第九話 ファイナル・レイン(後編)
大型始祖虫駆除の報告の第一報はあっという間にレジデンス中を駆け巡った。このイズイトだけではなく、他のレジデンスまで止まらずに。だが、まだ実感は誰にもなくて、伝説や噂程度の信憑性でしかなかった。
そして、今このときこそがチャンスであり、最大のウィークポイントであった。
レジデンス最大の要である港は例外であふれかえっていた。
許可の取り消し、禁止の容認、検閲の省略。レジデンスは大地をも人が管理しているということであり、インフラを含め、ともかく一刻もはやく物事を進めなければならないものがたくさんあった。
そして、秘密の出入り口とも言える要人用の発着口でも例外が起こっていた。
ある男が船の乗り込もうとしているところであった。男はいつかのときヒルヤと会っていた男だ。名前をゴルドリオ・ワフマン、この計画の犯人の一人である。
ワフマンの船の前に大きな一つの人影が出てきた。
正確には人型の影。
ネクチサイドである。
まっすぐに船の方を向く機械の巨人からはどこか怒りのようなものが感じられた。
船に乗り込もうとしていたワフマンの近くに人が近づいてくる。
「ミスター、先生、どうも」
サモリである。
どこか慇懃なその態度とは裏腹に厳しい目つきをしている。
ワフマンを守るように飛び出てきたSPが隠し持っていた拳銃を抜いたが、サモリに向けた銃口には迷いがあった。
サモリの後ろからいくつもの小銃が向けられていたからだ。
「誰か」
ワフマンの声には冷静だが苛立ちが混ぜ込まれている。
「全員一個人です」
ワフマンはさらに苛立った。目的が糾弾だと察したからだ。
「では、その同士諸君の目的はなにかな? あまり時間はとってやれないぞ」
「ここに来たのは一つだけ確認したいことがあるからです」
「なんだ?」
「大型始祖虫はあれ一体で間違いありませんか?」
「……知らんな」
「教えてください」
「わたしが関与したものではないのでな、知らんよ」
「非公式で、オフレコでけっこう。確認をとりたいのです。事件の責任は問いません。教えてくれれば船を出していただいてかまいません」
「……あの一匹だけだ」
「どうも。用はそれだけです」
「おい、特任」
「はい?」
「とぼけるなよサモリ・ケイツ。特任のゴースト。貴様だろう、計画の邪魔を色々してくれたのは」
「身に覚えがありませんが、なんでしょうか」
「どうして逮捕しない?」
「んー、権限がありませんので」
「馬鹿な、十分管轄内だ」
「ミスター、ゴルドリオ・ワフマン議員先生。あなたを逮捕したからってどうにもなりません。立件できたとして、どれほどの罪に問えると? おとなしく従う貴方じゃないでしょう」
「やはり、証拠もつかんでいるな」
「ええ。あなたでしょ、マルタイあそこまで成長させたの。目的はオスカーのテストなんでしょうから、あなたが全部悪いとは思ってませんけどね。ただ、今言ったとおり、逮捕権は行使しません。そういう性質のものとは思っておりませんので」
「ほう、わかってるじゃないか……これは軍の作戦。ターミナスごときが口を出すべきものじゃない」
「民間人の犠牲が出るのが前提の作戦なんてのは下策では?」
「君ならば『犠牲』の意味がわかるんじゃないかね? 誰かが始祖虫の原因を断たねばならない。軍がやらなくて誰がやる? この作戦での犠牲は、軍が払った犠牲でもあるんだ」
「勘違いしてるんじゃありませんよ。あなたは犯罪者っていう、本来守るべき市民の敵になったんです。それじゃ始祖虫と同じですよ。始祖虫には人間全員で対抗していくことになるでしょう。その時、あんたもきっと駆除されちゃうね」
「それで脅している気か」
「哀れんでいるんです。裁きから逃れるだけの力のある人のことを」
