7
黒竜が殺された日。
その日、なんだか妙な胸騒ぎがした。
いつもと同じ日常のはずなのに、胸の奥には靄がかかったような違和感を抱いていた。
今日はパパのところへ行かない日。森で薬草を探しに行こうと思っていた。キャスが家に来て、昨夜作ったシチューの残りを食べている。
「ねぇ、キャス」
「どうしたの?」
キャスは顔を上げて、クリッとした純粋な瞳を私に向ける。キャスは口の周りについているシチューを舌でペロッとなめていた。
「……今日は、一人で薬草を探しに行こう思うの」
私はキャスを家に帰そうとしていた。
何か嫌なことが起きる気がする。キャスを危ない目に遭わすわけにはいかない。
「僕、何か悪いことしちゃった?」
「違うわ。ただ、探したい薬草が危ないところにあるから」
「僕がいた方が安全だよ! ルナを守るよ!」
私に嫌われたかも、という不安でキャスは慌てた様子で声を出す。私は柔らかく微笑んで、キャスの頭を撫でる。
「ありがとう。私の逞しい友人だわ」
「じゃ、じゃあ、どうして?」
「貴方は毎日ここに来ているんだもの。もう少し家族との時間を大切にして。強くなるためにも、火を上手く噴く鍛錬が必要でしょ?」
「うぅ」
キャスは何も言い返せない。火の噴き方は、大体親に教わる。私の場合は、パパにどれだけ教わっても少ししか吐き出せなかった。幼い頃は、それにめげていたのだけど、やがて自分が火を操れることを知った。
あの時の喜びを今でも覚えている。毎日のように火を操っていたもの。
パパは最初こそ私の特殊能力に驚いていたけれど、途中からは満足そうに私を見ていた。炎は脅威、と教えられ、私は完璧に火を操れるように訓練をした。
全ての竜族に認められるほどの成長を遂げた。
もちろん、キャスもそれを知っている。
「分かったよ……。僕、もっと強くなれるように頑張るよ……」
キャスは渋々承諾して、シチューを食べ終わると、家へと戻った。私は籠を手にして、薬草を採取しに出かけた。
籠が八割ぐらい埋まったあたりで、地面を揺るがすような轟音が響いた。グラッと体のバランスを崩しかける。
……今の、何?
辺りを見渡す。少し先で、天に向かって凄まじい閃光が放たれるのが見えた。あまりに眩く、私は思わず目を細めてしまう。
あそこは、パパの場所……。
気付けば、私は走り出していた。無我夢中で足を動かす。さっきの振動と光が関係あるのかもしれない。
一体何が起こっているのか、想像できない。ただ、良いことではない気がした。
どうか無事でいて、と必死に願いながら、風を切りながらパパの住処へと向かった。
そこには、最悪の光景が広がっていた。
血の海の上にパパがぐったりと横たわっていた。
目を疑った。パパの喉の奥から、ひゅう、ひゅう、と苦しそうな息が漏れていた。
さっき聞こえた巨大な音。あれはきっと、パパが倒れた音だ。
「な、に……こ、れ」
私の足元にまで血が流れてきた。その感触で、これが現実なのだと悟った。その瞬間、私はパパの元へと駆け寄った。血まみれのパパをどうにか治療しなければ、と慌てる。
金の瞳に私の姿が映る。目に涙を浮かべた情けない顔だ。
「パパ……」
声が震える。彼から向けられる眼差しは、愛おしいものを見るような優しさに覆われていた。
「ど、どうしよう……。傷……お、さえないと……」
「も、う……私は……助からない」
細い呼吸と共にパパは声を絞り出した。その声を聞き、さらに心が締め付けられた。
「嫌よ。……ダメ。絶対に死んじゃダメ」
とめどなく涙が流れてくる。涙を流せば、パパが助からないことを認めてしまう気がしたが、止めようと思っても止まらなかった。
私は先ほど籠の中の薬草に手を伸ばそうとした。その時、自分の手が地で真っ赤に染まっていることに気付く。パパの血だ。




