【56】「……君に見られながら、殺されたいと思った」
さて、待ちに待った一週間後。この日が来るまでの間、私は猟師として働いたりまた一人殺したり。あとエミルさまにまさかの話を聞いたりした。え、その話しちゃって良かったの? とは思ったけどね。団長は状況が確定するまで絶対言わないでしょうけど、それくらい本気ですよ! とのこと。まあそんな感じである。
フェリックスさまのお見舞い、毎日行ければ行きたかったんだけどね。傍から見れば私とフェリックスさまは御使いと狂病潜伏者としての関係しかない。身分差もあるし、私から気楽に訪ねるのは良くないだろうと思って控えていたのだ。
私はわくわくしながらフェリックスさまの入院部屋に行った。フェリックスさまに元気よく挨拶する。私の訪問に、彼は穏やかな表情で応対してくれた。一週間前の鬱々さはない。良かった、持ち直してくれた様子。顔色が良くなっているし、声に覇気もある。目もしっかりこちらを見ていた。最近の様子などについて雑談を振ると、少し笑みを浮かべて応じてくれる。
「フェリックスさまは明日退院ですよね?」
「そうだ。今日ここでサシャに殺されて、その状態を報告することになる」
「きっと何もないはずです。嘘ついていると疑われないといいですが」
「しばらくは都度監視があるだろう。致し方ない」
「私が御使いとして、責任持って状況証言しますから。そんなに肩身が狭くはならないはずですよ」
この感じなら大丈夫かな。もし第三者が殺すところ確認するとかなるなら、今までのわくわくが台無しだった。流石に人前ではね……。殺しが二人きりで行えるよう、事後証言することを明言してて良かった。御使いとしての立場、有効利用である。
それじゃあ早速やりましょう、と声をかける。フェリックスさまは頷き、上の服を脱いだ。わー。いい身体だ。見ちゃう。だって見たい。私はいそいそとナイフを取り出した。おっと。いくら楽しみだろうと、赤い煙だけはちゃんと確認しないとね。
「正面からでいいですよね?」
「それでお願いする」
入院ベッドに座っているフェリックスさまが、刺しやすいように身を乗り出してくれる。私からも少し身を寄せた。突き入れる位置を調整する。ナイフの切っ先を胸に当てた。……うん、大丈夫そう。身体は落ち着いている様子。ゆっくり入れますからね、と一声かけると了承される。そっと切っ先で皮膚の表面を撫でる。
「フェリックスさま、まだ私のこと好きですか?」
沈黙が走った。空気が変わるのがわかる。一呼吸のあと、返事がある。
「好きだ」
「ずっと疑問だったんですけど、いつ頃好きになったんです?」
ぐっとナイフを少しめり込ませた。目の前の身体が少しだけびくつく。私は深くは刺し込まず、浅いところで止める。返事を聞くために私が手を止めたと思ったのだろう。フェリックスさまが回答する。
「明確に意識したのは、クロの森の件以降だ」
「あー、ルドルフさまもそう言っていたような。え、本当にどこを意識しました?」
私あのとき神経ピリピリだった記憶しかない。あと泥まみれのぐちゃぐちゃだった。改めて思い返すとひどい。ナイフの柄を遊ぶように親指で撫でる。まだ深く入れない。私のやりように、フェリックスさまは特に批難の様子を見せない。どこかで二人で飲んでいるときのような通常さで会話を続ける。
「サシャにはいいところがたくさんある。話し方が正直で好感を持てるし、仕事に誇りを持つ姿勢に共感を抱いている。俺が下を向きそうになったときには支えてくれて、心に響いた。だが何より、君の目が……」
「目?」
「獲物と向き合ったときの、相手を見つめる赤い目。鋭く美しい眼差しだ。鮮烈で、頭から離れなくなった。……君に見られながら、殺されたいと思った」
「……私が御使いだって、知る前からですか?」
「そうだ。……自分でも異常だとは理解しているが、抑えられる気持ちではない。俺にとって、君の目は唯一無二だ」
「……」
なるほど。何だか不思議な感じだ。人間って本当に、ドキドキするものが人によって違うんだね。ぐうっとナイフを一気にめり込ませる。相手は一瞬息を呑んだが、すぐに落ち着く。今は切っ先が心臓に少しだけ触れている状態だ。
「フェリックスさまは覚えていないかもしれませんけど。武術大会の会場で殺されるときも、私を見つめていましたね」
「覚えている。とても綺麗な目だった。おかげで、死の恐怖は感じなかった」
「約束、守れてよかったです」
「……気づいたら君が血まみれで倒れていた。おまけに狂病中の記憶は全て保有している。あのことは、もう思い出したくない。また気が狂いそうになる」
「私にとっては大事な記憶ですけどね。生まれて初めての感覚だったので」
一気に心臓深部までナイフを突き入れる。は、と押し出されるような吐息が目前から聞こえる。フェリックスさまの呼吸に少し熱があるのを感じた。私は胸元から視線を外す。先ほどまであえて見ないようにしていたフェリックスさまの顔を見た。




