第七話 略記(後編)
作戦時間が迫る頃、オスカーの姿が大きく変わっていた。
もともとオスカーはシャープな人型をしているのだが、その外装、つまり着込んでいる鎧がより大型化したような姿になっていたのだ。
「これは」
指令室にあたる部屋でゼイガンが疑問を口にする。
「バーニアがついているな、『外』用の装備か? いや、装甲厚が全然違うな……ただの『外』用じゃない。まさか汎用装備だと言うのか。これは、つまり……」
整備所のモニター映像とオスカーのデータを確認しながらゼイガンは機体をそう評価した。
「はい。軍用装備です。ボディフレームにも手が入っています」
イオギががらりと姿の変わったオスカーについて説明する。
「はじめからそういう設計ってことか。つまりターミナスのオスカーは制限版だったんだな」
「オスカーはもともと最新軍用ネクチサイド開発計画の延長にあるものだったんです」
二人は周囲を気にして少しだけ声を落とす。
「本来、ネクチサイドは軍用にはまるで向きません」
「ああ、前面投影面積うんぬんってやつだな。戦場じゃ兵士だって匍匐する」
「ですが、限定的な状況では評価が逆転するんです」
「狭い場所や足場の悪い所、立体的な場所。つまり市街戦だな」
「はい。いわゆる特殊部隊員や工兵といった役割をネクチサイドは担えるのです。ただ……」
「立場はよくなかった」
「ええ。軍用ネクチサイドのほとんどは今以上の機能を求められていませんでした。優先度は低かったのです」
「第一号レジデンス奪還計画は藍田にとっても美味しい話だったわけか」
「はい」
「だが、これならアレとも……」
「手前味噌にはなりますが、期待できると思います」
ゼイガンは時計を確認し、サモリの方を見た。目の合ったサモリはひとつ頷く。
ミチの姿は見えない。もどってくるかと思ったが、オスカーのある場所で合流することになりそうだ。
司令室から移動し、時間が差し迫る中、専用のスーツに着替え、最後の準備をしながらゼイガンは人目を避けつつ電話をかけた。
「出てくれたか、助かる」
「ゼイガンさん……」
少し怯えるようなフェネクの声。
「こんな時間に悪いな、体は大丈夫か?」
「すいません、俺……」
「なにを気にしてるかはしらんが、聞きたいことがある。あぁ、その前にあの子はどうだったんだ? フロランス、だったか」
「ええ。まだわかりませんが、今は、なんとか」
「そうか」
「ゼイガンさん、俺も連れて行ってください」
「駄目だ、その子のそばにいてやれ」
「でも!」
「じゃあ命令する。学生は退け」
「俺だってやれます!」
「お前が行ってどうするんだ? てめえでケツふきたいなら相応の実力が必要だ」
「俺は……ただ……」
「お前ミチをふったんだろ?」
「……!」
「言っとくが直接聞いたわけじゃない。ただ、なんとなくな。それで、バックアップにお前がいたら悪影響に決まってんだろ」
「でも、それは」
「勘違いすんな、それでお前を責めるほどガキじゃないし陶酔もしてない。こんなの気を使うのも馬鹿馬鹿しい話だが、思春期はデリケートだからなぁ?」
「……こんな時にこんなことを言うのはなんですけど、ゼイガンさん、あなたがミチを支えるべきです」
「俺じゃ駄目だよ」
「どうして! あんただってミチのことを……!」
「あいつはまだ未成年の学生だ」
「でも、そんなこと」
「関係ないって? 本気で言ってるか?」
「もちろんです」
「若いなお前も。それでな、悪いんだが聞きたいのはそういう話じゃない、マルタイのことだ」
「俺に言えることなんて、なにも」
「おまえには特殊な才能がある。ヒルヤから聞いているだろう? 」
「よくはわかりません」
「あるんだよ、おまえには。おまえは奴を倒すヒントを持っている」
「……わかりません」
「そうか……時間とって悪かった。そろそろ行くぜ。マルタイだかなんだか知らんが木端微塵にしてやる」
「あの、ミチは?」
「あいつももちろん出る。総力戦だ」
ゼイガンはオスカーに搭乗予定である。そしてミチも。オスカーは複座式となっていた。
「……」
「どうした?」
「ヤツは、マルタイは、なんていうか、その」
「まだ、なにかあるんだな?」
「たぶん」
「まださらなる実力を隠してる?」
「わかりません。うまく言えませんが、なにかを探してるんだと思うんです」
「探す?」
「はい。なにかを、知りたくて、それを俺に聞こうとしてきたような、俺から探ろうとしていたような、そんな気がするんです」
