【53】あのときのことを思い出す。
最後の記憶があれだったのでね。あれ私死んだ? と思いつつ目を開ける。天井だ。生きてたみたい。これはあれか。噂に聞く失神というやつ。初めて起きたな。貧血や立ち眩みとは無縁の人生だったので。ほえーって感じ。貴重な体験をまた一つ。死ぬときってあんな感じなのかな。
と、馬鹿みたいな思考はそこで終わる。あれからどうなった? フェリックスさまはたぶん大丈夫だと思うけど。うう、と唸りながら起き上がろうとしてできない。あれ、何だかすごく身体がだるい。発熱してる? 喉がからから。そもそもここどこ? なんか個室だけど。
全身熱くてぐるぐるする。気持ち悪い。身体中に汗をかいていて、とにかくきつい。時々身体を捩ったりしていると扉が開く音がした。少し首を動かして訪問者を確認。あ、ルドルフさまだ。わー。美味しそうな果物。お見舞い品? 向こうは私が起きていることに気付いた様子。こっちに駆け寄ってきた。
「サシャさん! 気が付いたんだね?」
「はい。なんか熱出てるみたいで、動けないですけど。ここどこですか?」
「王立病院だよ。君があいつを殺してからもう丸一日経っているんだ」
私寝すぎじゃない? まあ仕方ないのか? ちょっとだけどマナも使ったしね。想像以上に消耗していたのかも。水を所望すると、ルドルフさまが私の身体を起こして飲ませてくれた。ふう、生き返る。
「ものすごくしんどいです」
「感染症とかじゃないみたいだよ。……心因的なものじゃないかって」
ん? なんかちょっと言い淀んだような。気のせい?
「ええ? ほんとですか? この私が心因的な熱を出すとは」
「それだけ必死だったってことだね。とにかく、今は無理に起きようとしない方がいい」
必死だった。その言葉にあ、と思い出す。見ると、フェリックスさまに噛みつかれた腕に包帯が巻かれている。ちょっとどきどき。そっと手を動かしてみた。おお、痺れがない。大丈夫だ。やった。私の動作から察したのか、ルドルフさまが答えてくれる。
「すぐに神官が治療したんだ。神経断裂していたらしいよ」
「最悪、もう猟師として終わったかもと思いましたね」
弓引けなくなるからね、痺れたら。罠だけでやっていけるほど私は器用じゃないし。なお神経を優先して治したので、傷痕が残るらしい。はあ、それは別にどうでもいいかな。傷の一つや二つで落ち込む気はしない。腕が動くことの方が圧倒的に重要事項。神経優先してくれてありがとうございます。
「フェリックスさまはどうなりました?」
「元に戻ったよ。あいつも消耗が大きいからここに入院している」
「狂病の再発の件は?」
「僕が一旦、君の推測を上官に伝えておいた」
仕事が早い。流石ルドルフさま。フェリックスさまは二週間ほど騎士業を休職になるそうだ。これは、私が伝えた再発の件を見極めるためだろう。私の話が本当なら、他の潜伏者と距離を置いていればフェリックスさまの再発はあり得なくなる。完全に他の騎士さまと離れて過ごした二週間後に私が殺したとき、赤い煙が出なければ確定だ。念のため、マナの使用も制限されるらしい。どこかから吸収するといけないのでね。
「大厄災でのあいつの貢献は大きかったからね。それに加えてあいつ自身に非がないとわかれば、お咎めを受けることはなさそうだ」
「良かったです。めちゃくちゃ暴れまくっていたみたいですから、なんか責任取らされるのかと」
「あいつの今までの堅物ぶりが役に立っているよ。……あ、その。破壊した施設や備品は一部賠償責任が……」
そんな。お金大丈夫かな? 国王陛下、故意ではないのだから情状酌量してあげてください。フェリックスさま、どうしてこう運がないんだろう。天は二物を与えずってこと?
「フェリックスさまはどこの部屋ですか? お見舞いに行きます」
「君は絶対安静ね。来るとしたらあいつの方だよ。もうほぼ回復してるし」
「丈夫すぎですね……」
折角助けられたのだ。話に聞くだけでなく、一度顔を見ておきたい。ちょっと時間あげてね、とルドルフさまに言われた。あー。フェリックスさま、気落ちしているのかな。すごい暴れ方だったみたいだしね。中央広場の映像板が早々に切れたのだけは運が良かったかも。あの状態は一般人が見たら怖がる。巡回任務が任せられなくなりそう。
「ルドルフさま」
「なに?」
「ルドルフさまの言う通りだったかもです。私って、ドキドキするものが周りの人と違うみたいです」
「え?」
あのときのことを思い出す。しんどさが渦巻く身体に、じんとした痺れが起きる。フェリックスさまに会いたいな。二週間後か。そのときにもう一回、確認したい。私は備え付けの机に置かれているナイフを見つめた。




