【38】「その自覚に、絶望した」
「恨むことなど何もない。むしろ嬉しかった。俺は、騎士を天職だと思っている。この選択ができたことを誇りに思っている。……辞めたいわけがない」
いつかルドルフさまが言っていたことを思い出す。酒の席で、フェリックスさまが珍しく深酔いしたときに言ったそうだ。騎士以外の自分など考えられないと。ルドルフさまが何としてもフェリックスさまを辞めさせようとしなかったのは、そのこともあるだろう。私だって、猟師以外の私は考えられない。これは自分の礎。なくしたら自失する。今だから話すが、とフェリックスさま。
「狂病は記憶が残る。……一度目の狂病が起きた時に言い放った罵倒を一言一句覚えている。思い出すのは今でも苦しい。それでも、この程度で終わってよかったと思った」
「……」
「それが二回目、三回目と続き、恐怖した。なぜ俺だけ何度も繰り返すのだと自問した。俺は言うほど清廉ではない。……実は、事態の隠蔽は頭を何度も過ぎったのだ。俺は騎士を辞めたくなかったから」
フェリックスさまの狂病は、一回目から三回目まで自身の騎士団以外の目撃者はいない。やろうと思えば、隠蔽など簡単だっただろう。
「頼むからこれで最後になってくれと神に祈った。やっと治ったかと思ったら、四回目だ」
実際は五回目ですが。絶対言わないけど。
「君をあんな目に遭わせた癖に。君が報告をしないでほしいと言ったとき、俺は安心してしまった。その自覚に、絶望した」
「絶望する必要なんてありません! 礎を失いたくない気持ちは誰だって一緒です。私だって猟師の職を失うのは耐えられないです」
私がクロの森の件で魔物討伐をしていたのもそれが理由だ。自分の大切なものを守るのに、なりふり構っていられるか。その件を持ち出しながら拳をぎゅっと握る。
「こうなったらもう、開き直ればいいのです。この隠蔽は、誰も傷つけない選択。フェリックスさまは皆が幸せになる正しい選択をしただけです」
「…………。ありがとう、サシャ。そうだな、これ以上落ち込んでも何も変わらない」
フェリックスさまは一旦深呼吸した。それからこちらを見る。苦笑していた。やっと笑ってくれた。
「すまない。気が弱くなっていたようだ。しっかりしなければいけないな」
言うことを吐き出したからだろうか。ここに来た時のような悲壮感はない。多少持ち直してくれたようだ。私の言い分にも乗っかる姿勢を見せてくれた。私の顔を立ててくれたとも言えるけどね。どうせ、隠蔽はもうしてしまったのだ。後には引けない部分もあるだろう。やりましたよ、ルドルフさま。なんかいい感じになりそうです。
「フェリックスさま、とにかく今はこれからのことを考えましょう。何としても狂病を乗り切るのです」
私は継続的な治療を提案した。すなわち、狂病発症よりも前にフェリックスさまを都度殺すのだ。こうすれば見かけ上は狂病が認知されない。フェリックスさまも騎士業を辞める必要がなくなる。どうしても事態の隠蔽が気になるなら、いずれ完治してから事後報告すればいい。フェリックスさまは優秀な人材だ。一時の隠蔽がばれたとしても、完治後ならお咎めなしで済むはず。
「サシャ、それしか方法はないのか?」
「ないと思いますね」
「……本当にすまない。俺のせいで、君に何度も負担を強いてしまう」
別に負担ではないけど。グサッと胸を一刺しするだけなので。すみません、フェリックスさま。私はこういう人間です。というか、どちらかと言うときついのはフェリックスさまでは。定期的に疑似臨死しないといけないわけでしょ。
「あの、信頼できる魔法使いさまとかいません? 睡眠魔法をかけてもらうのはどうでしょう? 殺すときに意識があるのは苦しいですよ」
「いや、大丈夫だ」
「でも、ルドルフさまは一度でごめんだと」
「何?」
あ、やば。




