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「聖女が愚かでも飾っておくだけなら害はない。むしろ都合がいい。彼女が民に希望を与えてくれれば、民は恐ろしい未来が来ると不安を抱かなくていい」
「ですが、彼女はいずれ世界を救わなければならない聖女ですよ。お飾りでは困ります」
「だからと言って、聖女に死なれても世界を救えないだろう」
王子の瞳に一瞬、翳りが差した。
私は見逃さなかった。ようやく彼の腹の内を見た気がした。聖女に心酔しているわけではない。むしろ、疑念の方が大きいのだろう。
それで充分。
「最近、また聖女様がご活躍されたでしょう?」
私は僅かに口角を上げて、そう聞いた。
「……森へ逃げた盗賊団を討伐したことか?」
「偉大なる聖女様は、それだけしか伝えていないのね。仲間は皆、盗賊団と戦って命を落とし、無事生還できたのは彼女だけだったものね」
皮肉を込めて話す私に王子は「何が言いたい?」と少し眉をひそめる。
もうすぐ夜が明ける。壁の上にある小窓から淡い光が差し込んでくる。
「偶然その場にいた黒龍が殺されたのはご存じですか?」
静かな牢獄に私の声が落ちる。アルベルトの綺麗な青い目が大きく見開いたのが分かった。私は話を続けた。
「襲われたわけでもない。ただ、堂々たる黒竜の圧倒的な威容に、彼女は恐れをなした。そして、力を振るった」
怖かった、だけでは許されない愚行。
竜は、この国にとって古くから力と誇りの象徴として敬われてきた存在。ジャディアス国の国旗にその姿が掲げられるほどだ。
そして、黒竜は竜の中でも別格とされ、古くから「竜の王」として語り継がれてきた。ただでさえ希少な存在の竜を殺すだけでも大罪だ。それを黒竜ともなれば……。
死んでもらうしかない。
「本当に聖女が黒竜を……」
完璧に取り繕っていた様子は一切なく、アルベルトは固まったまま掠れた声を出す。
「ええ。盗賊団の討伐に成功したと民は喝采したそうですが、笑わせないでほしいわ。黒竜を前にし、すっかり怯えてしまった彼女の浅はかな判断で、この国が長きにわたり敬い守ってきた黒竜を葬ったのです。それでも、まだ彼女を庇いますか?」
自分の声に自然と冷たさが滲んでいた。
絶大な力を与えられたのはいいけれど、その使い方を間違えれば、世界を救う前に世界が終わる。
夜が完全に明ける。昇り始めた朝日がゆっくりと私を照らす。その瞬間、陽光によって私の巨大な影が広がった。
大きな翼、長く伸びた尾、尖った二本の角。それは紛れもなく竜の形をしていた。
目を丸くするアルベルトを私はまっすぐ見つめながら告げた。
「……聖女に命を奪われた黒竜――ライオネルは私の父です」




