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私は先ほど籠の中の薬草に手を伸ばそうとした。その時、自分の手が地で真っ赤に染まっていることに気付く。パパの血だ。
私は一瞬だけ固まるが、すぐに薬草を手に取って、両手ですり潰し、パパの身体に塗ろうとした。しかし、パパは「ルナ」と私の名を穏やかに呼んだ。
「こっちにおいで」
私はその声に手を止めた。パパの目を見る。彼はもう死を受け入れていた。
嫌だ、ダメ。死なないで。逝っちゃダメ。私を置いていかないで。
感情がグッと押し寄せてくるのに、言葉が出てこない。ただ、心が張り裂けるように痛かった。
私はなんとか声を出す。
「誰に、誰にこんなことをされたの……」
「聖女が……初めて見る私の姿に、怯えたのだろう」
――聖女。その言葉が私の心に重く落ちた。決して消えないように頭に刻む。彼女に対する怒りよりも、パパを失う恐怖の方が大きかった。
「お前は美しい人間の姿に生まれて良かった……」
「パパは誰よりもカッコいい最強の竜でしょ。簡単に死なないんでしょ。伝説の竜はこれからもずっと生き続けるんだよ」
私の言葉にパパはフッと目元を柔らかく細めた。
「私の愛おしい娘……、この世で最も大切な私の宝だ」
うこの世から去る者の言葉に聞こえた。残されたあと少しの時間、娘の姿を焼き付けようとしているように見えた。
本当にパパが死んでしまう。
そのことを私は脳で認識し始める。信じたくないのに、この痛々しい姿を前にすると、パパの死を嫌でも悟ってしまう。
「お前の母と出会ってからの日々は……、私が生きてきた悠久の時の中で、最も輝いていた……。息絶える最期の瞬間まで、お前が傍にいてくれて……、私は幸せ者だ……」
「お願い、死なないで……」
「ありがとう」
パパのその声は慈しみに満ちていて、私の心の奥に響いた。
その瞬間、パパの瞳から光が消えた。
ああ、ダメ。逝っちゃダメ。まだダメ。もっとパパと話したいことがあった。もっとパパと一緒に過ごしたかった。
「ねぇ、パパ、……ねぇ、返事してよ、パパ」
私はパパに話しかける。彼はピクリとも動かない。返事もない。
「どうして……。これから、私が作ったお菓子……誰が食べるの……。パパ、逝かないで」
どれほど懇願しても、もうパパの声を聞けない。色んな顔を見ることもない。私の名を呼んでくれることもない。パパが愛の宿ったその瞳で私を見ることはもうない。
心が壊れそうだった。
パパを力強く抱きしめた。抱き返してくれることを願った。……冷たかった。
嗚咽が溢れる。私の悲痛な叫びが森全体に響いた。声が潰れるほど、涙が枯れるほど、泣いて、泣いて、泣き続けた。
その声が他の竜に届いたのか、彼らは私たちのところに飛んできた。竜たちは黒竜の無残な様子に衝撃を受け、彼の死は一瞬にして他の竜たち伝達された。いつの間にか私の周りには、この森にいる全ての竜が集まっていた。誰もが彼の死を悼み、涙を流した。
キャスは私の足元にすり寄り、静かに涙を零していた。
黒竜は竜の王、全ての竜族に敬愛されていた。皆、彼を慕っていた。黒竜が頂点に立っていることで、大きな争いもなく、竜たちは平和に暮らしていた。
黒竜が死んだ日の森は、深い悲しみに沈んだ。
やがて、その悲嘆は憎しみを孕んだ怒りへと変わった。




