11月8日(木)。病院にて
ミネルヴァ魔法学校が襲撃されたあと、何人かの生徒は病院に運ばれた。敬が進学先に志望している魔法医科大学付属病院である。正確には医術と言った方がいいかもしれないが、その辺はツッコまないことにする。
あの時、侵入者と戦闘を行った人間はすべて病院に行かされ、診察を受けている。その上で入院させられたものも十数名いる。香坂姉弟や晃一郎、氏家などだ。
そんな恭子も病院に泊まったが、泊まっただけであって入院しているわけではない。繰り返す。入院しているわけではない。
なんとなれば、この病院には恭子の主治医がいるのである。科学的な方面から恭子の体の弱さを見てくれている主治医だ。まあ、途中でドクター香坂も来たけど。
帰る前にお見舞いに行っておこう。私服に着替えた恭子は氏家、千尋の病室を回り、晃一郎を病室から拾って悠李のもとへ向かった。晃一郎は頭を打っていたが、幸い、脳震盪などは起こさなかったらしく、明日には退院できるようだ。
「ユウ。起きてますかー?」
間延びした声で尋ねると、ドアがスライドして勝手に開いた。最近の病院の病室は暗証番号を入力しないと開かなくなっていることが多いため、内側から開けられたのだ。
「あら、恭子ちゃん。検査はいいの?」
「はい。異常なしです。ユウは起きていますか?」
「ええ。起きてるわよ」
顔見知りの看護師が中に入れてくれた。どうやら経過確認中だったらしい。
「やあ、恭子。晃一郎は動き回っていいのかい?」
相変わらずの口調で悠李は尋ねた。まあね、と晃一郎。
「俺は頭ぶつけただけだし。そんなに傷も深くなかったしね」
「いやいや。君たちが丈夫なんだよ。どんな体してるのよ」
看護師につっこまれ、自覚があるのが晃一郎も悠李も苦笑した。
「じゃあ悠李ちゃん。何か異変があったらコールしてね」
「わかりました」
じゃあ無理しないのよ、と言い置いて看護師は出ていった。恭子はそれを見送ってから悠李に向き直る。
「元気そうですね」
「元気だよ。体は動かないけどね……」
そう言って悠李は苦笑した。『精神傀儡魔法』の弊害だ。人の能力の限界に挑戦できるこの魔法は、使用後に強烈な筋肉痛にさいなまれるらしい。今回は肉体にのみ適用したが、これを脳に適用すると、脳みそが蒸発するらしい。オーバーヒートだ。
と言うわけで、現在、悠李は動けないらしい。ベッドに身を起こしてはいるが、病院着に肩からカーディガンを羽織っただけである。何でも、「腕を通そうとしたら痛かった」らしい。
「俺は明日には退院できるけど、悠李は無理そうだね~」
自分が案外軽症だったからか、晃一郎はかなり暢気に言った。そう言う彼も病院着で上に紺の上着を羽織っている。
「まあ、もう退院してもいいけど、たぶん、学校には行けないね」
3日はこの調子だって言われた、と悠李。この年で3日も続く筋肉痛なんて初めて聞く。
「悠李、いるか?」
碧の声だ。お見舞いに来たらしい。ベッドわきのスイッチでロックを解除しようとする悠李を制し、恭子が立ち上がった。恭子が前に立つと、ドアはしゅっと音を立ててスライドした。
「恭子。来ていたのか」
「おはようございます、碧。……紗耶加とケイも一緒ですのね」
「病院の玄関で会ったの」
紗耶加が小首を傾げて笑った。手には紙袋を持っている。
「……元気そうだな」
「なんで恭子も成原も僕を見て最初にいう言葉がそれなんだろうね」
その言葉をかまずに言い切った悠李にもびっくりである。と言うか、長年悠李の隣にいたら、どんな怪我をしてもけろりとしている悠李を見て、そう言いたくもなってしまうだろう。
「後で行こうと思ってるけど、千尋君や氏家君は?」
「それ以前に、篠崎は出歩いていいのか?」
敬が目ざとく病院着の晃一郎を見つけて言った。晃一郎はからりと笑う。
「まあね。怪我も大したことなかったし。打ち身と擦り傷ばっかりだったし」
「……ならいいが」
何となく釈然としない表情で敬が言った。追及するのはやめるらしい。
「千尋は肋骨が3本骨折、2本ヒビが入っていたらしいよ。腹部の傷は内臓にまで達していなかったから、3日もすれば退院はできるだろうって。ああ、応急処置の仕方が良かったって言ってたよ」
悠李がおそらく自分の母親から聞いたであろう話をした。ほめられた敬は頬をひきつらせ、「そうか」とだけ言った。
