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親愛なる聖女様へ、どうか死んでください  作者: 大木戸 いずみ


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5

 竜用の大きなチェリーパイを荷台に乗せて、私は父のいる洞窟まで歩く。

 森の中でもそれぞれ縄張りがある。もちろん黒竜はその面積が最も広い。この縄張りに関しては、竜以外に王族も把握している。

人々は竜を守護者として崇め、その機嫌を損ねることさえ恐れた。まして傷つけるなど、国そのものへの冒瀆に等しい行為だった。だから、王族たちは竜に関しての情報には敏感だった。

「パパ~、元気~?」

 私は洞窟に声を投げ、キャスと共に彼が出てくるのを待つ。

 暗闇の中で何かが動く重い音が響いた。次の瞬間、足元が微かに震えた。闇の中に二つの金色の光が浮かんだ。巨大な瞳がこちらを向いている。私の瞳はママの遺伝子を受け継いだみたい。

 漆黒の鱗を持つ巨体が姿を現す。

 この威厳に、初対面の人間なら失神してしまうだろう。それほど圧倒的だ。

 人間など容易く見下ろす高さがある。彼が一歩踏み出すだけで空気が押し退けられ、風が起こる。

「ライオネル様」

 キャスは地面に下り、頭を下げる。竜は人間の言葉を話す。

「いい匂いだ」

「私とキャスで作ったのよ」

 竜族の頂点に立つ黒竜に向かって、軽い口調でそう言った。パパは「おぉ」と喜びの声を出す。表情もパッと明るくなる。

 キャスはパパに促されて、頭を上げた。パパは荷台に乗っているチェリーパイを一口で食べた。あっという間だった。

 口元から覗く短剣のように鋭い牙は確かに恐ろしいはずなのに、頬を緩ませながら、満足そうに目を細める彼の様子を見ていると、気が抜けてしまう。

 これが竜の王かぁ……。

 登場までの大物感がチェリーパイによって完全に消されてしまった。このほのぼのとした空間に癒される。

「今日も最高に美味かった」

 パパの低い声に私は「それは良かったわ」と笑みを浮かべる。

 私とキャスとパパで他愛もない話をする。地面に座る私の膝の上にキャスがいた。

 やがて、話題は聖女の話になった。

「彼女の英雄譚、聞いていられないわ。子どものヒーローごっこよ」

「聖女は大勢の民に信仰されて気持ちよくなっているんだよ」

 キャスの言葉に私は少し考え込む。

 聖女と言う存在が現れる以前は、この国の信仰の中心にいたのは竜だった。だが、竜がその信仰に酔いしれることはなかった。

 マリー・ファースは、自分は正義なのだと心酔しきっている。

「彼女が聖女の力を上手く扱ってくれればいいのだが……。己で制御しきれない力を手にするのは危険だ」

 パパの言葉に私は頷く。

「世界を破滅させるのは、制御しきれなかった聖女の力だったりして」

「充分ありえる」

「僕、怖いよ……。だって、聖女が血の滲む努力をしているとは思えないもん。きっと、光の神は聖女にする人間を間違えたんだよ」

 どこか不安な様子でキャスは喋る。私はキャスを安心させようと、「大丈夫よ」と彼の背を優しく撫でた。

 どこかで聖女も気付くはず。というか、気付いてもらわなければ困る。このままでは闇の神など到底倒すことができないということに。

「聖女が世界を救ってくれるの。だから、この日常はずっと続くわ」

 キャスを落ち着かせるために、穏やかにそう言った。

「私もこの平穏がずっと続くことを祈っている。聖女がこの世界を守れないと言うのなら、私が守ろう」

 父の確かな声に私は安堵する。

 その時、自分も誰かに安心する言葉を言ってほしかったのだと自覚した。

「パパ、大好きよ」

「私もルナが大好きだ」

「僕も、ルナとライオネル様が大好き!」

 次の日、パパは殺された。

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