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11月7日(水)。魔法学校襲撃事件

 その事件は晩秋の昼休みの時間、唐突に起こった。恭子は、紗耶加とともにたまたま正面門のあたりを散歩していた。ちょっと話をしていたら盛り上がってしまい、いつの間にかそこにいたのだ。


「お、恭子に紗耶加さん。何してんの」


 ちょうど見回り中だったらしい新しい風紀委員長がこちらを見つけて声をかけてきた。千尋である。

「千尋」

「ちょっと話をしているのよ」 

 恭子も紗耶加も苦笑気味で答えた。千尋はふうん、とあまり興味がなさそうである。

「千尋君は見回り? 偉いね」

 紗耶加がごまかすように千尋をほめて微笑んだ。千尋はつられて微笑みそうになりながら言った。

「まだ委員長を継いで1か月だからな。何かあった時のために、備えあれば憂いなしだ」

 なんだかちょっと意味が違う気がする。


 その時、近くで、バキン、とでも表記しようか。何かが折れるような音がした。思わずそちらを見て……3人とも眼を見開いた。

「え、何あれ。っていうか誰!?」

「さあ……?」

 もともとの気質のせいか、覆いっきりツッコミを入れる紗耶加に、恭子は返事ができなかった。どう見ても細身の男が、正面門の柵を素手の力だけで折り曲げていたのだ。


「身体強化の魔法か? あ、先生。侵入者が……ああ、めっちゃ警報なってますもんね……え、通用門の方もですか。わかりました」


 千尋が無線インカムを操作してつなげたのは職員室だったらしい。正面門の他にも通用門にも侵入者がいるようだ。

 門の柵が壊されると、警報が鳴る仕組みになっている。そのため、今校舎内は警報が鳴り響いており、校内の生徒も何かが起こったことを察しただろう。前庭まで乗り込んできた侵入者相手に、恭子は右手を前に出した。


「おい、聞こえるか? 正面門と通用門から侵入者だ。戦闘魔法に自信があるやつはそれぞれの門に向かってくれ!」


 今度は風紀委員会の無線につなげたようだ。今、玄関前には恭子たちを含め、5人しか魔術師がいない。しかも、残り2人は1年女子だ。


 だが、すぐに生徒も先生も集まってくるだろう。


「恭子、許可は出たぜ。思いっきりぶちかましてくれ!」

「わかりました」


 恭子は侵入者たちに向けて雷魔法を放った。校舎の近くであることを考えると、あまり威力は出せなかったが、牽制にはなる。地面が焦げてしまったが、まあいいだろう。その間に紗耶加が1年女子2人を回収して校舎に入った。千尋が折り畳み式の剣を取り出した。木刀ではなく、鉄のようなものでできているようである。

「……ざっと50人ってところか」

 千尋がにやりと笑うと、あたりの気温が一気に下がった。もともと肌寒かったが、一気に冬場の気温になってしまったかのようだ。侵入者たちを足止めすべく、地面から氷を形成していったが、発火魔法で溶かされた。使用制限魔法が使えれば別だが、通常の魔法のみで戦うと、どうしても氷は火に弱い。

「恭子。援護頼むぜ」

「……わかりました」

 碧のような精密射撃のできない恭子は、若干不安を抱えつつもうなずいた。狙い撃つことが苦手なのである。しかし、とりあえず時間稼ぎだ。


 千尋が侵入者の方へつっこんでいく。剣を振りかぶり、一気に数人を切り伏せる。そして、念動力で吹き飛ばす。恭子は雷魔法の小出しで、千尋に当たらないように援護する。


 2人が頑張って足止めしていると、校舎の方から数人が駆けつけた。武器を持っている者は千尋とともにつっこんでいき、背後から放出魔法で援護している。恭子は校舎の方に下がった。


