第八話 破片の反乱(後編)
ザリザリとしたノイズが通信機から聞こえ、サモリの声が周囲の破壊音にかき消される。
吹き飛んだ壁から空気がもれだし宇宙へと飲まれていき、部屋に暴風が吹き荒れていた。
「炸裂杭を!」
軍用ネクチサイドからの指示が飛ぶ。炸裂杭またはプロウジョンパイルとよばれる固定装置を軍用ネクチサイドは持っている。オスカーと軍用のネクチサイドは床に脚を叩きつけると、爆発音とともに足の裏から杭を地面に突き刺した。
「全員無事だ!」
味方が『外』用ネクチサイドを確保したのをゼイガンが確認しミチに伝える。
安全装置の働きによってミチ達のいる空間はすぐに人の世界から生き物のいない宇宙へと変貌を遂げた。
「――聞こえるか! 繰り返すぞ、ヒルヤ・ヒリヤの行動がつかめた!」
サモリの声が遠く聞こえる。
幸いにもそこにいるネクチサイドはどれも宇宙空間での生存機能を有していた。ただ、問題は完全な空間機動が可能なのはミチらのオスカーのみだったことである。
「ブラディオン通信が動いている! 二時間ほど前に地球に向けての発信が確認されたがその内容は空だった! しかし、代わりにある電磁波をばら撒いている!」
部屋の崩壊以上の問題がミチ達にはあった。
振動が部屋に張られた硬化した分泌物の柱をバキバキと割って、崩壊した部屋と壁の間にある巨大なものを露出させていく。
出てきたものは巨大な塊。
それは繭だった。
マルタイの腹部から後ろには隠された繭があったのである。
この状況はつまり、マルタイの生存と変化を意味している。
「四方に放出されている電磁波に情報が載せられている! それは、ある翻訳機を通してつくられたメッセージだ!」
そして、その繭はもう繭ではなかった。卵の殻を思わせる外殻はすでに割れており、中身がその姿をあらわにしようとしていたのである。
「イオギ氏の協力のもと、翻訳のシステムはフェネクの音響知覚能力を模したもので、オスカーに応用された機能に類似しているとわかった! ヒルヤが自力でつくったもの思われる!」
「馬鹿な……」
ゼイガンと、そして他のネクチサイドからの感嘆にも似た一種のため息。
「そしてそのメッセージは、詳しくはわからないが、おそらくは誘導の一種だ! 始祖虫が群れを率いる際に使用されるフェロモン信号をベースにしている!」
サモリの声が再びノイズにのまれると、ゼイガンが目を見開き小さく叫んだ。
「脱皮している……?」
割れた卵から生まれる脅威の存在。
「あの姿……変態!?」
それは、始祖なるモノの真の姿。
「あるいは今までの姿自体がサナギだったとでもいうのか!!」
それは、宇宙に出たヒトの見る悪夢。
「信じられない……」
それはシャープで滑らかな乳白色の外骨格が全身を覆い、すらりと長い手足を持っていた。
顔の目や口の配置はまるで人間のようである。触覚もトゲもない。全身が軟らかな素肌を連想させる滑らかさを持っていた。
そして、女神像の顔を虫の部品で置き換えたかのような悪魔じみた貌。
ダークファンタジーに影響された造形師が趣味で仕上げた石膏像。例えるならそんな風に呼べるような嘘くさい姿だった。
それが、静かに機械でできたヒトを見下ろしていた。感情のない複眼で。
「ただの脱皮じゃない!」
そして、その背中にはなにかしらのフレーム。
マルタイが伸びをするようにフレームを広げると、ひらひらとオーロラのような光の幕がまろびでた。シャボンの膜のようなそれは宇宙に眠る光を映して反射しているかのようである。
「あの翼は、この頭を揺さぶられるような感覚はなんだ! こいつはいったい……!?」
「電磁翅よ」
割り込むかのような通信機の声。
「ヒルヤ・ヒリヤ!」
「電磁翅、宇宙線を受けて羽ばたくことのできる始祖虫だけが持つ本当の翼」
クリアな声がまさにねじ込まれるようにミチ達の耳に届く。