「なにがだ?」
「やはり実感がないようで。今回のこと、民間で犯人探しがはじまっています」
「なに?」
「人々の怒りは半端じゃありませんよ。おおまかのことはとっくに勘付いています。そして、誰かさんのせいで怪物にたくさんの人間が殺された憎しみは半端じゃありません」
「それがどうした」
「わからないんですか? 人々は本気で殺すつもりでいますよ、今回の首謀者を」
「……」
「すでに管理部をはじめあらゆる機関に人々の問い合わせがはじまっており、中には金で情報を買おうとしている者まで出ています。感情ではなく、れっきとした危機としてみている証拠です。こうなると、もう時間の問題ですよ」
「私を私刑に会わせようと?」
「ターミナスは人間を始祖虫から守る組織。軍だろうと悪党だろうとね。あなたもその対象です。ただね、それ以外は知ったことじゃない。軍が守ってくれるといいですね、兵が何人も無残に食い殺されたそうですが」
ワフマンはふと自分に向けられている小銃がその軍のものであることに気がついた。すでに自分のテリトリーは陥落しはじめている。
「いくらでも、どうにでもなる」
保身を急がねばならない。そして、この程度ならどうとでもなる。ワフマンには自信があった。
「これに関わるパル・ローレン氏も今は捕まらないとはいえ、もう終わりですよ。彼自身、管理部の私物化なんて恒常化できるとは思っておられないでしょう」
「この業腹、ただでは済まさんぞ」
「秩序を乱す者は秩序を愛する者に滅ぼされます。往々にしてそれが公の義ですからね。僕はそれに従っているだけです」
「その結果がお前の学徒動員チームか? 平和をうたいながら勤勉を笑う。社会を危険に晒すぞ」
船の前にいるネクチサイドを顎で指す。中にいるのはオーランドである。
「環境の管理による洗脳なんてしたくないだけですよ」
「人を使うことからの逃避だ」
「それが人飼いの言い訳ですか? 軟弱ですね。虫以下だ」
「そのような概念でわたしを除去できると――」
「フロランス・ミアル」
「ん……?」
「あのネクチサイドのパイロットのチームメイトです。第9ターミナス学校の学生で自分の教え子でもあるんですがね、今回の事件で重体となっています」
「ミアル……」
「はい。地球でのあなたの政敵、ミアル議員の一人娘です」
「……!!」
「それではセンセイ、失礼します」
波がひくようにその場からサモリ達の姿が消えていった。全員が全員侮蔑の視線をワフマンに残して。
サモリはすでに事件のほぼ全ての全容つかんでいたのである。
全ては決した。
ワフマンはこれから繕えるだけ繕うしかない。しかし、その先には絶対に逃れられない破滅がある。
崩されることがわかっている砂の城をつくるしかない。
自分が入ることになる墓穴となることが確定している穴を掘るしかない。
ワフマンは終わってはいない。今はまだ。そして、時間はもう残っていない。
* * *
『吹き抜け』。そこにミチはいた。外からなんとか辿りついたのである。
居住性はまったくなく、メンテナンス性も悪い場所だ。そこは脆い素材の薄い壁があるだけで、かろうじて人が居ることができるだけである。
ミチの手にはショットガンが抱えられていた。ピストルグリップでストックレスのショートタイプのショットガンだ。オスカーに搭載されていたサバイバルガンである。
サモリからの情報でここにヒルヤが移動してきていることがわかっていた。
人影が見えた。窓から外を眺めている。
「彼はどうしたの? ゼイガン・エイオンは」
背中を向いたままでヒルヤが問う。
「といっても予想はついてるけど」
ヒルヤはうっすらと笑った。
「見捨ててきたのね」
ヒルヤの言うとおりだった。重症のゼイガンはミチに使命を託したのである。
