11月27日(火)。高崎花奈
今回は他者視点。1年生の花奈ちゃんです。
ミネルヴァ魔法学院高等部1年生、高崎花奈の経歴は少し変わっている。彼女は先天的な魔術師ではなく、後天的な魔術師なのである。
時々、外的ショックを受けることで新たな能力に目覚める人がいる。花奈は、その1人だ。
花奈は中学校までは普通の公立学校に通っていた。親族には魔術師はいたものの、花奈は当初、魔力皆無と言ってよかった。それなりに楽しい中学校生活だったし、別に困ったこともなかった。
しかし、その事件は起こった。中学3年生の12月だった。
その日、父と母と花奈の3人で車で出かけていた。ハンドルを握る父と、助手席の母。後部座席には花奈が一人で座っていた。
信号が赤から青に変わった時、信号無視の車がすごい勢いでつっこんできたのだ。その車は数台の車にぶつかり、花奈たちの家族も巻き込まれた。かなり大きな事故だったと、後で聞いた。
目が覚めた時、花奈は病院にいた。以前から仲良くしていた父方の従姉である同い年の絢音がそばにいた。聞くと、伯母と交代で花奈を見てくれていたらしい。両親がその事故で亡くなったと聞いたのもその時だ。
事故に巻き込まれたにしては、花奈は軽傷だった。全身打撲に足と腕の骨を折り、額を割り、内臓が少し傷ついていたが、大規模な事故に巻き込まれたにしては幸運だった。
幸運?
違う。両親は亡くなってしまった。花奈は独りぼっちになった。
花奈を引き取ってくれたのは伯父一家だった。父の兄で、以前から仲が良かった。絢音とその弟と暮らすうちに、花奈も次第に笑えるようになった。
そんな花奈だが、一つ変化が起きた。そう。事故のショックで魔力が生まれたのだ。今までにも例がある現象だが、稀であるのは確かだ。伯父と絢音に連れられて魔術師登録に行き、勉強してミネルヴァ魔法学院を受験すると、何と合格した。魔法学校は始めてなので不安だったが、絢音と一緒なのはほっとした。
絢音が魔法の勉強には付き合ってくれたので、後天的魔術師の花奈も授業についていけた。半年もたてばかなり魔術が使えるようになり、何と生徒会にも入ってしまった。自分で自分にびっくりである。
花奈は、どうやら精神魔法と情報魔法が得意であることがわかった。そして、一つの得意な能力を発見した。
それは勘がいいこと。いや、魔術師はたいてい勘がいいし、精神系魔術師となればかなり勘に優れると言う。そう言ったレベルのものではなく、何が正解か『視える』ことがあるのだ。
それを先生に相談すると、どうやら予知能力に近いものだと言われた。
イングランドの話しになるが、イングランドには的中率90%を誇る予知能力者の少女がるらしい。その子は政府に軟禁されており、自由に生活できないのだと聞いた。
花奈もそうなってしまったら、とおびえたが、花奈の予知はかなり弱く、わかるときとわからない時にむらがありすぎ、しかも、詳しいことは何もわからない。これなら『勘が鋭い』でごまかせる、と先生に言われてほっとした。
しかし、最近、見る夢がある。この夢がいわゆる予知夢なのかはわからない。しかし、3日とあけず同じ夢を見るのだ。11月に入ってからだろうか。もう3週間近く同じ夢を見続けている。
夢の中で、花奈は『誰か』の目からその光景を見ていた。周囲に人がいるようだが『誰か』が見ているのはその人だけ……。花奈も知っている人だ。学院の有名人。入学したての頃、迷子になったのを助けてもらったことがある。3年の香坂悠李だ。
肩に触れるか触れないか程で切られた髪をゆらし、彼女が首を傾ける。何かを言っているようだが、音声までは拾ってくれない。悠李は『誰か』といくつか会話をして、そして――――。
『誰か』は悠李を斬り殺してしまう。悠李がくずおれた衝撃で内臓が飛び出したが、そこでいつも目が覚めてしまう。しかし、今回は違った。
『誰か』が手を上げると白い薔薇が降ってきた。それは血の海となった悠李の周囲を優しく包み込む。幻想的にも見えるが猟奇的でもあった。
今度こそ、目が覚めた。伯父の家の自室だ。
「花奈、大丈夫? 顔色悪いよ」
花奈と絢音は電車で登校だ。絢音は吊革につかまる花奈の顔色の悪さを見て顔をしかめた。
「今日は休んだ方がよかったんじゃない?」
「ううん。平気よ」
「そう? でも、無理しない方がいいよ」
「うん」
絢音は優しい子だ。花奈はせめてもの笑みを向けるが、絢音は心配そうな顔を笑顔にすることはなかった。……ちょっと心配性なところもいいところだ。
