8月23日(木)。課外研修旅行最終日
これで、修学旅行も最後です。
研修旅行の最終日。この日は京都魔法大学に行ってから嵐山に行く予定だ。昨日の事件があったため、テンションが低い組と、最終日とあってテンションが高い組に分かれていた。恭子たち3年生のほとんどはテンション低い組に分類された。
「昨日の事件。殺人教唆で犯人に洗脳を施した魔術師が指名手配されたらしいぞ」
碧がそう言ったが、相変わらず朝に弱くダウンしていた悠李が顔を上げて尋ねた。
「でも、彼女は洗脳魔術師の顔を覚えていないんだろう? 指名手配なんてできないよ」
今日は見た目によらず、頭が働いているようだった。
「洗脳魔法の厄介なところは、洗脳された本人に洗脳された自覚がないことと、洗脳魔術師の顔を覚えていないことだ。だから、政府は洗脳魔法を警戒しているんだよ」
悠李はそう言って出されていたオレンジジュースを飲んだ。
「まあ、本気で捜査に乗り出す気なら、魔法省と防衛省魔法庁が動く。僕たちが気にしても、どうにもならないよ」
「……まあ、お前は洗脳魔法が効かないからそう言っていられるだろうけどさ」
敬が不安げに言った。訓練を受けた魔術師には洗脳が効きにくい傾向があるらしいが、それでも全く聞かないわけではない。敬が不安がるのは当然だ。
「……まあ、確かにそれは否定しようがないけど。だからと言って、僕に何か言われても、何もできないからね」
悠李はそう言って突き放した。まあ、寝起きの悠李にこういった話をする方が間違っている。
そして一行は京都魔法大学に向かった。まあ、研修旅行と銘打っているので、こうした研修っぽいものも必要なのだ。
京都魔法大学は、この国で3番目に大きな魔法大学だ。通常、魔法大学というと、東京にあるミネルヴァ魔法大学を指す。つまり、ミネルヴァ魔法学院系列の大学だ。その次に日本魔法大学。これも東京。その次に京都魔法大学だ。
どれも、魔法系の総合大学だ。ミネルヴァ魔法学院高等部にいる者のほとんどは、ミネルヴァ魔法大学に進学するが、ほかの大学に進学するものがいないわけではない。
京都魔法大学では、いくつか魔法系の演習を見せてもらった。魔法戦闘、魔法陣の高速構成、魔法を利用した機械の働きなど。結構面白かった。
10人前後のグループに分かれて校内を案内してもらっているとき、その事件は唐突に起きた。通りすがりの学生が、案内係の学生を刃物で襲ったのである。案内係の学生は驚いた様子を見せたが、すぐに体をひねって刃を割け、刃物を持った学生の腕をひねり上げた。
「おーい。誰か先生呼んできて、先生」
襲われた案内の学生がのんきな声でそう言うので、恭子たちも拍子抜けした。実際には、悲鳴を上げそうになったのを悠李に防がれていたため、騒げなかったのだが。
「……何なんでしょうか」
口を解放された恭子は悠李に向かって尋ねるが、彼女も首をかしげるだけだった。ついでに碧の方も見たが、彼も首を左右に振った。何なのだろうか、本当に。学生の中には情緒不安定なものでもいるのだろうか。
「すみません。こいつにはきつく指導しておくので。佐川君。そのまま案内を続けて」
やってきた教授は、笑顔でそう言うと、刃物を持った学生を引っ立てて行った。それを見た恭子は、昨日の事件を思い出していた。
洗脳されて、人を殺してしまった、あの事件。これも、洗脳魔法が関わっているのかもしれない。そう思ってしまった。関係があるとは思えないのだが、直感だ。
もやもやとしたものを残し、京都魔法大学の見学は終わった。この次は嵐山に向かい、そして、東京に帰る。
「明らかに嵐山に来る時期が間違ってるよな」
千尋が近くによってきて、恭子に囁いた。確かに、嵐山と言えば紅葉だが、今の嵐山の木々は青々とした葉をつけている。
「……まあ、これはこれできれいではありませんか?」
「……まあそうかもな。涼しいし」
そう。木の下は涼しかった。自然の力は偉大だ。
「それより、あれ、何やってんだと思う?」
