【37】「……獲物を見る目をしていた」
五回目の狂病という大事件から二日後。私とフェリックスさまは喫茶店で向かい合って座っていた。なお家の扉は昨日の時点で直っている。ミニテーブルも似たようなものが買い直された。仕事が早い。他にも道具の弁償の話があったが、もういいと断っておいた。そんな高価なものはなかったし。
フェリックスさまの顔をそっと窺う。僅か二日の間に、一気に窶れてしまった。生気が薄いし、喫茶店に入ったときの挨拶言葉も虚ろ染みていた。一昨日のことについて謝罪される。深く頭を下げられた。思わず眉が下がる。友人がこんなに打ちひしがれているのを見るのは辛い。
私も御使いの立場を隠していたことを謝る。隠したい気持ちはわかる、と理解してくれた。ルドルフは知っていたのか? と聞かれた。肯定したら一つだけ頷かれる。それきりもう深掘りはされなかった。絶対に四回目の暗殺の件は墓場まで持っていこう。そう思った。
「君には、許されない行いをしてしまった」
「過ちは何も起きませんでしたよ」
「発言した時点で取り返しがつかない」
「あれは正気ではなかったとわかっています。それに、フェリックスさまは必死に抗ってくれました」
実際、発症状態になってから正気付いたのは今回が初めてだ。あのとき、もしフェリックスさまが完全に狂病に呑まれていたとしたら? きっと私は手も足も出なかったはず。発病中の感覚など、私にはわからない。けど本来、根性でどうにかできるものではないだろう。これまでの発病者の様子がそれを物語っている。
「俺を睨みつける君を見て、僅かに意識が戻ったんだ。……獲物を見る目をしていた。あの時と、同じだ」
獲物、ね。まあまさにそんな心境だった。私が死ぬか相手が死ぬか。命の奪い合いの心地。全身武者震いが止まらなかったし、あれは究極の緊張状態だった。よく切り抜けられたものだ。それはさておき。私は一つの念押しをする。フェリックスさまの矜持を傷つける言葉だ。心を鋼にする。
「一昨日も言いましたが。今回のこと、絶対に上に報告しないで下さいね」
「もちろんだ」
発症時に一般人に迷惑をかけた場合、その顛末も報告するらしい。今回のケースを報告するならば、フェリックスさまは私の家に押し入ったことや発言した内容も報告しなければならない。事実確認のため、私が聴取を受けることもあり得る。フェリックスさまはそのことを気にしている。いや別に、トラウマとかにはなってないけど。殺ろうとしたことしか思い出せない。
私が隠したいと言えば、フェリックスさまはあっさり頼みを呑んでくれた。つまり、狂病を隠蔽するということだ。今までルドルフさまがどんなに説得しても、聞く耳持たなかったのに。既に服についたナイフ痕も修復魔法で直され、部下の口裏合わせも完璧らしい。ルドルフさまが手を回した部分もあるだろう。思わず私は聞いた。
「私を恨みますか?」
「なぜ?」
「私の我儘で、フェリックスさまが振り回されているからです」
フェリックスさまに騎士業を辞めてほしくない。その思いで色々やってきた。犯罪に手を染めたし、今も本人の矜持を捻じ曲げている。しかし、ここまで追い詰められている彼を見て、自分のやっていることは間違いではないかと思ってきた。彼には彼の誇りがある。その誇りを貫かせた方が良かったのでは? 友人というのは一方通行の関係じゃない。相手の考えも尊重すべきだ。
「それは違う」
先ほどまでと違い、声に朗々とした響きが戻った。いつものフェリックスさまだと思った。五回目の狂病以降初めて見た、いつものフェリックスさま。




