第八話 破片の反乱(前編)
そこは整備所であり前線基地そのもの。今でこそ人であふれているが、もうすぐ皆ここから出撃し、長い戦いをはじめることになる。
「こんばんは、みんな。所属も階級も職種も肩書きも違うみんな」
サモリの声が聞こえる。通信機を通じて、スピーカーを通じて、ここにいる全員に届いている。
「今日、今から、我々は人類史上もっとも危険な存在に立ち向かう。人類という種すべてにとっての敵を討ち滅ぼすための作戦だ」
標的の場所はとっくにつかめていた。それはレジデンスの根本を指し示している。つまり、レジデンスとは究極の閉鎖環境であるがゆえに、逃げ場も隠れ場もないということである。
「我々にはなにもかもが不足している。知識、技術、体力、経験、物資、時間、装備。だが、充足しているものがある。精神だ。命と覚悟と使命感を柱とした精神によって我々は今ここにいる」
このレジデンスという閉所は距離と時間による解決が効かない場所である。だから、人々はかつて後回しにしてきたものと向き合う性格を帯びてきていた。向き合える存在になりつつあった。
「あるいは、知らず知らずにこの過ちに加担してしまっていた者もいるだろう。だが、後悔するより先に、我々が今なんのためにここにいるのかを思ってほしい。そう、最後の戦いのためにここにいるのだ。このレジデンスを、故郷を、家族を、肉親を、友人を、知人を守るために、すべての人々を守り抜くために」
団結、秩序、そういう概念とも少し違う。集団、群生に近いなにか。
「この戦いを乗り越え、過ちも使命すらも越えて、我々は真の繁栄の時代を告げることになるだろう。我々は日常と明日のために勝利しなければならない」
宇宙という新たな生活環において、人はそうした相を得はじめていたのである。
「今こそ名乗りをあげよう! 我々は結節点! 戦い、守るために交錯し、終着点を越えてここに集った仲間!」
サモリの言葉は力強かった。それは、サモリの、ターミナスとしての根底にあるものかもしれないし、もしかしたらこのレジデンスというすべての人に自立と自律を求める環境に生きる人間が等しく持つ矜持に近いものなのかもしれなかった。
ミチは自身の耳の奥にその言葉を流し込みながらも、しかし一つもその言葉を反芻したいと思えなかった。
「これより、オープンゲート作戦を開始する!」
・ ・ ・
「『背骨』はわかるな」
ゼイガンのミチへの問いかけだ。
「船でいう竜骨にあたる場所ですね」
ミチはふと我に返って答える。
「うん。複数の管が撚り合わあさったようになっていて、中を通れる」
「入ったことはありませんが」
「ネクチサイドもちゃんと入る。まぁ、あまり余裕はないが」
「そこの先端にあたる場所に、マルタイとヒルヤ先生が……」
「それぞれ別の階層にな」
「ヒルヤ先生の方にはサモリ教官とオーランド達が」
「ああ。そして、我々はマルタイだ」
運搬用コンテナ車にオスカーを載せる前に全ての準備を終えなければならない。
ゼイガンと共に最後のチェックが行われる。
「マエダ隊員、火器点検はじめ」
「火器点検よし」
「弾倉五発入り確認」
「五発確認」
オスカーが手にしたライフルが金属音を放ってカートリッジが装填される。
通常、『外』用のライフルは基本的に内部カウンターによる無反動化がされているが、威力の減衰が起きるという弱点がある。しかし、今オスカーの装備しているものはそれらが内臓されていない、よりシンプルかつ高威力なものである。
本来ならばレジデンス内で使用されないようなものであっても、今作戦では有効性が最優先されているのである。
「……なあ、世界を敵に回しても君を守るっていうような台詞、よくあるよな」
作戦が始動し、動き出したコンテナの中、ゼイガンが呟く。
「……フィクションの世界の話ですか?」
「ああ。それでさ、世界の敵になるってどんな奴で、なにをやればそうなるのかなって思ってさ。まして、それの味方になろうっていうのはどういう状況と考えなのかって」
「比喩でしょうけれど、それもそうですね」
「ああいうのって、それを言ってる奴が世界を敵に回したがっていると思うんだよ」
「自分達を特別視したいがために?」
「ヒルヤ・ヒリヤって、きっとそれさ」
* * *
ターミナスならぬターミナル達は、『外』と軍の残存戦力合わせて駆除班でいうと4班ほどの規模である。ネクチサイドは十機に満たないだろうか。しかも、その大半は大量に羽化した始祖虫の駆除に回らなくてはならず、マルタイ駆除並びにヒルヤ確保そのものにはほんのわずかな人員で挑まなければならない。
ただ、それらの武装は通常の比ではない。回収できた軍用装備で固めているのである。並みの始祖虫にならば物の数ではないだろう。ただし、被害を考えなければ。
