3月15日(金)。卒業式
この日、最近ではめっきり体調を崩すことが無くなった恭子は、卒業式に臨んでいた。ちなみに、高等部の卒業式はこれで6回目である。とはいえ、過去5回のループのうち、4度死去している恭子は、今回で2回目の卒業式だ。
今回は死ななくて済みそうだ。そのことにテンションが上がる。悠李も相変わらず碧に監視されているようで、うっとおしそうだ。
代表して卒業証書を受け取るのは碧だ。送辞は現生徒会長の志穂、答辞は紗耶加。両方とも女子生徒が述べたことになる。
長い卒業式。感動で泣く生徒も多い中、恭子はすがすがしい笑みを浮かべていた。
「この後は謝恩会ですわね」
謝恩会と書いてプロムと読むらしい。まあ、どっちでもいいが、ミネルヴァ魔法学院はイングランド発祥の為、プロムが正しいのかもしれない。さて、会場に行こう、とさみしそうな表情の紗耶加と歩き出した恭子だが、すぐに「先輩!」と言う声を聞いて立ち止って振り返った。
「卒業、おめでとうございます!」
生徒会と風紀委員、それに、各委員会の委員長たちがずらっと並んで卒業生を見送っていた。千尋と目が合い、彼は恭子に向かてニヤッと笑った。
そして、紗耶加の涙腺が決壊する。紗耶加は卒業式、6度目のはずなんだけどな。
「卒業式ってどうしていつも感動するんだろう」
プロムが開かれる近所のホテルの一室には卒業した女子生徒たちが集まっていた。ここで着替えて、プロムに出るのである。男子生徒も別の部屋に集まっているはずだ。
ぽつっとつぶやきながら紗耶加が着替えている。文化祭の前夜祭のように色の縛りがないので、色はさまざまだ。紗耶加はオレンジのスレンダータイプのドレスを着ていた。
「まあ、感受性が豊かと言うことで」
そう苦笑したのは恭子の髪を結っている悠李だ。彼女は無駄に器用である。恭子の長い髪をハーフアップにし、髪飾りをつけていく。
「あまり重くしないでくださいね」
「了解」
悠李はセンスもいいのだが、極端なのである。やりすぎる前に警告を入れておく恭子である。悠李は恭子の薄紫のドレスに似合うように髪飾りの造花を飾っていく。
そして、悠李はすでに身支度を整えており、すらっとした長身に淡い水色のマーメイドラインのドレスを着ていた。ここでタキシードとか着られたらどうしようかと思ったが、大丈夫だった。
「準備できた?」
レイチェルがやってきて確認した。彼女はばっちり身支度を整えており、目鼻立ちのはっきりした顔立ちに赤いドレスがよく似合っている。
「もうすぐ6時だよ。はじまるよ~」
のんきに時間を告げ、レイチェルは先に行ってしまう。悠李が恭子の髪にヘアピンをグサッと挿した。
「はい、できた」
「ありがとうございます。紗耶加は準備ができましたか?」
「うん。ちょっと待って」
紗耶加は束ねた髪をリボンでまとめると、近寄ってきた。だいぶ人の少なくなった部屋から出て、貸し切られた宴会場に向かう。そう、聞き間違いではなく宴会場です。
謝恩会、もしくはプロムと言ってもかなり自由だ。立食式で、ずっと食べながらしゃべっている人もいれば、ダンスを始める人もいるし、突然芸を始める人もいる。恭子たちはひたすら食べながらしゃべっているタイプだった。これまでのことを推理している。基本的に、情報源は悠李の母であるドクター香坂なので、偏っていることは確かだ。
「では、夏の停電事件の時の情報漏えい事件はうちの学校の生徒から、計画遂行に必要な能力を持つ生徒をピックアップするためだったということですか」
悠李の簡単な説明を受け、恭子ははあ、とため息をついた。校内で謎の組織が根を広げていたのを知ったのは今さっきだ。
「透馬君も長谷川もこの組織の一員だったみたい。もちろん、仁科先生もだけど……前の2人と先生では、ちょっと役割が違ったみたいだね」
「役割が違うってどういうこと?」
「氏家と長谷川は、生徒の勧誘を行っていたらしいな。氏家が女子生徒担当、長谷川が男子生徒担当。まあ、氏家はさほど活動していなかったみたいだが」
碧の言葉で、恭子は以前、千尋が『長谷川桃は男子担当のスパイみたい』と称したことがあったことを思い出した。図らずも、彼の推測が正しかったことが証明されたわけだ。
「だけど結局、何がしたかったのかいまいちわからなかったねぇ」
晃一郎がのんきに言った。ちなみに、男子生徒たちはタキシード参加だ。
「単純に考えれば魔術師の地位向上だろうけど……やり方が間違っているよね」
せっかくドレスを着ているのに、腕を組む悠李が言った。
「たぶん、別の目的があったんじゃないかな。結局、仁科先生をマインドコントロールしていた人間も捕まってないし」