墜落したオスカーはそのまま壁面の通用口に突入した。助けは来るはずであったが、しかし、ゼイガンの容態は決してよくない。本来ならばミチにいてほしいはずである。しかし、簡単な処置をすませるとゼイガンはミチを行かせた。
それが責務だったからだ。そして、それはミチも持っているものだった。
ときに仲間を見捨て、自分を見捨てさせるという責務。
「結局、軍の目的はなんだったのですか?」
背中を見せたままヒルヤはデータディスクを投げてよこす。
「軍がマルタイを保護して成長させ、フェネク君をオスカー乗せ、ぶつけて性能をテストしようとしたのよ。そこに全部入ってるわ」
「なぜこのレジデンスで?」
「制御できないから、たまたまマルタイが飛来したイズイトレジデンスを実験場所に選んだんだって。馬鹿よね。制御できないモノに勝てるつもりでいたのかしら」
「どうしてそんなことをする必要があったのです?」
「ネクチサイドの軍団で始祖虫から第一号レジデンスを奪還するつもりらしいわ、なるべく傷つけずにね……もう、そんなのどうでもいいことでしょう? それもそこに入ってるから、訴えるなりすればいい」
「では、あなたの目的は? あなたはそんな軍の目的とは別のところにあったはず」
「聞きたい?」
浅い笑いが漏れる。
「あなた、今の人間達をどう見ている?」
「政治的思想的な判断はしません」
「宇宙という危険地帯に己の技術のみで立ち、生息しはじめた人間。全てにおいて一切の安寧を捨てた我々人類は、始祖虫という天敵までに立ち向かうことを選んだ」
「ヒルヤ先生、講義を聞くつもりはありません」
「ヒトの群生相化」
声が大きくなる。
「今のあなたがそうであるように、今回のような万人にとって脅威になりうる危機に対し、人々は露骨に拒否反応を示すようになった」
「そんなものは、昔から変わらないことです」
「いいえ。直接自分に危険がふりかからない限り、人々は鈍感であり続けたわ。ずっとそうだった。たとえば宇宙進出を果たしていない人類がこのイズイトでの大型始祖虫事件に巻き込まれたなら、現場の人間以外はどこか他人事だったはず」
「それがヒトの群生相化だと? 新たな進化だと?」
「進化? この人の変化は進化ではないわ。まったく逆の先祖帰りよ。変化を必要とし、しかし進化をしなかった結果」
「退化……?」
「かもしれない。変化を必要としながら進化する余地はもう人間にはないのよ。まるで進化の袋小路」
「フェネクの能力がその証拠だと?」
「そう。フェネク君の見せたセンスこそヒトの相変異が極端に現れたものなのよ。レジデンスという閉鎖された場所で始祖虫という天敵に脅かされ始めた人類は、その勢力維持のために変化を見せたの。それこそ、孤独相から群生相への変化と同じもの」
「それを、地球でも起こそうと?」
「起こるかどうかを確かめようとしたの。すでにヒトは地球種と宇宙種に分かれはじめている。それを同質にできるかのテストでもあった」
「でもそれはおかしい。フェネクという例があろうと、なかろうと、証明にはならない。誰もそれを信じはしない」
「……」
「だからこそ軍の作戦を利用せざるを得なかった。他者から見たあなたの行為はどこまでいってもテロリズムでしかない」
「そうねぇ……もっと知りたかったの。だから、フェネク君に通訳してもらった。本当はただそれだけ」
「意思など通じるわけがない」
「アハッ! あんたじゃわかんないかぁ! あんた程度じゃ仕方ないわよねぇ……?」
「……」
「通じたわよ」
「馬鹿な……」
「だって、私も彼女も女だから。普通そうなのよ? 女ってそうなのよ? でも、あなたには無理よねぇ」
「そんなこと、あり得ない……!」
