み込まれていく。鉄鋼弾がその外殻の弱い部分をえぐりぬき、無数の金属片をマルタイの体内深くに埋め込んだのだ。
自動迎撃用機関砲。牽制用とも言える武装であるが、それは決して無力という意味ではない。マズルエナジーが万をゆうに超える銃弾は、無力どころか重のつく火器である。オスカーは軍用であり、装甲目標に対することもあるからこそ牽制的な装備であったに過ぎず、至近距離でまともに全面に当てられるのならば、いかに始祖虫と言えどその威力は十分に脅威となりうるのであった。
そして、だからこその制圧力は始祖虫のようにストッピングパワーで押し切らなければならない対象にはぴったりの武器なのである。
マルタイの前面がぼろぼろに砕け、体内の器官を無の空間に漂わせる。どこか美しかったマルタイはあっという間にボロ雑巾と化したのである。
「やった……やれた?」
そこはもうレジデンスの先端、ブラディオン通信機の付近であり、そしてMOTHERシステムの真横であった。
ギリギリで、ミチはマルタイを落とした――
「ゼイガン?」
――かに見えた。
「ミ、チ!」
注意を緩めていなかったゼイガンがオスカーの体勢を整えるべく操縦桿をひく。
「な! こいつまだ!?」
どこがどう生きているのかわからない、かろうじて原型をとどめた魔物がオスカーにしがみつき、すさまじい力で締め付けだしていた。
「いけない!」
一瞬で歪み、浮く装甲と悲鳴をあげるフレーム。
おそらくオスカーはあと三分ともたない。
マルタイの全筋力。それは金属の塊すら磨り潰すものであった。
コックピットにまで歪みが及び、明かりが消えてほとんどに機能が確認のとれないものとなった。
ミチは後ろにいるはずのゼイガンの方を見ることもその声を聞くこともできなかった。
耳にするのは破壊音のみ。
「――これが最後の通信だ! 二人とも、今からかろうじてMOTHERを動かせるが狙いはつけられない! 明後日の方向に一発のみ撃ち出すからうまく使え! 情報を送るからタイミング合わせろ! マルタイをビームの中に放り込んでやれ!」
唐突なサモリの通信。キールームが近づいたことによって繋がったのであろう。
しかし、ミチの操縦をオスカーは受け付けない。オスカーはもう踏みつけられたアルミ缶のようにひしゃげていて、ミチの乗っている上半身はほぼ意味をなさないガラクタになっていた。
あまりに突然に迫った死の恐怖にミチは飲まれそうになる。一瞬浮かぶ、懐かしい顔。忘れることのできない、あの、彼の顔。
『泣いちゃダメだよ』
ミチの超えに誰かの声が聞こえた。
「な……泣いてなんか……」
機体を操作してバーニアを吹かそうとする。
「泣いてなんかいません!」
スピーカーがノイズを吐く。ミチの声にオスカーがなんらかの反応を示したのである。
そして、オスカーが飛び始めた。
光。
オスカーの眼前を空間ごと焼き払いながら粒子砲が通りはじめる。
装甲が焼け、ただでさえ歪んでいる機体が衝撃で軋む。
「いい加減! バカに! しないでよォ!」
ミチの咆哮。
炸裂杭がマルタイの腹に叩き込まれ、吹き飛んだマルタイの成れの果てはそのまま光の中へと消えていった。
そして、オスカーもまた、脚を吹き飛ばし、レジデンスの外壁に墜落するかのように落ちていくのだった。
聞こえた声はオスカーに搭載されたAIのものだったのか。その裏に眠るフェネクだったのか。あるいは、ゼイガンか。
そんなミチの疑問とともに、マルタイの残したオーロラは、少しずつオスカーとレジデンスから浮きあがって、剥がれ落ちてどこかへと流れはじめていた。
もしかしたらその虹は、いくつもの命であふれる美しい蒼い星に向かって泳いでいったのかもしれなかった。