 やはり、この中では千尋が一番すごい。おそらく、高校生の中ではかなり実戦経験を積んでいる方になるからだろう。


 だが、力押しの千尋の攻撃は見極められやすい。彼はわき腹に魔法を一撃くらった。

「いってぇ……これ、肋骨2本はいったな」

「肋骨だけじゃなくて、血も出ていますわ!」

 恭子は剣を構え直した千尋に向かって叫んだ。つまり、あきらめろ、さがれ、と言うことだ。おそらく、わき腹をえぐられたのだろう。すでに半身が血に染まっている。


 しかし、千尋が戦おうとする気持ちもわかる。周囲が、侵入者に押し負けているのだ。ここで千尋が下がれば、侵入者たちは校舎になだれ込んでくるだろう。


「おい! 香坂弟! さがれ!」


 敬の声だ。恭子は思わずほっとする。彼は戦闘員ではなく救護班として来たのだろう。氏家も一緒だ。彼が千尋の相手を防いでいるうちに、敬が千尋を引きずって回収。恭子がそれを援護した。

「すげぇ出血だな。しばらく治らねぇぞ、これ」

 敬は患部を見ながら言った。近くで見るとやはり、肉がえぐられている気がする。千尋は数回咳き込んで、血を吐きだした。恭子は地面に座り込み、千尋の頭を膝に乗せる。


「透馬君!」


 聞きなれた声がした。悠李だ。援護に駆け付けた彼女は、弟とは違い、真剣を手に持っていた。よく見ると、晃一郎も一緒だ。悠李、晃一郎、氏家。この3人がいれば大丈夫なような気がする。

 さらに、校舎の2階から狙撃魔法を使える魔術師による魔法狙撃も行われた。その中に碧と美香の姿もある。


 生徒や教師が一丸となって侵入者を追い出そうとするが、それでも侵入をあきらめない彼らは、いったい何がしたいんだろう。


「恭子、お前も援護に行って来い」

「……わかりました」

 敬に言われて、恭子はそっと千尋の頭を地面におろした。そこから少し離れ、右手を前に出して魔法の準備をする。この学校一番の戦闘魔法の使い手である悠李と氏家が参加したことで、学校側が押し気味だった。


 特に、悠李の動きがすごい。アクロバティックである。敵の中心につっこんでいくなんて、どんな神経をしているのだろうか。我が幼馴染ながら、悠李の考えは理解できない。手にしている剣が良く斬れるのは魔法を上乗せしているからだろう。

「っ!」

 悠李が真正面から侵入者の攻撃を受けた。身長の割に体重の軽い彼女は吹っ飛びかけるが、直前に氏家が滑り込み、受け止めた。

「ユウ!」

 恭子は2人に近づこうとする侵入者たちに風魔法をお見舞いした。雷魔法の方が得意だが、雷を発生させると、2人を傷つけてしまう可能性があった。


 実はこの学校の制服の上着は防御力を重視して丈夫に出来ている。魔法で失敗しても、できるだけ被害を少なくするためだ。しかし、動きやすさを重視した悠李は上着を着ていなかった。もろに攻撃を食らったはずだが、すぐに自力で立った。おそらく、反回転魔法で慣性緩和を行ったのだろう。

 悠李は片手を上げることで恭子に感謝の意を示した。そこに、張り上げた碧の声が響いた。


「第3級使用制限魔法までの使用許可が下りた!」


 その瞬間、生徒も教師も通常は使用を制限されている魔法を展開した。第2級以上の使用制限魔法の行使者はあまり見ないが、3級までなら割といるのである。


 それは悠李、晃一郎、氏家も同じだ。晃一郎と氏家は触れただけで人を殺める可能性があるレベルまで共振魔法の威力をあげた。悠李は残像しか残らないほど回転加速が上がっている。

 晃一郎と氏家の魔法は単純な威力増加だが、悠李の魔法は変わっている。彼女は戦闘魔法と同時に精神感応魔法も得意とするのだ。今の魔法はこの一種である。

 人間は、自分の能力に制限をかけていると言われている。潜在能力をすべて引き出すと、体が壊れてしまうからだ。その潜在能力の一部が表面化したのが魔法であり、ゆえに魔術師は一般人より能力使用量が多いことになる。


 悠李の第3級使用制限魔法、通称『精神傀儡魔法』は自分の肉体の制限を外す魔法だ。人は筋肉にも制限をかけており、これを外すのが彼女の魔法だ。つまり、この魔法を使えば100パーセント、肉体の能力を引き出すことができる。

