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数日前。
朝起きて、いつも通り温かいアールグレイティーを飲む。ミルク入り。
ティーを飲みながら、窓を開ける。ここから見える景色は自然のみ。木々に囲まれたこのこぢんまりとした木造の家に近寄る者は誰もいない。
三角屋根に小さな煙突がついており、軒先には薬草の束を吊るしている。陰気な様子は一切なく、長閑で、私にとっては、居心地の良い家だ。
「ルナ~、今日はライオネル様のところに行く日?」
赤褐色の鱗をした小竜が、森の向こうから飛んでくる。小さな翼をぱたぱたと動かしている様子がなんとも可愛らしい。小竜は窓の縁に降り立った。
彼の名はキャス。この国にいる竜の中で最も若い。
「行くよ。パパの好きなチェリーパイを作ろうと思ってるの」
「僕も手伝う!」
愛嬌のあるキャスの声に私は微笑む。
「ありがとう」
こうして、私たちはチェリーパイを作った。
黒竜は竜族の中でもちょっと特殊。黒竜だけが、人間に変身することが可能なのだ。数百年生きて、ようやく人間の姿を手に入れることができたらしい。そのおかげで、人間と黒竜のハーフである私が誕生した。
兄弟はいない。異母兄弟もいない。黒竜の血を受け継いだのはこの世で私のみ。
私のパパは、もはや伝説。強さも生きている年数も。
数百年誰にも恋をしなかったパパが、突如現れた人間に惚れこんだものだから、竜たちの中でかなり衝撃的なニュースになっていたらしい。
パパ曰く、子孫を作るつもりはなかったそうだ。
彼は、黒竜が増えれば、竜族の均衡が崩れると考えていた。
黒竜は他の竜を従わせるほど強い。複数の黒竜が存在すれば、いずれ誰が頂点に立つかを巡って争いが起きる可能性がある。だから、黒竜はむやみに血を残さない。
パパはその信念が強すぎたあまり、数百年も誰も愛さなかった。そんな中で、突如現れた人間に恋に落ちちゃうのだから、周囲はさぞ驚いただろう。
パパが人間の姿に変身できてから、ママと出会えて良かったと思う。きっと、ママは竜のままのパパでも生涯一緒にいたのだろうけど。
ちなみに、ママは私を産んですぐに亡くなった。ママの記憶はほとんどない。ママは絶世の美女で、誰よりも綺麗な心を持っていた、とパパは教えてくれた。それが本当かどうかは分からないけれど、パパが心底惚れた人だ、最高にいい女だったのだろう。
パパは自分のせいでママが死んだと思っているけれど、私は私のせいでママが死んだと思っている。
ママの死因は、黒龍の力が強すぎたことだ。黒竜の血は、子に色濃く受け継がれる。それに人間の身体が耐えられなかった。
愛する者を失った黒竜の悲しみは大きかった。自分の血を祝杯ではなく、災厄だと言っていた。
パパは私にありったけの愛情を注いでくれた。優しく、厳しく、丁寧に私を育ててくれた。大人になったら、必ず親孝行をしようと決めていた。
十八歳になった今、週に三回ほどパパにお菓子を届けている。
私が来ると、パパはいつも嬉しそうにする。美味しそうに私の作ったお菓子を食べる。その顔を見るのが、幸せだった。
この穏やかな日常をずっと守っていきたいと思っていた……。