「ふむ」
「そして、それがわかったとき、あいつは目的を叶えようとする」
「つまり、その目的を叶えるための能力が?」
「きっと」
「……わかった。覚えておく」
「ゼイガンさん、気をつけて」
「おう、ありがとう」
「それと」
「マエダのことだろ? まかせておけ」
* * *
装備をスタッフに確認されながらゼイガンはオスカーのもとへと向かっていた。
そこには数体のネクチサイドがあった。
見えているうち二機は純然たるターミナス用であり、もう一機は軍用である。
さらには指揮車やコンテナ車、人員用の備品を含め、その整備所は前線基地さながらの状況であった。
ここに全てが集中してきていた。
「マルタイの位置は?」
「変わらず掌握できている。オスカーに経路を入れてある」
サモリと通信のテストを兼ねて作戦の確認する。
「確認しますが、外壁まで追い立てるんですね?」
「うん。三段構えのためにね」
「可能であればオスカーでの駆除。それが困難である場合はレジデンス外部への完全な放出」
「うん。いくら始祖虫でも宇宙空間の完全な自由移動は不可能だ」
「だがいくらかの推進器官が発達している個体もある。戻ってくるぐらいはしかねませんよ」
「そこで確実性をもたせるためにMOTHERシステムの出番だ」
「が、しかし」
「もう聞いていたか」
「封印されているはずのキールームに侵入した者がいるってんでしょ。あそこは超加速ブラディオン通信を用いた地球との緊急直接回線だとか、レジデンスのエネルギー根幹制御とかの人為的介入を可能な限り避けなければならない真の中枢だ。そしてMOTHERシステムはキールームがロックしている」
「関係者以外は入っただけで罪に問われる場所さ。そんなところに入る目的ってなんだろうね?」
「テロかはたまた自殺志願か。捕まえて犯人に聞くしかないでしょうな、今回の件も含めて」
「ああ。ヒルヤ・ヒリヤに直接ね」
「そっちは任せますよ」
ふと見た風景にゼイガンは自分の目を疑った。
そこにはオスカーがあり、ミチがいたのだが、それがおよそイメージに似つかわしくないことをしていたのである。
「なにしてる? 我々に銃はいらない」
ミチはオスカーの手に対始祖虫用ライフルを装備していたのである。
それだけではない。オスカーには他にもいくつかの火器が搭載されていた。
「いいえ、必要です」
「ミチ、銃に頼りを置くのは……」
「二流。わかっています」
「なら、なぜ?」
「気づいたんです」
「なにを?」
「私は二流です」
「馬鹿なことを!」
「いいえ、そうなんです。フェネクの戦闘データを見ました」
「あいつのデータがなんだって?」
「彼の動き、息づかい、視線、体勢、反応、その他のすべてを見たんです」
「だからそれが――」
「フェネクの菩提術は私を完全に上回っていました」
「!」
「そして、なによりその応用において。彼の菩提術は私の知るそれとは違う性質のものでした。きっと彼はずっと鍛錬を続けていたんです。ずっと、ずっと、私よりも長く、濃く、実戦的な菩提術を」
「そんなことがあるわけないだろう!」
「いいえ、間違いありません」
「ゼイガン君、ミチの言っていることは事実だ」
サモリの声が割って入ってきた。
「あんたになにがわかるっていうんだ!」
「あいつはね、我々とは違うんだよ」
「なにがです?」
「あいつは目的のためなら手段を問わない。どんな手でも使う。ゼイガン君にそれができる?」
「できますよ、自分だって……」
「あー、多分違うな。任務遂行のためなら他人のケツ舐めるような真似ができる? ってことなんだけど。汚いことや腐った命令でもあいつは平気で聞くよ。誰かを助けるためなら司令の反吐だって笑って飲む。正当な武道である菩提術を侮辱するかのような改変だって平気でする」
「……」
「君やミチは正当な命令を正確にこなすことはできる。だが、性格として濡れ仕事に向いていない。理不尽に従えない……どっちがターミナスとして正しいかは置いておく。でも、軍が興味を持つのはフェネクみたいな奴さ。目標を示してやれば、そこに矛盾があろうと犬のように追いかける。あいつは兵隊に向いているんだな」
「だから、我々も、同じことをする必要があると?」
「そう、我々はフェネクと真逆だ。あいつは菩提術を、我々は火器を、誇りを捨てて使うんだ」
「……すべては、勝つためにです」
「そして、守る、ために、か」