花奈はどうしても学校に行きたかった。そして、聞きたいことがあった。先生にではなく、先輩である香坂悠李に。
とはいえ、1年が3年の教室に行くには勇気がいる。休み時間に捕まえようと思うが、彼女とは必ず誰かが一緒なので声がかけづらい。そわそわしていると、生徒会長に声をかけられた。
「どうしたの、花奈ちゃん」
「あ、会長」
花奈は生徒会役員だ。最初から志穂を頼ればよかったのだ、と思い、自分の馬鹿さ加減にちょっと呆れながらも言った。
「あの、実は、香坂先輩に用があってっ」
「香坂? どっちの?」
「えっと、お姉さんの方です」
そう言えば、香坂は2人いるんだった。忘れていた。
志穂はふぅん、と言うと、生徒の間をすり抜け、前生徒会長と言い合いをしていた悠李に声をかけた。そのまま話をして、花奈の方を示す。悠李は花奈の顔を見て微笑み、うなずいた。
「僕に用だそうだね」
「あの、すみません。わざわざ……会長、ありがとうございます」
「いいわよ、これくらい。3年生には声がかけづらいものね」
志穂はそう言って肩をすくめるとどこかに歩いて言った。もしかして、昼食がまだだったのだろうか。申し訳ない。
悠李と人気のない教室に入ると、花奈は俄かに緊張した。相手は女性だとわかっているが、悠李は立ち振る舞いがハンサムなのだ。一人称も『僕』で、初めて声をかけられたときは一瞬男子生徒かと思った。スカートだからすぐに違うとわかったけど。
でも、似たような顔の男子生徒は2年生に存在しているのだが。
「花奈ちゃんだったね。僕にどんな用かな?」
「あ、ええと」
口ごもると、悠李は「別に取って食わないよ」と軽く微笑んだ。花奈もつられて微笑むと、ちょっと気が楽になった。口を開く。
「実は、いつも、同じ夢を見るんです」
「……『夢』?」
悠李の顔が険しくなったが、必死な花奈は気づかなかった。
「その夢に、悠李先輩が出てくるんです。この学校の薔薇園で、誰かと言い争いをしているんですけど……」
「『誰か』? 相手の顔は?」
花奈は首を左右に振る。
「わからないんです。その、悠李先輩と言い争っている人の視点で私が見ている感じで……それで、その人は、悠李先輩を、その、殺して、しまうんです・……」
「……そう」
悠李がいつにない真剣な表情になった。美人が真顔になると怖い、と言うのは本当らしい。花奈はあわてて口を開いた。
「いつもここで終わりなんですけどッ。今日は違くて。その後、倒れた悠李先輩の上に白い薔薇が降ってくるんです」
「白い、薔薇?」
「はい。花びらじゃなくて、花そのものが……悠李先輩!?」
花奈は突然頭を押さえて膝をついた悠李に駆け寄った。
「どうしたんですか!?」
花奈も膝をついて悠李の肩を支える。
「頭……っ、いた……っ」
「ちょ、ちょっと待っててくださいっ」
花奈は急いで立ち上がると、教室の扉を開けた。思った通り、前生徒会長の成原碧と前風紀委員長の瀬那敬、それに、悠李がよく一緒にいる鷺ノ宮恭子と言う女生徒が近くで待っていた。どれだけ過保護なんだと思いつつ、今はその過保護に感謝だ。
「高崎。どうした?」
「あのっ。悠李先輩、頭が痛いって……!」
それだけで通じたらしい。碧と敬が教室の中に入っていく。すぐに悠李を抱えた碧が出てきた。
「医務室に行く。高崎も来い」
「は、はいっ」
碧の鋭い視線で花奈がひるんで返事をしたとき、昼休み終了の予鈴が鳴った。
午後の授業が始まるので、敬と恭子とはそこでお別れした。碧と医務室に向かったが、すごく居心地が悪い。
「うーん。フラッシュバックのようなものだと思うけど、よくわからないわねぇ」
学校の保険医は無情にもそう言った。悠李はベッドの一つで寝ており、目を覚まさない。花奈は半泣きだ。
「ど、どうして……私のせいですかっ」
「それもわからないのよ。まあ、香坂さんのお母様がいらっしゃるって言ってたから、大丈夫よ」
それは大丈夫なの? 魔術師として日の浅い花奈は、ドクター香坂のことを知らなかった。
「とにかく、2人とも授業に行きなさい。成原君はそんなに怖い顔しない。好きな女の子が倒れて心配なのはわかるけど、高崎さんが怖がってるわよ」
「えっ」
声をあげたのはもちろん花奈だ。保険医の発言に驚いたのである。碧が花奈を睨むように見てきた。いや、にらんだわけではなさそうだが……。
……成原先輩、悠李先輩が好きだったのか……。
