【45】「お話しながら殺しましょうか?」
綺麗なきつねを狩ってから三日後。今日は武術大会開催の前日だ。殺す日である。夜にフェリックスさまが家に来た。エミルさまも一緒にね。前と同じように外で見張りしてくれている。聞くところによると、大会参加者の騎士さまは自由行動できないらしい。基本会場内に留まるかたちだ。あれかな。八百長防ぐためとか。外部からの一般進入も厳しく見張られるらしい。
もう夜も深い頃だ。速やかに用事を済ませるべき。フェリックスさまが上の服を脱ぐ。わー。……ダメダメ。無駄に見ない。私はナイフを取り出した。今回は正面から刺すんだよね。大丈夫かな。またすごく消耗しないだろうか。大会の結果に影響したら申し訳ない。なるべく優しくしないとね。殺すのに優しくって変な感じするけど。
「フェリックスさま、ベッドに背中つけてください。支えがあった方がいいですよね?」
「しかし……」
「後ろに倒れて怪我したら危ないです。私を安心させると思って」
こう言うと彼は頷いてくれた。前回、本当に苦しそうだったしね。昏倒とかしたら一大事だ。フェリックスさまはベッドに背中を預けるかたちで座る。
「明日の開催の儀と三日目の本選。見ていますね。どうせなら、開催の儀を見るミニ映像板を貸してくれたら落ち着いてよく見られたんですけど」
開催日に貸してくれるミニ映像板は、その日中に回収されるのだ。ケチだなあ。せっかくだから三日目の映像も見させてほしい。ものすごく高価なものなので、御使いとはいえ私用はだめとか。壊しちゃったら一大事だし、仕方ないか。
「中央広場の人混みがすごかったのは覚えている。新人の頃、あそこの警備をしたことがあるからな。密集で怪我をする場合もある。あまり無理して見なくていい」
「友人が出ているのに応援しないわけはないですよ」
少しでも気が紛れれば。その思いで雑談しつつ、私はフェリックスさまの正面に回った。今回は右手で刺す。ナイフの位置を調整する。んー、ここから入れようかな。サシャ、と声をかけられる。胸元から視線を外す。どうしました?
「顔を見ていてもいいだろうか?」
「え? あ。殺すときですか?」
頷かれる。それはいいけど、きつくないかな? ナイフ入るとこも見えると思う。あー、でもフェリックスさま見えない方が怖いタイプだっけ。私の顔見ていて気が紛れるならどうぞ。そう伝えておいた。あ、そうだ。
「このまま、お話しながら殺しましょうか? 黙ったままだと息が詰まりますよね」
「そうだな。サシャの声が聞こえていれば、気も楽だと思う」
「じゃあ、それで。少しゆっくり入れます。途中でまずそうだったら伝えてください。フェリックスさまが苦しくないことが第一ですからね」
「……ありがとう。承知した」
いきますよ、と声をかける。まず軽く筋肉の下に切っ先を潜らせる。痛みがあるなら長引かせるのはご法度だが、痛覚はそこまでないそうなので。どうかな? と身体の状態を見てみる。……お、大丈夫そう。
「どうですか?」
「平気だ、問題ない」
うんうん。嘘ではないだろう。もっと深くナイフを突き入れる。流石に脈は少し速めだ。でもこの程度なら軽い緊張くらいかな。少しフェリックスさまの指先を取って触る。手先に冷たさもない。呼吸も一定的だ。もう一度大丈夫か聞いた。大丈夫だという返事。さらに進める。ナイフが心臓部に到達した。力強い脈動だ。フェリックスさまの胸元を見ながら、ふと思ったことを聞く。
「これ、感覚的にはどういうものです?」
「痛みはないが……。肉を分け入っているのが、明確にわかる」
「不思議ですね。この状態なら、心臓の鼓動にも影響ないですし」
私の質問に、フェリックスさまはゆっくり一言ずつ吐き出すように答えてくれた。あー、つい興味で聞いてしまった。すみません。怖い思いしている最中に。いやでも、いつも通りの感覚で話した方が肩肘張らずにいいかなと。
狂病を治す条件として、私が明確に殺したと思う必要があるのだろう。だから抉るまでは生きているわけか。まあ普通はナイフが心臓に到達した時点でショック死しているけど。そこはご都合かな。私はいつもの習慣をしようと、獲物の様子を見つめる。胸から目を離した。獲物と目が合う。




