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10月21日(日)。文化祭、2日目

 文化祭2日目は、ミスコンで幕を開けた。今年(というか、今回)はミスコンの観客がいつもより多い。そう言う恭子も、気になって見に来ていた。晃一郎と紗耶加が店番なので、今日も白ウサギ(耳なし)の敬と一緒だ。


「……うん。やっぱり香坂、男子の方に入ってるな」

「……そうですわね」


 敬のつぶやきに、ステージを見た恭子もうなずいた。今日もマッド・ハッターな彼女は、男子生徒に混じってミスコン男子部門の方に並んでいた。隣には千尋がいるので小さく見えるが、反対にいる男子は悠李とさほど背丈は変わらない。


「あれで見劣りしねぇのがすげえよな。生まれる性別、間違ったんじゃねえ?」

「悠李が男性でしたら、ただのナンパ野郎です」

「……それは否定できないかもな」


 あれは、悠李が女性だから「きゃーきゃー」と盛り上がれるわけであって、これが本当に男性なら犯罪一歩手前になってしまう。


 1人ずつ挨拶をしていく。多くの生徒が「どうして自分がここに立っているのかわからない」と言ったが、悠李のその言葉が一番切実だったように思う。


『では、投票は午後2時まで! 1人1票! この人こそは! と言う人の名前を、男女1人ずつ書いてご投票ください!』


 ミスコン実行委員会はそう言って午前中のお披露目を終えた。と言うか、悠李への投票は認められるのだろうか。男子部門だけど、女性だぞ?


 まあ、関係ないからいいか。恭子は店番のある敬と別れ、代わりに店番を終えた紗耶加と合流した。


「晃一郎はどうしたのですか?」

「晃一郎君は、まだ教室で捕まってるよ。先に行っててくれって」

「では、そうしましょう」


 と言うわけで、恭子は紗耶加と2人で校舎を歩き出した。時々買い食いをしながら、出し物もいくつか見て回る。


「ねえ。ちょっといいかしら」


 振り返ると、背の高い女性が立っていた。年は30手前くらい。黒髪をポニーテールにした美女。っていうか、背が高いな。悠李より大きいんじゃないだろうか。


「どうかなさいましたか?」


 恭子が黙ってしまったので、紗耶加が尋ねた。美女は目を細めて微笑んだ。


「ええ。まさか、ここで鷺ノ宮さんのお嬢さんにお会いするとは思わなくて」

「……父の知り合いですか?」


 恭子が目を見開いて尋ねると、美女は「そんなところよ」とうなずき、言葉をつづけた。


「正確には、ドクター香坂の知り合いなのよ。お子さんは元気かしら」


 ドクター香坂、本名・香坂智恵李は交友関係が広い。名の知れた科学者であるからだが、その交友関係の中に、この人の名前があると?

「……すみませんが、お名前は?」

 警戒するように紗耶加が尋ねると、「名を尋ねるときは、自分から、でしょ?」と首を傾げられた。

「……3‐Aの九條紗耶加です」

「同じく3‐A、鷺ノ宮恭子ですわ」

「私は……そうね。若菜わかなよ。苗字は故あって言えないけれど」

 美女は唇に人差し指を押し当ててウインクした。それが妙に様になっていたが、こちらに名乗らせておいて、自分は本名を名乗らないとはどういう了見だ。さすがに文句を言おうと口を開きかけたところに。


「若菜」

「あら、世羅せら。どこ行ってたの?」

「それはこっちのセリフだ。勝手にいなくなるな」

「あら、ごめんなさいね」


 若菜は自分が世羅と呼んだ男性を見上げて楽しげに笑った。

「嫁が迷惑をかけたな」

「え? いえ……」

 迷惑をかけられたわけではない。世羅の謝罪に、恭子と紗耶加はそろって首を左右に振った。若菜は世羅に連れられて退散していく。何だったんだ、あの人。


「恭子、紗耶加」

「悠李」


 今度は悠李に声をかけられた。印象的なシルクハットは手に持ち、若菜たちが去っていた方を見る。


「今の人」

「若菜って名乗ってたわ。苗字は教えられないんですって」


 紗耶加が機嫌悪そうに言った。悠李が笑う。


「本名を教えてもらっているよ。苗字が名乗れないんじゃなくて、あの人には名乗る苗字がないんだ……あの人は今上陛下だよ」

「ええっ!?」


 恭子と紗耶加の声がかぶった。今上陛下って、今の天皇陛下ってこと!?