花奈はそのことで頭がいっぱいで、授業内容が頭に入らなかった。
帰りのホームルームが終わる前に花奈は保健室に呼び出された。そこには、長い黒髪の眼鏡をかけた女性がいた。見たことあるような顔だな、と思っていると、悠李の母親だった。悠李は母親似らしい。
「それで、悠李は目を覚ましました?」
「それがまだなんですよ、ドクター。それと、この子が倒れた時一緒にいた子です」
「ふぅん?」
背の高い女性に見つめられ、花奈は緊張した。悠李の母親なら四十は越えていると思うが、とてもそうは見えないきれいな女性だった。
「うちの娘が倒れた時の状況、説明できる?」
「は、はい」
なんだか警察の事情聴収みたい、そんなことを思いながら、花奈は簡単に敬意を説明した。
「あの、私が悠李先輩に話があって、空き教室で2人で話をしていたんです。そうしたら、突然膝をついて……」
「……そう」
悠李の母はそう言うと一度目を閉じた。それから開く。
「うちの娘は精神感応系統が強いから、あなたの発言の何かに影響を受けたのかもしれないわね」
「え、影響? と言うか、悠李先輩は精神系魔術師なんですか?」
花奈は驚いて尋ねた。さっきから驚くことばかりだな。悠李の母親は数度瞬きして花奈を見つめてから、尋ねた。
「あなた、名前は?」
「あ、1‐Cの高崎花奈です」
「そう……。おかしいわね。あなたみたいな特殊な能力を持つ魔術師なら、記憶しているはずなんだけど」
今、すごい発言が聞こえた気がしたが、気のせいだろうか?
「あ、えっと。私、後天的魔術師で……」
「あー、なるほど。大変ね、あなたも……」
悠李の母親がつぶやいた時、ベッドの方かかすかに声が聞こえた。
「悠李、起きた?」
「……なんで母さんがいるんだい?」
「うん。起きてるね」
この親子、ちょっと変だ。少し離れて様子を見ながら、花奈は思った。保険医が悠李の額に手を当て脈を計り、「起きていいわよ」と言った。悠李が上半身を起こす。悠李は花奈を認めると微笑んだ。
「ああ、花奈ちゃん。途中で倒れちゃってすまないね」
「いえ……」
気遣われてしまった。少し居心地の悪い花奈である。
「で、あんたはどうして突然頭が痛くなったのかしら?」
「えーっと。こう、記憶を刺激されるような感じがして」
香坂親子のちょっと変な会話である。そのちょっと変な会話は、悠李が手をあげた時にじゃらっと音を立てて布団に落ちたもののせいで中断された。
あれは、FCU。花奈もつけているが、慣れるまで違和感があって大変だった。ではなく。
「……切れた」
「またか。あんたの魔力出力にあわせて調整するの、大変なんだけど」
「不可抗力だよ……っていうか、切れたってことは魔法省行かなきゃいけないよね。あーあ」
悠李が残念そうな、と言うか面倒くさそうな声をあげた。どうやら、始末書ものらしい。保険医が楽しそうな声をあげた。
「まあいいじゃない。香坂さんは明日休みなさい。どうせ、3年生なんて授業はあって無きがごとしでしょ。高崎さんも、引き留めて悪かったわ。もう帰りましょう」
「えっと。いいんですか?」
「いいのよ。ねえ、ドクター?」
「ええ。構わない」
何故悠李の母はドクターと呼ばれているのだろうか……そう思ったが、つっこむ前に悠李が声をかけた。
「花奈ちゃん。話してくれてありがとう」
「あ、いえ……聞いてくれて、ありがとうございました」
何となくこちらも礼を言ってから、花奈は保健室を出た。玄関では絢音が待っていてくれていた。
「絢音、ごめん! 帰っててよかったのに!」
「もっと遅かったらそうしたわ。呼び出されたんだって?」
「うん……ちょっと、いろいろあって」
「いろいろ? いろいろって何? 何かに巻き込まれたわけじゃないわよね?」
巻き込まれたと言えば巻き込まれたのだが、絢音を心配させるだけのような気がしたので、花奈は別のことを言った。
「ねぇ、絢音。成原先輩が、悠李先輩のことを好きだって話、知ってる?」
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
ちょっと悠李の死を追及してみました。何かと疑われる彼女ですが、ループの犯人ではありません。
ちなみに、話に出てきた『イングランドの的中率90%を越える予知能力者の少女』は「もし、未来がわかるとしたら」のエリンのことです。
次は9月15日です。祝日ですが、相変わらず更新したいと思います。




