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心臓を、抉る。  作者: kanon
目と心臓
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【59】「私たちの関係ってなんだろ」

ぐっとナイフを身体に刺し込むと、私の背中を労わるように撫でてくれる。大丈夫かは毎回聞く。感じ方が違う日があるかもしれないから。大丈夫だ、といつもと同じ返事をもらった。フェリックスの様子を窺う。身体が変に緊張している様子はない。こもった吐息に混じって、ほんの少し声を漏らしていた。良かった、今日も気持ちよさそう。


「残ってる狂病潜伏者、あと10人くらいなんだ」


「そうなのか……」


「私の御使い使命もそろそろ終わりかな」


そう、殺しの使命はもう間もなく終わる。相変わらずフェリックスを一週間に二度か三度、二人の気が合うタイミングで殺しているが赤い煙はでない。もう刺し殺す必要がないのは明らか。この行為は、崇高な言葉で言えば愛の確認のためにやっている感じ。この事実を周りが知ったら突っ込みどころ満載だろうが、二人だけの秘密なので。


この2か月、フェリックスの殺し方を吟味した。どうせやるなら、なるべく気持ちよくなってほしい。それを見る私も気持ちよくなれるので。すぐには殺さず、色々お話しながら時間を引き延ばすのが最近のやり方だ。さっくり殺すより、そっちの方がいいみたい。フェリックスを観察していたらそれがわかる。心臓にナイフを入れてからしばらく雑談していると、段々様子が変わってくるのだ。


まず表情がうっとりと熱っぽくなる。雰囲気はリラックスしてるのに反し、太腿が微かに緊張し出す。声が一番わかりやすい。会話の返答に間が空くようになるのだ。言葉が頭に入ってこなくなるみたい。このときの少し頼りない上擦った声が、結構好き。目も素敵だ。情熱をのせた眼差しが徐々に潤んでくる。そのうち、向けられる穏やかな微笑みの中に気恥ずかしさが混じる。大体これが殺しの合図だ。


で、今日も雑談をしていたのだけど。この日はちょっと話題を失敗してしまった。気になったことを思ったまま聞いてしまったのである。


「殺すことがなくなると、関係性が変わらないかなとは気になる」


「心を繋ぎとめられるよう、俺が努力しなければいけないな」


「私たちの関係ってなんだろ。やっぱり今のところは愛人?」


その場合、私は処女な愛人である。御使いと処女云々の下りはフェリックスにも伝えているためだ。なお、キスとか触り合いはする。ある日、殺しの興奮そのままに私から誘ってしまったのだ。はしたなくてごめん。でもフェリックスも乗り気だった。私が可愛がられることもあれば、私がフェリックスを可愛がることもある。まだまだ勉強中の身だけどね。


鼓動を聞きながら私たちの関係について問うてみると、フェリックスが眉根を寄せてしまった。ありゃ、せっかくさっきまで気持ちよさそうだったのに。一気に堅物顔になっちゃった。ごめん、こういうことしているときに聞くことじゃないね。


「……時間がほしい。必ず、この関係の責任を取る」


自分の発言に自分で落ち込んでる……。まあ、第三者が聞けばこれほど信用ない台詞もないだろう。


「つくづく身分の違いって難しいよね。私たち、お互いに立場を捨てたくないし」


フェリックスは私と結婚する気だ。私も吝かではない。しかしだ。私たちは今の立場では結婚できない。身分の違いとはそういうことだ。教会が身分違いの恋を公的に認めることはほぼない。お金を払ってとか、誰にも知られずこっそり、がせいぜいだ。正しい方法での結婚は困難を極める。


認められていないのに恋愛関係を続ける愛人の立場は、世間の目が厳しい。猟師連中には、完璧にフェリックスがコレと思われているけど。あいつらは面白がるばかりで、特に私を見る目を変えはしない。そこは本当に助かる。前はそういうのは無理って思ってたんだけどね。何かあったときひどい目に遭うのは大抵女側だし。でも今は最悪、それでもいいかって感じ。愛の力。いざとなれば自分で生き抜く力もあるし。


……フェリックスが考えている方法は、時間がかかる。その間、二人の関係が何か変わるかもしれない。愛が冷めるかも。すれ違いがあるかも。それは少し怖い。でもいつかを怖れて、今のこの気持ちを捨てる理由にはならない。私はその日暮らしの猟師だ。ちまちま貯めこんだりしない。欲しいと思うものを欲しがり、今の快楽を選ぶ。それは恋愛でも同様だ。


物事は常に前に進むものだ。今日も乗り越えられたんだ。大丈夫。明日もきっとなんとかなる。武術大会でフェリックスを殺したときのことに比べれば、これから来る試練など何のそのだ。


私のせいで冷めてしまった目の前の身体を撫でてあげる。別の楽しい話題を振ってみた。今はその話一旦忘れようの気持ち。申し訳なさそうな顔をしていたフェリックスも、私の意向を読んでくれたらしい。話に乗ってくれる。そのうち、彼の身体にまた熱が戻ってきた。私に気恥ずかしそうな微笑みを向けてくる。一声かけ、私は目の前の彼に微笑み返す。死の宣告だ。見つめ合いながら、私は手元のナイフをねじ回した。

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