「それと、透馬君はさすがに知らないなぁ。右腕は完璧に折れてたみたいだけど」
「あ、俺見てきたけど、右腕はきれいに折れてたから、すぐくっついたって。それより、右足の小指の複雑骨折が問題だって言ってた」
晃一郎が情報提供をしてくれたが、なんだかつっこみどころが多い気がする……。というか、恭子が行ってもそんな話はしてくれなかったぞ。もしかして、気を使われたのだろうか……。
「ふぅん。悠李はどうなの? 筋肉痛だけ?」
「現段階ではそれだけかな。肋骨もヒビは入ってたけど」
軽い口調でそれが言える時点でどこかおかしいとは思わないのだろうか。
「僕からもいろいろ聞きたいことがあるんだけど。僕と透馬君が取り押さえた『侵入者』だけど……」
「ああ。MMBドールだった」
碧の言葉に悠李が「やっぱりね」とため息をついた。紗耶加と敬は碧から説明を受けているようだが、晃一郎は入院していたので詳しいことを知らない。彼は恭子に「何、それ」とささやいた。
「……日本政府が実験運用中の人口生命体の魔術師です。まだ実験段階のはずなのですが……」
「……それってやばくない?」
「やばいだろうな。おかげで昨日からうちの父が仕事に出ていったっきり帰ってこないそうだ」
碧の父親は法務省に勤めている、らしい。碧自身が自分の父親がどこの役人かいまいちわからないとのことだ。日本政府が開発中の実験人形が裏取引でもされていようものなら、帰ってこられないのは道理だ。
「本物の人間を取り押さえられれば良かったんだけど、突入したときにはすでに撤退を始めてたんだよね」
「というか、ユウは人工生命体と相性が悪いんじゃありませんでした?」
「ん、まあね。でも、第3級使用制限魔法を使ってたからね」
それでも放出魔法が使えるようになるわけではない。つまり、文字通りの力押しと言うことだ。
「それに、透馬君も一緒だったし、後ろには成原も控えてたしね。そう言えば、通用門の方も侵入されたってことだったけど、それにしても正面門に来る先生が少なくなかった?」
悠李の疑問に、先生方から事情を聞いたらしい碧、紗耶加、敬が目を見合わせた。
「あー。何か、成原君と悠李と氏家君がいるなら、大丈夫かなーって思ったらしいよ」
まさかの生徒任せ。実際に何とかなっているから、反論もできない。
「……まあ、それはともかく。侵入の狙いはなんだったのですか?」
恭子が話題転換を試みた。みんなが気になっているところではある。
「それより、今朝のニュースは見たか?」
「?」
「ああ、見たよ」
「俺も。反魔術師デモのやつでしょ」
首をかしげた恭子に対し、悠李と晃一郎がうなずく。晃一郎がさらりと答えをくれたが。つくづく自分は世間に疎いなぁと思う。
「昨日のうちの学校への侵入は、反魔術師デモと同時に行われたそうだ。まあ、こっちは魔術師が侵入してきていたから、反魔術師デモとは関係ないとは思うが」
「そう、ですよね。千尋の氷が消されていましたから」
恭子はうなずいた。侵入者たちは、魔術師だった。言ってはなんだが、ミネルヴァ魔法学院は名門校である。高校生とはいえ、魔術師として優秀な人材がそろっている。魔法なしで勝てる相手ではないのだ。
「それと、侵入の狙いは不明だ」
「不明?」
「そうなの。たぶん、侵入はおとりだと思ったから、先生方と校舎内を見回ってみたんだけど……特に何も発見できなくて」
校舎に入ったまま出てこないと思ったら、紗耶加はそんなことをしていたらしい。
「夏休みの停電の時と同じだな」
敬がぽつりと言った。あの時も、データ流出が発覚したが、結局その情報がどうなったのかわからない。あまりにも静かなので、データ流出に騒いでいた人たちもおとなしくなっている。
「学校自体に何かあるのかもしれないけどな。恭子、何か知ってるか?」
碧に尋ねられ、恭子は首を左右に振った。ミネルヴァ魔法学院があの地に出来てから、すでに100年以上が経っている。いくらもともと鷺ノ宮の所有地だったとはいえ、そんな昔のことが恭子の耳に入ってくる可能性は低かった。
「……まあ、でも、今回の侵入はこの1年が繰り返していることと関係がある気がするよ」
「……お前、また、そんな唐突な」
碧が呆れた表情で悠李に突っ込みを入れた。しかし、悠李の勘は馬鹿にできない。強い精神魔法を持つ彼女の勘はよく当たる。