 これは他人にかけることも可能だが、他人にかけるのは第2級使用制限魔法になるため、今回は使えない。

 この魔法も洗脳魔法の一種に入る。他人に使用すると、その人は自身の力を出し尽くして一生ベッドで生活する羽目になる可能性がある。つくづく、恐ろしい魔法を持っている女である。


 そんな悠李らの猛攻で、侵入者たちは明らかに押し戻されていた。もちろん、恭子も見ているだけではない。恭子は右手を頭上に掲げた。

 恭子の『自然干渉放出魔法』は第2級使用制限魔法。しかし、レベルを下げれば第3級使用制限魔法となる。自然環境に干渉すればそれは第2級使用制限魔法となるが、撃ちだす位置を変えるだけなら第3級使用制限魔法だ。そのため、恭子は頭上から紫電を放つことに決めた。


 恭子は魔法を待機させたまま状況を見る。侵入者たちが押し出されたところで、恭子は紫電を地面に落とした。ものすごい轟音がした。恭子たちはあわてて耳をふさぐ。


「っ! 悠李! 氏家!」


 いつの間にか玄関先まで降りてきていた碧が実戦上位の2人に声をかけた。悠李と氏家はだっと土ぼこりの中に突っ込んでいく。がきん、どがっ、と妙な効果音が聞こえるが、何をしているのかは見えない。

 やがて、土ぼこりが収まると、氏家が侵入者の1人に馬乗りになり、悠李が剣を肩に突き立てていた。どうやらおいて行かれたようで、ほかの侵入者は逃げてしまっていた。


「2人とも、大丈夫かね」


 川崎先生が2人に近寄って尋ねた。氏家は立ち上がって「大丈夫ですよ」と微笑んだが、悠李は立ち上がると同時に糸が切れたようにくずおれた。

「っと」

 氏家が左腕だけで悠李の体を支えた。右腕は折れているようだ。

「氏家、すまん」

「いやいや。よろしく」

 碧が駆け寄り、悠李の体を横抱きに抱き上げた。


 『精神傀儡魔法』は人の能力を限界まで引き出すため、魔法を止めると気を失ってしまったり、立てなくなったりすることが多い。恭子も駆け寄ってみるが、悠李は気を失っているようだった。その様子が、まるで『糸が切れた』ようであるため、傀儡魔法と呼ばれているのだろう。


「通用門の方はどうなりましたか?」


 悠李を抱きかかえているのでいまいち恰好がつかないが、真剣な声音で碧が尋ねた。川崎先生は「そちらも問題ない。あちらには仁科先生が向かった」と答えた。仁科先生は魔法戦闘のスペシャリストである。何で教師をしているのだろうか。


「午後からは休校だな……もうすぐ救急車がくる。香坂兄弟を乗せてあげてくれ」


 川崎先生が悠李の顔を覗き込んで言った。うん。ばっちり気を失っている。悠李は放っておいてもいい気がするが、千尋は病院に連れて行かないとやばい。

「わかりました」

 と言う返事を聞くと、川崎先生は他の生徒の確認に行った。恭子は碧について行き、敬の側に戻った。

「千尋はどうだ」

「傷はふさがったけどな。1週間は激しい運動禁止だ」

「千尋には死活問題ですね」

 恭子がまじめな表情で言うと、敬と碧に笑われた。敬は腹を抱えて笑ったが、碧は笑いをこらえるように顔をそむけた。なんかむかつく。だが、笑った拍子に揺れたのか、碧の腕の中で、悠李が「うっ」とうめき声をあげた。

「ああ、すまん。と言うか、起きているか?」

「……頭痛い」

「ああ。それは首が反り返ってるからじゃねぇか」

 敬がまだ半笑いのまま言った。確かに、碧は悠李を抱きかかえているだけだから首は反っているけどね。


「暢気だね~君たち」


 ふらふらと近づいてきたのは晃一郎だ。後ろ頭をタオルで押さえている。


「何してるんだ、お前らは! 早くこっちにこい!」


 怒鳴られてそちらを見ると、すでに救急車が到着していた。氏家と目が合い、苦笑された。確かに暢気すぎたかもしれない。



 その日は、午後から休校になり、次の日も終日休校になった。




ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


悠李、碧、氏家がいると戦闘面では安心です。


次は9月11日、木曜日です。

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