 確かに皇室典範が改正され、女性宮家が誕生し、女性天皇は存在する。そう言えば、数年前に典範改正後初の女性天皇である、と言うニュースを見た気がする。高等部3年生を繰り返し過ぎていて、何年前か正確に覚えていないけど。


「……僕たちが中等部4年のころかな。若菜様が即位したのは」


 片手にたこ焼きを持った、少々間抜けな格好で悠李が話しはじめた。恭子と紗耶加は彼女を挟んで座っており、それぞれ豚汁と焼きそばを手にしている。


「前の天皇は若菜様の祖父でね。前の天皇には息子が2人いたんだけど、2人とも亡くなっていた。直系は前の天皇の長男の娘3人と、次男の息子1人。普通なら次男の息子が即位するんだけど、彼はまだ13歳で、18歳に達していないため、即位できなかった」


 そう言えば、その辺の話しは聞いたことがある気がする。紗耶加ではなく、悠李の方に説明してもらうのはちょっと珍しい。


「そのため、次男の息子が成人するまで、と言う条件で若菜様が24歳で即位した。だから、彼女は来年か再来年には退位するはずだ」

「……そうしたら、その、若菜様? は上皇になるの?」

「おそらくね」


 紗耶加の問いには自信なさそうに肩をすくめた悠李である。

「と言いますか、詳しいですね、ユウ」

 恭子がツッコミを入れると、悠李は肩をすくめた。

「若菜様は一時期、僕の母に教えを受けていたからね。まあ、僕が最後にあの人に会ったのは中等部のころのことだけど」

 会ったこともあったのか。まあ、ドクター香坂の知り合いと言っていたし、香坂家の方を尋ねていても不思議ではない。


「まあ、僕が関心を持ったのは彼女の大学院の博士論文だけどね」

「あ、それは知ってる。確か、魔法を科学的に分析したっていうやつだよね」

「それ」

「どうして紗耶加も知っているのですか?」


 恭子は本気で驚いて尋ねた。話を聞く限り、若菜も理系だ。紗耶加は文系なのに、どうして知っているのだろう。

「結構ニュースになってたよ。正確な論文タイトルは覚えてないけど」

 紗耶加にそう言われたが、まったく覚えのない恭子である。そこに、悠李が助け舟、と言うか事実を指摘した。

「おそらく、恭子がよく臥せっていたころだと思うよ。知らなくても仕方がないんじゃないかな」

「……なるほど」

 否定できないところが悲しい。最近は余裕があるため、新聞を読み、ニュースも見るようにしているのだが……。


「そう言えば悠李。話が飛ぶんだけど」

「なんだい?」


 悠李は笑顔で紗耶加の方を振り返る。紗耶加はペットボトルのお茶を飲んでから尋ねた。


「ミスコンの男子部門に選ばれてなかった? あれ、いいの? 生物学上は女だよね、悠李は」

「うーん。そのあたり、一応実行委員に確認してみたんだけどね……」


 確認していたのか。まあ当然だな。紗耶加も言っていたが、悠李は生物学上は女である。


「そんなややこしい恰好をしている僕が悪いって言われたんだ」

「……まあ、一人称も『僕』だもんね」


 呆れた口調で紗耶加は言った。いわゆる『僕っ』である悠李だが、それが妙に似合っているため、あえて誰もつっこんでこなかった。それがあだとなったか。

 ミスコンへの推薦は、文化祭に遊びに来た一般人にも行える。この学校の生徒なら悠李が女生徒であると知っているが、外部の人間ならわからなかったかもしれない……。しかし、数人が冗談半分に彼女に男子部門の投票をしたのは確かだ。



 3時になると、結果発表が行われた。ミスコン実行委員に連行されていった悠李の結果を見てやろうと、恭子と紗耶加も体育館に行った。

 まず男子部門から。悠李は4位で入賞ならず。本人がちょっとほっとした表情になっていたのは仕方のない話だろう。ちなみに、同じような顔立ちの千尋は6位だった。そこの差はなんなのだろう。

 3位は2年の木下きのしたと言う男子生徒。2位が碧で、ミスコン男子部門の覇者は氏家だった。まあ、確かに氏家の方が人好きのする感じかもしれない。碧はちょっと見る人を選ぶ。


 女子部門の1位はレイチェルだ。さすがだ。もう、モデルみたいだもんね、彼女は。そして、意見の分かれるところだが、2位は1年の長谷川桃だった。確かに美人だが、はっきり言って恭子の趣味ではない。なんと言えばいいのだろうか。作ったようなかわいらしさなのである。


「恭子も大概日本人形みたいだよ」


 紗耶加の言葉にショックを受ける恭子であった。


 4時になると、文化祭の閉会式だ。何故か最後に一本締めをして、みんな各教室の後片付けに戻って行った。




 そう言えば、天皇陛下がお出ましだったことには、だれも気付かなかったようだ。





ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


この話の時代の天皇陛下は女性です。実は、若菜は別の小説の登場人物でした。そこでは巫女さんでしたが、こちらではドクター香坂の弟子です。ドクター香坂の交友関係が気になる……。


次は9月8日、月曜日です。

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