「ヒルヤ先生、どこにいるんです!」
「彼女はついに見つけたのよ、こんな人工コロニーなんかよりも遥かに素晴らしい安住の地を」
ミチの問いかけなど聞こえていないかのようにヒルヤは話す。
「ミチ、こいつはなにを言っている?」
「まさか……」
「私がフェネク君の能力を通じて、人間の言葉を訳して彼女に伝えたの。あの通信の先にいいものがあるってね」
ミチの予想は恐ろしいものだった。もしかしたら、頭に浮かんだその絵は、この世でもっとも悪意に満ちた予想図かもしれない。
「大型始祖虫を、マルタイを……地球に誘導したんですか!!」
ミチが叫ぶと同時に、マルタイがフワリとその身を宇宙へと放り出した。
「いけない!」
オスカーが動き出す。いや、オスカーだけが動けた。
マルタイの電磁翅はまるで電磁パルスのようにエネルギーを散らかし、そのインパルスによってオスカーを除く二体のネクチサイドはまともに動けなくなってしまっていたのである。
マルタイを追おうとするオスカーの横に二体のネクチサイドが溺れるかのような挙動で近づいてきた。
「完全マニュアルで無理矢理動かしているのか?」
そして、そのたどたどしい動きで自身の装備をオスカーに装着しはじめた。
全てをミチとゼイガンに託す。
なんとか武器装備をオスカーに譲ると、二体のネクチサイドはその場に浮かんだ。
「ミチ! こっちもいくつかの機能にエラーが起きている! 俺がマニュアルでサポートするから戦闘機動は任せたぞ!」
「はい!」
鉄の戦士を跪かせ、アーク放電をまき散らしながら白い悪夢は飛び立つ。命の星、地球へ。
「奴を絶対に地球へと向かわせるな!」
サモリの通信が戻ってくる。外壁から宇宙へ出たからだろう。
「彼女は誰にも止められないわ」
よりクリアになったヒルヤの声も届く。
そして、サモリとヒルヤの声が口論するかのように交互にオスカー内で踊りだした。
「ここ数時間のマルタイの産卵を確認できていない! 場合によっては胎生様の増殖機序を獲得している可能性すらある!」
「進化でも変態でも成長でもない。あれこそが彼女の真の姿。強かなる母であり美しき父でもあるの」
「地球へ到達した場合、突入と同時に虫卵ないしは幼体がばら蒔かれると予想される! そうなればもう追跡は不可能だ!」
「彼女は彼女に相応しい土地へ向かう。こんなかろうじて存在している危うい人造生存区域などではない、生命が生きるに相応しい場所で子を産み、育てる」
「そいつは地球在来の虫とは違う真性侵略的外来種だ、地球環境と調和することはあり得ない! 食べるだけ食べ、増えるだけ増えれば、あとは全てを貪りつくして宇宙へと飛散していくことになるだろう! 道中にあるレジデンスを壊滅させながらだ!」
「そして相応しい者が相応しい力を得、相応しくない存在をすべて蹴散らす。知ってるかしら? 弱肉強食という言葉がもともと自然界に対する妄想から生れた言葉にすぎないということを。人はあああってはならないという戒めだったの。でも実態は違う。この世に一方的な弱肉強食が存在するとしたらそれは人間の世界にだけだわ」
「このままでは人類のみならず動植物を含めた地球由来の生物の一切がこの一種のために絶滅することになる!」
「そして、人ともう一種。そう、彼女こそ人間に対して本当の弱肉強食を体現する偽りなきエルトニアンピラミッドの頂点」
「今この瞬間に奴を駆除できるのは君達しかいない! 『最強』の二人! 君達に全生命体の未来を託す!!」
「大型始祖虫マルタイ、学名をメガリオノクシャス=ロドクメトラ。彼女こそ、来臨せし星々の王よ」
宇宙の暗闇を背に、通信搭へと向かおうとするマルタイを追ってレジデンスを滑るオスカー。
まるで引き寄せられるかのようにミチは追跡する。サロメに憑かれたエロドのように。




