【3】「例えるなら、心臓を触られているような」
これが猟師かつ御使いサシャの経緯である。ついでにフェリックスさまについても。彼は貴族出身なので当然家名があるが、平民に家名を呼ぶ資格はぶっちゃけない。家名って尊いのだ。だから名前でフェリックスさまと呼んでいる。無知な平民である私は、貴族出身のフェリックスさまについて詳しくない。なんか伯爵家出身のめちゃ強い騎士さまらしい。祖先に精霊がいるとかいないとか。大厄災ではすごくたくさん魔物を討伐したとか。本人ではなく、部下の人がつらつら説明してくれた。うんうん相槌を打っていたが、大分抜けている。
最初は特にフェリックスさまを認知していなかった。狂病者の一人というくらい。まだ殺しの仕事の最初の頃、2月の下旬頃かな。理不尽な物言いで部下を散々罵倒する彼を横からグサリ。これが一回目だった。特に変わったことはなかったはず。あ、真っ赤な煙が噴き出す量はちょっと多かったような? 彼を刺した時、私はいつも通りナイフ越しに伝わる心臓の感触に満足していた。うわー、この人は脈動がしっかりしているなあなんて思ったりしていた。ただまあ、男前な顔は印象に残っていた。
この殺しの一週間後のことである。鹿肉を売って稼いだ小金でたまには贅沢を、と菓子店を物色していたところ、びっくり仰天。この間殺した彼が突然声をかけてきたのだ。制服なので業務中と見える。ま、まさか正体がばれたのか、と戦々恐々。いかにも堅物な見た目なこともあり、思わず後ろに一歩下がりたくなる。
「突然声をかけてすまない。今いいか?」
「は。わ、私ですか?」
「そう、君だ。どこかで会ったことはないだろうか?」
台詞だけならナンパだが、彼は真剣だ。それに事実だ。はい。ちょっと前に会いました。グサリとね。なんて言えるわけがない。知りません、と首を横に振って誤魔化す。彼はしばらく私をじっと見ていた。まだ何か言いたそうだったが、彼自身も言葉に悩んでいる様子だ。私はその間に騎士業労いを口にして、菓子店に逃げ込んだ。
二回目の殺しは、前回から約2か月後だった。4月の半ば頃。私は戸惑った。この人、前も発症してたよね、と。今回は貧民街の調査と称し、そこの住人を一掃(殺)しようと宣っていた。やばい。グサリと一刺し。再発ってあるんだと思いつつ帰宅。数日は何事もなく平和だった。
その週末、私は酒場で飲んだり食べたりしていた。つまみが美味い穴場だ。でも古いし汚いので、お偉いさんは滅多に来ない。そこに私服の彼がやってきた。そして、隣に失礼する、と言って座ってきた。私はぎくしゃく会釈だけした。視線をちくちく感じる。こ、これは馬鹿な私でもわかる。彼がここに来たのは絶対偶然ではない!
「この店に入ったのは初めてなのだ。何かおすすめはあるか?」
マスターに聞いてほしい。
「……とりあえずビールが鉄板で、おつまみはここら辺が」
教えてあげた。ありがとう、と礼を言われる。注文をすますと、彼は再び声かけてきた。
「俺はフェリックスという。細かい部署は省くが、王都所属の騎士団長だ」
「そ。そうなんですね……。いつもお勤めご苦労さまです」
「君の名前は? 職業は?」
なぜ聞いてくる。職質か?
「サシャと申します。猟師を生業としています」
携帯の狩猟許可証を見せた。猟師と言うと、顔を顰める人もいる。女性の職業としては珍しいのだ。だが彼は真面目な顔で頷くのみである。と思ったら、突然切り込んできた。
「覚えているだろうか? 俺達は前にも会ったのだが」
会いましたね。今日も含めて四回ほど。この場合、殺しの二回は省かれる。つまり彼が言っているのは、前回の菓子店でのことだ。あれから割と時間は経っている。会いましたっけ? と惚けてもおかしくはない。いや、無理か。このオーラの人に声をかけられて、忘れている方がおかしい。私は肯定した。
「お菓子屋の前で会いましたよね?」
「! そうだ、覚えていたか」
彼が少し顔を綻ばせた。おお、初めて表情が動いた。さっきまで鉄仮面だったからちょっと怖気づいていた。私は視線で続きを促す。これがただの雑談のわけではないだろう。彼は届いたビールをぐっと煽ると、こちらに視線をしっかり合わせてきた。な、何を言う気だ。
「頼みがある」
「騎士さまが私に?」
「その呼び方は堅苦しいな……。名前で呼んでくれて構わない」
「えっと。フェリックスさまが私に何の頼みを?」
「これからも君と話したいのだ」
ん? どういうこと? 口に出さずとも疑問は私の顔に出ていたらしい。フェリックスさまは眉を顰め、少し考える素振りを見せた。適切な言葉を探している様子。君を見ていると、と彼は声を漏らす。
「妙な心地がする。例えるなら、心臓を触られているような」
おわー!? これはやばい? と思いつつ私の表情は動いていなかった。固まっていたともいう。その間に心臓云々の爆弾発言は、誤解を招く表現があると気づいたらしい。彼は慌てて弁明した。
「いや、違う。変な意図はないのだ。適切な表現が難しく」
はい、わかっていますよ。貴方は正直にものを言っただけ。実際私に心臓抉られましたからね。なんて、言えるわけもなく。はは、とから笑いで誤魔化しておいた。
フェリックスさまによると、菓子店で見かけたときから私の存在が頭に残っていたらしい。今日酒場にいる私を見つけ、声をかけずにはいられなかったと。それは殺されたことに対する無意識の警戒心では? むしろ近づかない方がいいやつ。
見た感じ、彼は私に殺されたことに気付いていない。とするなら、話したいくらいの頼みは聞く方が無難だ。相手は目上の方。理由なく断れば違和感を抱かれる。私がボロを出さなきゃいい話だ。こうして私とフェリックスさまは喋り友達になったのである。