「行きつく先を予想すれば、日本の弱体化が狙えるだろうが、もともと日本の魔術師はそこまでレベルが高いわけではないからな」
「……」
碧の冷静な分析に返す言葉もない。日本は魔術師育成プログラムの導入が欧米よりも遅かったため、魔術師のレベルに差が生じているのは仕方がない。
「……まあ、それを考えるのは私たちの仕事じゃないもんね! 後は、ちゃんと次の年度にいければ問題ないよ!」
珍しく紗耶加が問題に踏み込まずに明るい声をあげた。確かに、考えるのは恭子たちの仕事ではないし、どツボにはまってしまいそうな問題ではある。
ちらっと。恭子の脳裏に逆恨み、と言う文字が浮かんだ。狙われたのはミネルヴァ魔法学院だったし、この学校はレベルの高い魔術師を育成することで有名だ。それは、『魔術師レベルの低い』日本校でも同じこと。
例えば、碧の射撃魔法や悠李の近距離戦闘魔法は世界でも通用するだろう。世界的に有名な魔法生体学者であるドクター香坂もこの学院の出身だ。この学院に入れた、と言うことは、つまり、エリートだとみなされる。
その『エリート』魔術師に負けた他校出身の魔術師が、逆恨みでミネルヴァ魔法学院を攻撃したのかもしれない。もちろん、ミネルヴァ魔法学院出身でない魔術師でも、活躍している人はたくさんいる。用は、己がどれだけ努力したかの問題なのだ。
しかし、いまだに学歴主義がくすぶっているのも事実で、ミネルヴァ魔法学院出身の魔術師とその他学校の魔術師では差別されているのは確かだ。
もちろん、これは恭子の想像……というよりも妄想の産物であり、事実とは限らない。でも、逆恨みした人が関わっていてもおかしくないだろうな、と言う事件だった……。
曲が変わって、ワルツになった。楽団などは用意していないので、ただの再生プレイヤーからの音楽だ。ちょっとふざけている人が多いのはご愛嬌である。しかも、音楽に合わせてヴァイオリンを弾いている人までいるし……。
ちょっと混沌した状況である。ちなみに、酒などは出していない。一応、成人は18歳から、と法律で決められており、車の免許、選挙権、飲酒などはすべて18歳を境目にしている。しかし、高校卒業までは飲酒しないのが暗黙の了解となっている。
と言うか、このホテルは恭子の父、つまり鷺ノ宮家のものであり、恭子の父・雅弘の目が黒いうちは、少なくとも酒などは出ないはずだ。しかも、午後10時になったら強制的に追い出される。泊まっていくやつもいるみたいだけど。
「悠李」
「うん?」
黙って紗耶加と悠李のかみ合っているようでかみ合っていない気がする歴史の話を聞いていた碧が、突然悠李に話しかけた。それでも悠李は笑顔だ。
「……踊らないか」
「……」
笑顔の悠李をはじめ、恭子たちは沈黙した。
まさかの、ここで碧と悠李の関係に決着がつくか!?
卒業パーティーなどでカップルができるのは珍しくないと言う。最後の思い出に、と玉砕覚悟で告白し、オーケーをもらったという話は聞く。
しかし、そう言うやつはたいてい、進学先が別で、わかれることになる。
だが、碧と悠李は進学先が同じ。おそらく、悠李は断らない。すべては碧自身にかかっているのだ!
「……いいよ。でも、実は僕、あまり女性パートは得意ではないんだ」
「何なんだ、お前は」
ニコニコ笑う悠李と表情を動かさずにツッコミを入れる悠李は妙に人目を惹きながらダンスフロアに歩いて行った。
「……成原、ついに覚悟を決めたか」
敬にまでそんなことを言われる始末である。紗耶加も恭子を見上げる(恭子の方が紗耶加より少し背が高い)。
「なんかあの2人、妙に貴族的だよね」
「それ、悠李のせいじゃなくて?」
晃一郎が苦笑気味に言った。ちなみに、彼の地元にいる元同級生の女の子は無事に東京の美大に合格したらしく、はれて彼は彼女持ちとなった。人生勝ち組である。
「悠李の言動が貴族的であることは認めますが、碧の妙に整った顔立ちのせいもあると思います」
それと、あの2人は年齢の割に姿勢がいいのだ。
興味深そうに踊る碧と悠李を注目する人が多い。苦手だ、と言っていたわりに悠李はよく踊れている。音感がいいのだろうか。注目もなんのその、気にせずに踊っている。ちょっと楽しそう。
明確な答えが出ない事件が続いたが、さて、この件には明確な答えが出るだろうか?
2人の幼馴染を楽しげに見つめながら、恭子はにこにこと笑っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
さて、碧と悠李の関係に決着はついたのか。
次は最後。明日、9月29日、月曜日の午前7時に更新します。