千尋の指さす方を見ると、悠李と碧が少し離れて、同じ方向を見ていた。確かに、何をしているのだろうか。
「……幽霊でも見えているんでしょうかね」
「そんなに気になる幽霊がいるのかね?」
霊感のない千尋は首をかしげた。見学をしてお土産を買って、課外研修旅行は終わりだ。恭子はバスに乗ると、ぐっと伸びをした。行きは悠李の隣に座っていたが、帰りは紗耶加の隣だった。悠李は千尋の隣に座っている。
「ユウ、碧。2人とも、嵐山で何を見ていたのですか?」
恭子は後ろの席に荷物をお供に座っている碧と、通路を挟んで隣に座った悠李に尋ねた。
「ああ……珍しいお方を見たぞ。天乙貴人だ」
「え、天乙貴人って存在するの?」
恭子の隣に座っていた紗耶加が驚いて振り返った。それと同時に前の席の背もたれに頭をぶつけた。
「日本神話が事実かはともかく、神、と呼ばれるものをいくらか見たことはあるよ」
悠李は微笑んでそう言った。どれだけ霊感が強いんだ、この娘は。
「それから、さっき京都魔法大学に通っている従兄から連絡が来たんだけど」
悠李の口調が真剣なものに変わり、恭子に不吉なものを感じさせた。
「あの時襲ってきた学生。軽い洗脳を受けていたらしいよ」
恭子は思わず紗耶加と目を合わせた。悠李には京都に親戚がいることは聞いていたので、情報源には特に疑問を持たなかったが、悠李の言葉は大いに気になった。
「京都に、洗脳魔術師が潜伏している、ということでしょうか……」
「……嫌な予感がすわね」
やはり荷物の隣に座っているレイチェルも言った。敬が「そんなこと言うなよ」と嫌そうに言うが、あろうことか悠李も「僕もレイチェルと同意見だよ」と言ってのけた。
「どうかかわってくるかはわからないけど、これは何か僕たちに関係してるんじゃないかなぁ。どこかで僕たちの前に立ちふさがる。そんな気がする」
「……」
恭子たちの周囲が沈鬱な沈黙で満たされた。精神魔法系の魔術師は勘が良い傾向があるから、レイチェルと悠李の勘が同じことを示しているなら、かなり信頼できる。これで、特に第六感に優れている花奈にも同意されたら、ほぼ100パーセントどこかで洗脳魔法が関わってくるのだろう。
「……犯人、捕まるといいけどな」
千尋がそう言ったが、洗脳系の適性がある姉の悠李ではなく、斜め後ろに座っている碧が言った。
「精神魔法系統は見つかりにくい傾向があるからな。政府に登録されていないなら、見つけることは困難だろう」
みんなで、はぁ、とため息。
「……まあ、俺が言うのもどうかと思うけど、見えない敵のことを考えても仕方がないんじゃないかな?」
氏家が場の空気を換えるようにそう言った。彼の優しげな笑みを見ると、何故かちょっと落ち着いた。
「悠李ちゃんも、大丈夫だよ。疑われるかもしれないって思ってるんだろ? 誰も君を疑ってないから、大丈夫。気にすることはないよ。だから機嫌を直して」
氏家の優しい声音に、さしもの悠李も眼を細めて微笑んだ。その様子を見て、碧が少し顔をしかめる。恭子は笑いがこみあげてくるのを感じて前を向いた。
「恭子……前々から言おうと思ってたんだけど、悪趣味だよ」
「あら。でも、楽しいではありませんか。ふふふふ」
紗耶加は呆れたようにため息をつき、顔を恭子と逆の方に向けて眼を閉じた。眠るつもりのようだ。恭子はもう一度振り返って碧と氏家の方を見る。氏家は明らかに悠李に思いを寄せているし、碧は自覚がないだろうが、仲よくしている2人を見てよく顔をしかめている。
うん。他人の恋路は、見ている分には楽しいよね。しかし、ニヤッと笑ったところに碧と目があって、恭子はやはり視線をそらす羽目になった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最近、ループ関係ないな、と思いつつ更新を続ける私。学校が後期に入ると、少しずつ関連してくる予定。
恋路を見守る恭子。きっと、彼女は自分に恋愛フラグが立っても気付かないだろう……。残念な子。
次は8月21日、木曜日です。