狭く暗い『背骨』の中で別れた二つの班はそれぞれ階層の違う二つの場所へと向かっていた。一つはマルタイのいるレジデンスの底部、そしてもう一つはヒルヤのいるキールームである。
キールームの扉の前、先行した軍の兵がエントリーを開始するのをインディアタイプに搭乗したオーランドが見守っていた。
「やはりいないか」
通信機の先、後方の指揮車で待つサモリの声。
「もぬけの殻のようですね」
あまりにあっけない制圧だった。ただ来て、警戒しつつ部屋に入っただけである。
「……とにかく、MOTHERの起動を」
サモリの声が作戦を進めるよう急かす。
しかし不自然だ。ヒルヤはなぜここに来たのか。考えられるのはここに立てこもろうとしていたのではないかということだ。ここはレジデンスの核になる部分。ここにいることでレジデンスそのものを人質にとれるのである。なのに、それすらせず、ヒルヤはいずこかへと消えてしまった。
おそらくはそれも時間の問題で、すぐにヒルヤの足取りはわかることだろう。
だからこそおかしい。ここに来た目的はなんだったのか。
「オーランド……」
サモリは思案にふけった一瞬の後、サモリの頭にある予想、というよりも予感が浮かんだ。それもとびっきり恐ろしい悪夢のような。
「超加速ブラディオン通信の様子を見てくれ!」
「はい?」
「犯人の目的はそこにある。いや、違うな、できればそこにないことを祈りたい……だけれども、あるとしたらもうそこしかないんだ!」
わずかな時間の後、現場の声が聞こえてきた。
「ブラディオン通信ロックされています! なにかのプログラムが走っていて、指示を受け付けません! わかりませんが、なにかの、翻訳を発しているようです!」
「落とせるか!?」
「反応ありません! しかし、いかなる破壊行動もここではできません! 停止不能!」
「イオギさんを!」
・ ・ ・
先行する二機のネクチサイド。両方ともミチと関係のあるものだった。
一機は『外』乱入事件の際の『外』のもの、もう一機は『吹き抜け』にいた軍が使っているものである。
「因果かな」
ポツリとゼイガンが呟いた。
不思議だった。ここまで『背骨』は平和そのもの、始祖虫の気配すらなかったのだ。
背骨の内部は環が連続した組織のような生々しさを持っていた。それは過剰な清潔さからくるものである。汚れすら立ち入らない環境は時を鈍らせる。
「……なんだ?」
ゼイガンが妙な声を出した。場そのものが息を呑むような緊迫感がそこにはあった。
オスカーと軍用ネクチサイドが思わず広く展開する。
震撼するほどの気配が立ち込める。
そこは『背骨』の突き当たりになる部屋で、大きな空間となっている。なんの部屋というわけではない。構造上できる空間である。そして、『背骨』の特性上空にしておくしかない場所なのである。
そこにそれはいた。
寝転ぶか倒れるかのような姿勢でいるマルタイ。空間の扉は開放されたままだ。遠くに聞こえる反響を子守唄に眠る人類の天敵。
それはいまや安らかな眠りの中にいる。それだけ見れば平和そのものだ。だが、『背骨』という場所に満ちる静寂との違いはマルタイの周囲散らばる破片である。物言わぬその肉片たちは苦しみの声をあげる代わりに赤黒い飛沫を空間中にばら撒いていた。
汚れなき空間のはずの終末は汚されていた。飛沫だけではない、なにかの分泌物と糸が張り巡らされていた。それによってどうにも部屋全体が劣化しているようだ。
「射手マエダ隊員、目標マルタイ頭部」
ゼイガンの指示である。相手が動かないのは好都合だ。
ミチはどこか色の薄くなったマルタイの頭部にネクチサイドのライフルを向けた。レジデンスへの被害は起こりうるが、それを考えるのは二の次である。
他の二機のネクチサイドもそれぞれに火器を構えた。
ミチは復唱の後、銃撃した。いや、サイズ的には砲撃かもしれないが、とにかくマルタイの頭部を破壊したのだ。
そう、マルタイの頭部を完全に吹っ飛ばしたのである。
だが、ミチ自身も、ゼイガンも、他の隊員も終わりではないことを分かっていた。
手ごたえがまるでない。
空箱を撃ってももう少し手ごたえがあろうものである。まるで袋のような感触であった。
ぽかんとした脱力感に驚いていると、静寂に隠れるように、ひっそりとそれが動き出した。
マルタイの背にあった壁が崩れ始め。空気が抜け始める。
「外壁が、抜けている!?」
部屋の崩壊が始まると同時に、今まで開放されていた扉が封印のように閉ざされた。
状況の把握を済ませる前に通信機から声があがる。
崩れる壁の向こうに見える闇はレジデンスの夜の色とは違っていた。人の夜は、ときに宇宙の闇よりも暗い。




