【6】「獲物に愛着を持つんじゃねえぞ」
喋り友達と言っても、フェリックスさまは忙しい身。巡回とか外の任務とか色々あるらしい。仕事と休みのタイミングも不規則と思われる。会わないときは全然会わないこともある。勤務中ならせいぜい一言二言話す程度。向かい合って話し合う機会はこの関係になってからの1か月半で三回程度だ。
頼みをされたときに抱いた危惧、私の正体がばれないかという恐れは早々になくなった。会話もごく普通の内容で、こちらを探っている感じはない。話す内容はほぼ狩猟のこと。一番楽に話せることだしね。
「サシャ、失礼する」
今日は非番だからか、私服姿のフェリックスさまが私の作業場にやってきた。私は作業しながら返事する。今は鹿肉を解体中だ。この作業場は、私のテリトリーの一つだ。自宅の近くにあり、ここで獲物の解体をすることがほとんどである。ちょうど作業は分割に入るところだ。地面が血濡れだし臭いもひどいだろうが、これが猟師というもの。
ちなみに解体中の鹿肉はフェリックスさまが依頼した品物である。一週間後くらいに騎士さまの集まりで食べ物を持ち寄るらしい。うーん。今はまだ6月に入ったばかりだからなあ。夏の鹿はもう少し経った頃が美味しいと思う。まあでも、熟成させてステーキにしたら間違いないよね。
「あと少しかかります」
「構わない、早く着すぎたようだ。作業を見学しても?」
断る理由はなかったので頷く。私はいつも通り、せっせと作業する。肉を部位ごとにばらす。スジや余分な脂、血の塊を取り除く。調理に適した大きさに切り、それぞれを保存容器にまとめていく。保冷バッグに積み込む。私の仕事の邪魔をしないためか。それとも作業に見入っているのか。フェリックスさまはほとんど話しかけなかった。私も目先のことに夢中で話題振らなかったしね。念のため作業の飛ばしがないか頭で確認する。よし、大丈夫。
「おまたせいたしました」
「ありがとう。こちらが代金だ」
私がお金を数えている間、フェリックスさまは小さい紙のようなものをぺとっとバッグに張った。鹿肉入りのバッグが消える。あれがテレポート便か。初めて間近で見た。便利だなあ。お金を仕舞い、私はせっせと清掃作業をする。フェリックスさまが話しかけてくる。
「時間があるならこの後、どこか食べに行かないか?」
「今日は遠慮しておきます。野暮用があって」
野暮用って家飲みだけど。久々にハツの気分なのだ。美味しいんだよね、鹿の心臓。これが食べられるのは猟師の特権だ。猟師仲間なら誘って一緒に食べるけど、彼に対してそれは無謀だ。内臓部位だからね。そんなものは食べないだろう。さらっと食事を断った私に気分を害する様子もなく、フェリックスさまは挨拶して帰って行った。うん。結局今日はほとんど話さなかったな。
この後、鹿のハツをたくさん食べた。臭みもなくぷりぷりで最高に美味しかった。満腹で床に入ると、昔の夢を見た。目の前を二匹の鹿が歩いている。母鹿と仔鹿だ。父の声が聞こえる。サシャ、と父は静かに言う。
「獲物に愛着を持つんじゃねえぞ」
父は母鹿を射ち殺す。仔鹿は逃げていった。懐かしい夢だった。




