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親愛なる聖女様へ、どうか死んでください  作者: 大木戸 いずみ


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9/15

9

 私は牢の中でパパのことを想っていた。

 黒竜の死体が見つかったという情報が入ってすぐ、イアンはこの場を慌ただしく去って行った。私の発言をきっかけに森中を探し出したのだろう。

 私はパパの遺体をそのままにしておいた。埋葬したかったが、聖女が殺したと言う証拠を残しておかなければならない。竜たちと話し合って、そう決めた。

 黒竜を失った痛みは竜族にとって大きかった。満場一致で聖女への報復を求めた。しかし、相手は神に選ばれた女だ。彼女の圧倒的な力によって、父は命を落とした。そう簡単に倒せない。それに、この国で最も崇拝されている人物を殺すとなると、竜と人間の軋轢が生じる。私たちは人間を敵にまわしたいわけではない。

 そこで、人間を味方に付けることにした。

 愚鈍な聖女に死んでもらうために、私たちはまず王宮に手紙を送りつけた。

 狙うは、この国を統べる王族。

 民衆は既に聖女に盲信している。世界を救う唯一の希望だと崇め、彼女の言葉なら疑うことすらしない。

 そんな連中を説得しようとしても、私の言葉に耳を塞ぐだろう。白い目で見られて終わる。そもそも、私は民に嫌われているし。

 人間の国には、人間を動かす者がいる。民衆を相手にする必要はない。

「そろそろ牢獄生活は嫌になってきたか?」

 思考を邪魔するように聞き覚えのある澄んだ声が牢に響く。全衛兵が頭を下げている。アルベルトが私の元を訪ねてきたようだ。

「最初から嫌よ。王宮に手紙を送っただけで、まさかこんな場所に招かれるとは思っていなかったわ」

 王子相手に私はもうくだけた話し方になっていた。王族だからって、丁寧に話す義理もない。

 アルベルトの隣にいる赤髪の従者は私を鋭く睨んできたけれど、何も言ってこない。

「聖女を冒涜するのは、この国では結構まずくてね。……客人としてもてなしてほしいか?」

「ええ、それはもちろん」

「なら、俺からの質問にも答えろ」

 イアンにあれこれ話したというのに、これ以上何を話せって言うの。

 私は「なんでしょう?」と小さく笑う。

「マキリス、この姓には過去がない。どれだけ記録を遡っても、君以前の人間が出てこない。君が作った姓か?」

「いかにも」

 竜に姓はない。名だけ。……突如、姓を作るしかなかった。

「理由は、君の父は黒竜だからか?」

「ええ。私はこの見た目だから、姓を名乗らなければならない場面が多くて……。マキリスというのは薬草にも毒草にもなる草の名なの。良い姓でしょ?」

「……母親は人間と言ったな」

 私の姓の由来は無視された。

「そう、人間」

「母親について、何か知っていることはないのか? どんな些細なことでもいい」

 アルベルトからの質問に私は少し考えた。

 パパがママのことを話すことはよくあったけど、ママの家の話を聞いたことはない。突然ママが森に現れたらしい。

 ……あ、でも、唯一ママが身に付けていたものがある。中心に幾何学模様が刻まれた六角形のチャームがついたペンダント。けど、あれはパパがママの形見だと言ってずっと大切に保管していたはず。

 洞窟に戻らないと。

 私は何も答えずに、話題を変えた。

「私はいつここから出られるの?」

 私があえてアルベルトからの質問に答えなかったことを、彼はきっと悟っていたが言及はしてこなかった。そして、私の質問にどこか複雑そうな表情を浮かべた。

 きっと良くないことを言われる。私は彼の言葉を待った。アルベルトは私の目をまっすぐ見据えて、口を開いた。

「君に、黒竜殺しの嫌疑がかかっている」

 は? 容疑者が私?

 自分の耳を疑った。意味が分からない。黒竜を殺したのは聖女だと伝えに来た私がどうして容疑者になるの。

「聖女を庇うの?」

 私は眉間に皺を寄せて、アルベルトに鋭い視線を向けた。

「……違う。ただ、聖女が彼を殺した証拠がどこにもない。証拠が見つからない限り、聖女を罰せることはできない」

「娘の私が言っているのに?」

「君が黒竜の娘だと言う証拠もまだない」

 自己弁護をするにも、聖女を罰するにも、証拠が足りないというわけね。

「貴方も思うの? 私が黒竜を殺したと」

 アルベルトの双眸を見つめる。彼も私をじっと見つめ返していた。緊張感が張り詰める空気の中でアルベルトは声を発した。

「僕は君を信じている」

 その言葉に偽りはなかった。彼の青い瞳に奥には、誤魔化しも揺らぎもなかった。濁りのないその瞳に私は僅かに口角を上げた。

「どうして会ったばかりの私を信じてくれるの?」

「君が嘘を言っていないからだ」

「……王族が持つ特別な魔法かなにか?」

「まぁ、それもあるが……、せめて僕は君の味方でいようと思ったんだ」

 アルベルトの言葉が素直に私の心に届いた。

 この国では、聖女を守る勢いの方が強い。このままでは、私は惨敗する。その中で、王子が味方に付いてくれるのは心強い。

「あら、惚れたの?」

「形勢逆転の方が物語として面白いからな」

 アルベルトが口の端を上げる。

 聖女を処刑にするのは難しい。私を処刑にする方が圧倒的に簡単だ。今のところ、私は圧倒的に劣勢。その中で、どう勝ち残るか。喰うか喰われるかのゲーム。

 まずは、目的通り王子を味方につけることができた。勝機が少し見えた。

 私は王子に向かって。薄く笑みを浮かべた。

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