「そして私は彼女に誘導体を投与し、この子が産まれるように協力した。この子こそが次の女王よ」
「なっ……!!」
ミチが驚き獣を構える。
振り返ったヒルヤは腕に始祖虫の幼虫を抱いていた。
半透明で薄く蒼い包皮を持つ忌まわしい幼虫はモゾモゾと体をくねらせており、薄気味悪い足をジタバタとさせている。
「ンフッ……おっぱいが欲しいのねぇ、今あげますからねぇ」
ヒルヤは乳房を出すと、幼虫に差し出す。すると、幼虫はヒルヤの乳房にかじりつき血と肉を貪りだした。
よく見れば、ヒルヤの服のいたるところに血が滲んでいる。ヒルヤは何度も幼虫に『授乳』を行なっていたのだ。
「……あなたはおかしい! あなたがそれでは、モモちゃんは一体どうなるんですか!」
これみよがしな目をしたヒルヤにミチは甲高く叫んだ。
「なにがわかる……」
「あの子は大人の、出世の道具にされているんですよ? あなたはそれを知りながら、自分の理論に逃げて目をそらすのですか!」
「……この小娘! そうやって一人だけお高くとまって! 誰かを愛したことがないから傷ついたこともないだけのくせに! その完璧面がムカつくんだよ!」
ミチはヒルヤの目的が、研究のためでも、蘭田への復習のためでもないと気付いた。
ヒルヤの中にあったのは、そんな理由よりももっと深く、もっと広く、そして、なによりも軽いものであった。
そしてミチは恐怖した。今のヒルヤには、決定的なほどに自分を傷つけることができると理解したからだ。
「ああ……でもね、わたし、わかるのよ。わかっちゃうのよね。あんたさぁ、失恋したでしょ?」
「クッ……!」
ヒルヤは敵であった。誰にとってでもなく、ミチ・マエダにとっての敵なのであった。
「ざまあみろだわ!」
「そんなの、今は関係ない!」
「だいたいさ、フラれたのになんでまだネクチサイドなんかに乗ってるわけ?」
「私は、私の使命を……!」
「違うでしょ? あなた、泣いたり落ち込んだりがヘタクソなんでしょ? 『私は天才だ』っていうくっだらないプライドにしがみついてるから! しかも、うまくいったらそれでまた振り向いてもらえるとか思っちゃってるんじゃない? ホント無様よねぇ!」
「……もういいでしょう? フェネクを通じて、生命の起源を始祖虫に見るあなたの説は一部裏付けされた。だったら、もう……」
「ねえ、見える? この子、あんたが殺したマルタイの子供よ。他の幼体はすぐに駆除されることになる。この子だけ生き残るの。この子ねー、もう私がいないと生きていけないのよ? わかる? 私だけの子なの。フフッ、いいでしょ。あんなに強くなるのに、私がいないとこの子は駄目なんだから」
「ヒルヤ先生……」
「私はこの子を得たの。あなたと違って、私にはこの子がいるわ! アハッ! 私には必要としあえる相手がいる! あなたにはいない! アハハッ! 惨めよねえ! 『天才』ミチ・マエダって女はさあっ!」
「私は……」
「ねえ、本当に私をおかしいと思う? 違うでしょう? もうあなたには私と同じ見方ができるはず」
それまでだった。
「あなたはね、私に負けたのよ」
もうミチは何も言えず、何も見えず、何も聞こえず、そこにあるだけだった。
手にした銃はもうなんの役にも立たない。身につけた戦技はミチを守りはしない。本当に望んだものはここにはないのだ。
それでもミチは責務を果たす。人々が望む偶像という役割を。
・ ・ ・
町が静かに一日の始まりへと向かっていく。夜の流れから太陽が微笑みながら昇り、色鮮やかに朝の夢に挨拶をする。人工の世界の中で。
その日、新たな伝説を人々は記憶に残すことになる。伝説を継いだミチ・マエダの、宇宙の果てにまで届き、永く語り継がれ記録される、輝かしい英雄譚を。




