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心臓を、抉る。  作者: kanon
目と心臓
59/62

【57】「死ぬ瞬間って、具体的にどんな感じですか?」

フェリックスさまもこちらを見ていた。私たちは自然と目が合う。潤んだ黒い瞳が私を見つめている。口が僅かに開いていて、深く呼吸している。血色は失われていない。むしろ熱っぽさがあった。私たちは言葉だけでなく、目で通じるものがある。今も、フェリックスさまの目の奥の情熱を私は見逃さない。私は口火を切る。


「フェリックスさまは開催の儀の前日に殺したときも、今と同じ状態でしたね」


「……そうか」


「私に殺されるとき……」


どんな様子だったか。今日が来るまでの間に、適切な言葉はどれか整理した。喜んでいた? ちょっと曖昧な表現だ。興奮していた? 大分近づいてきた気がする。あと一歩。そしてこれだという答えを見つけた。


「気持ちよさそうです」


あの日はそれがわからなかった。何だか熱そうな顔だなと思ったものだ。今になってその正体が理解できる理由は単純。私もそれを体験し、自覚したからだ。私の出した答えに、フェリックスさまは動揺しない。驚かせてしまったか? と問いかけられる。否定はしないので図星だろう。


「正直、ちょっと戸惑いました」


「あまり気持ち悪く思わないでほしい」


「それは思いません。あの、実はですね……」


流石に言い淀む。ちょっと恥ずかしい。フェリックスさまが片手をそっとあげる。触れるか触れないかの力加減で、私の後ろ髪をそっと撫でた。私の発言を促している様子。告白のお断りをしてから、彼からの接触は意図的なものがなくなった。今になってまたそれをするということは、彼もこの後の展開を予想しているだろう。口で言う前に、目で伝わったみたい。なお、私が今からする暴露は予想外かもしれないが。意を決す。フェリックスさまだって真っすぐ伝えてくれたんだ。私も正直に言うべき。


「私は特殊性癖があるかもしれません」


「……」


「フェリックスさまが死ぬのを見て、気持ちよくなりました。他の獲物を殺すときはそういうことがなかったんですが」


同意を示すために優しく微笑んだあの表情。死の緊張と、生の弛緩。その後の荒々しい息の乱れと震える身体の振動。しっとりした肌の感触。最初から最後までこちらを見続けた情熱の瞳。何もかもが脳裏に焼き付いている。私に殺されて気持ちよくなっていたフェリックスさまにドキドキする。思い出すだけで気持ちがいい。


それを自覚したのは武術大会本選だ。あの切羽詰まった状況下。正気なんてほぼなかったはずなのに、なんて健気で真っすぐな眼差し。ナイフ越しに響く力強い心音が、世界の全てになった記憶。目と心臓を通して。私たちはあの日、確かに繋がり合っていた。あの瞬間の鮮明な快感をどう表現すればいいだろう。私っておかしいですか? と聞く。そんなことはない、とフェリックスさま。笑っている。


「丁度いいだろう。俺とは逆だ」


逆か。確かにそうだ。フェリックスさまは私に殺されることが気持ちいい。私は殺される彼を見るのが気持ちいい。


「これが一般的な恋愛感情なのかはわかりません。でもあの姿をもっと見たいし、フェリックスさまに愛着を感じます」


フェリックスさまに惹かれていなかったら、この表情に嫌悪感を覚えたはず。だってこれは、性的な表情である。ところが私が感じたのは興奮だ。元々、好感だけはしっかりあった。足りなかった1つ分の欠片が、ここにきて嵌まったといえる。


「君の目は以前と少し違う。前は完全に、殺す獲物として俺を見ていた。今も根本は同じだが」


「だが?」


「君も俺に熱があるように見える。目が潤んでいて、かわいい」


そうかあ。じゃあやっぱり、ちゃんと恋愛的なものだろうね。私は特殊な人間ってこと。獲物に愛着を持つな。父の教えは守れなかった。まあ食べる獲物じゃなくて相手は人間。仕方ないのかな? そういうこともあるはず。私は目の前の身体に控えめにくっつく。フェリックスさまが後頭部をそっと引き寄せ、頭を優しく撫でてくれる。身体が熱い。お腹の奥が特に。頭の中がじんわり痺れている。


「殺しますね。見ています」


「ああ。俺も見ている」


了承を受け、手首を捻る。生命を宿した灯火が、フェリックスさまの目から消える。死の緊張が目前で起きる。私の頭を撫でていた手先が跳ね上がった後に滑り落ちるのが感触でわかった。彼の身体が後ろにぐらつく。体幹の保ちがなくなり、寄りかかる私を支えられなくなったのだ。咄嗟に片腕でフェリックスさまの背中を支えた。……赤い煙は出なかった。


「は、ぁ……!」


一拍後、がくんっと目前の身体が震える。生の弛緩が始まる。フェリックスさまが大きく呼吸を再開し出した。微かな震えの混じる呼気が、聴覚を愛撫する。背中を支える腕に重みが伝わってきた。少しだけ私に身体を預けてくれているよう。体温の上昇が直に伝わった。彼は茫漠としながらも、健気に私を見続けていて……。その必死さに、胸が打たれる。ああ、やっぱり気持ちいい。


私はナイフを引き抜く。目線を外す。本能に従い、肩で息をする身体に顔を寄せる。その首筋あたりにそっと唇を押し付けた。それからもう一度見つめ合う。どちらからともなく、唇を触れ合わせる。私が今気持ちいいように、フェリックスさまも気持ちいいといいな。そう思いながら。


徐々に呼吸が落ち着いてきた彼に、赤い煙が出なかったことを伝えた。これで状況は確定だ。マナの使用に気を付ける。それに加え、周りに狂病潜伏者がいなくなれば、フェリックスさまは騎士業を続けていくことができるだろう。私は聞く。


「狂病根絶まで休職というわけにはいきませんよね?」


「そうだな。観覧席中から霧が出ていたというなら、潜伏者はまだ多いはず。根絶まで休むのは避けたいところだ」


「すぐに復職するのはどうでしょう。その間、殺しの継続治療を行えばいいと思います。頻度については相談ですが」


というのはだいぶ建前。欲望寄りの提案なのはバレバレだろう。はしたない女になってしまった。だがフェリックスさまは真剣な堅物顔で、その通りだ、と同意してくれた。あ、わかる。これはわざとらしい取り繕い。提案に大変乗り気の様子。気が合いますね。


「また二週間に一度にします?」


「もっとペースを増やしていい」


サラエルさま。聖物をこんなことに使ってごめんなさい。私の性癖が特殊なばかりに。淫らな気持ちでナイフを使ったせいで、御使い失格になったらどうしよ。夢に出てきませんように。


「今更だけど身体の負担って大丈夫ですか?」


「正面から刺してくれれば問題ない」


なら良かった。殺したあとは疲れちゃうみたいだから。


「興味本位で聞いちゃいますけど。死ぬ瞬間って、具体的にどんな感じですか?」


「……そのうち、教える」


今教えてはくれないんだ。説明が難しい感じかな。どう気持ちいいんだろ。私と同じ感じ? 首を傾げると、髪を撫でられて誤魔化された。まあいっか。そのうち教えるって言ってるし。


今一度目を合わせた。ふふ、と笑い合う。私たちは普通じゃない。でもまあ、出会いからして普通じゃなかったから、そんなものかも。考えるべきことは色々あるけど……。まあ難しいことは後回しでいいか。あ、御使いの間は処女捨てられないこと、どのタイミングで言おう。


サラエルさまはこの日、夢に出てこなかった。許してくれたと判断する。

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