まあ、勘は勘であり、気にしすぎても無駄だ。
「ほう、あなたたち、楽しそうな話をしているわね」
唐突にドクター香坂が現れた。彼女は魔法医でもあるから、自分の子供を自分で治療していてもおかしくはないが……。
……。
「じゃあ悠李。邪魔したな」
「俺も、そろそろ戻るよ。一応検査してから退院だから」
「悠李、お邪魔しました」
「健闘を祈るぜ」
「わたくしも失礼しますわ。あ、わたくしはみんなと帰りますね」
碧、晃一郎、紗耶加、敬、恭子の全員がドクター香坂の顔を見て退出を決め込んだ。ドクター香坂は笑顔で娘の頭をつかみ、もう片方の手を振っていた。状況がシュールすぎる……。ちなみに、頭をつかまれている娘の方は涙目だった。
扉を閉めた後、病室から悲鳴が聞こえた気がするが、幻聴だろう。最近の病室は防音もしっかりしている。
「じゃあ、俺は検査に行かなきゃいけないから、みんな、先帰ってなよ」
「え、検査は本当なの? てっきりドクター香坂から逃げる口実だと」
紗耶加がさらりとひどいことを言った。晃一郎は苦笑する。
「治ってると思うけど、念のため、だって。だから、先に帰ってなよ」
「……わかったわ」
紗耶加がこくりとうなずいた。そこで晃一郎とは別れる。
「思わず逃げちまったが、いいのか? 香坂のやつ、ドクター香坂に話すぞ」
敬が碧に向かって言った。碧は「いい」と言う。
「問い詰められれば俺も答えざるを得ないしな。もともと押しに弱い悠李があそこまで隠し通したのも驚きだ……と言うか、ドクター香坂なら自分で気づいている可能性もある」
「そうですわね……自分には関係ないからと言って気にしない姿が目に浮かぶようです」
1年が繰り返していれば、実験データも消えてしまうはずだが、ドクター香坂は気にせず繰り返し実験をしそうだ。恭子も碧と同意見だ。
病院の玄関まで来たところで、碧が突然「あ」と言って立ち止った。
「どうかしましたか?」
恭子が振り返って首をかしげる。
「……悠李が殺された理由がわかった」
「本当!?」
4回目のループの時の謎。魔法戦闘の得手である悠李を、だれが殺したのか。3人が碧に詰め寄ったが、碧は「間違えた」と発言を訂正する。
「何故、相手が悠李を殺せたのかわかった」
「……そっちかよ」
敬ががっくりしたが、紗耶加は首を左右に振る。
「でも、大事だよ。悠李をどうやって殺すことができたのか。悠李は強いもの。相手の力量が多少は推し量れる」
さすがは紗耶加。賢明な言葉である。恭子は単純に碧が何に気付いたのか気になっていた。
「悠李は、相手に勝つ気がなかったんだ。死ぬ気だった、と言ってもいい。とにかく、戦う気がなかったんだろう」
「……確かに、ユウが戦えば相手が多数でも、数人は道連れに出来ると思います。だから、全く抵抗の跡がなかったのは不思議でしたが……」
恭子は顎に指を当てて慎重に言葉を紡ぐ。碧はこちらに顔を向けないまま言う。
「例えば。例えば、だ。俺が何らかの理由があって、悠李を殺そうとするとしよう。あいつは抵抗すると思うか?」
「……どうだろう。成原君とは魔法戦闘では決着がつかないんじゃなかった?」
「そこは今は考えるな」
紗耶加の現実的なツッコミに、碧はさらに突っ込み返した。恭子は思案しながら言った。
「状況によりますが……。碧が誰かを人質にされているとして、その人質を解放する条件がユウの殺害……だったとしたら、彼女は抵抗しないと思います」
そう言う少女なのだ。彼女は。
「たぶん、悠李は自分がこのループの犯人なんじゃないかと疑っている。だから、あいつはそんな状況で抵抗しないだろうな」
「……俺、ちょっとあいつに説教かましてくる」
身をひるがえそうとした敬の襟首をつかみ、碧が引き留める。
「まあ待て。ちなみに、悠李はループの犯人じゃないぞ。あいつが死んでも、繰り返しているからな。あいつに説教かますより必要なのは」
監視。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ちなみに、ドクター香坂は世界のループ現象に気づいています。気付いてるけど、「自分には関係ないから、いいや」って感じです。こいつ、絶対母親してないな……。
次は9月13日、土曜日です。




