【33】<今すぐそこから逃げて!!>
エミルさまと会った日から二日後。夜、私は自宅で考えていた。五回目の狂病についてである。これについて明日ルドルフさまと話し合う予定だ。本当は今日声をかけたのだが、忙しいらしい。今度の武術大会の打ち合わせ兼模擬試合があるとか。団長副団長クラスの交流会みたいなものらしい。下準備ってやつか。しかもそのあとは夜巡回だって。お疲れさまです。
私は既に心を決めていた。フェリックスさまに私が御使いだと伝える。そして発症前の定期治療を提案するのだ。再発の原因はいまだわからず仕舞い。前回殺してから、早くも1か月半が経っている。もう時間がない。そしてひらめきも来ない。
真実を知ればフェリックスさまはショックを受けるだろう。深く傷つけることになるかもしれない。しかし、もう四回目の手は使えない。罪悪感もすごかったしね……。せめてその事情だけは隠そうと思う。
上官の報告については、私が説得してみる。フェリックスさまは私が好きだ。卑劣な手であるが、その感情を利用させてもらう。私が泣き落としをするのだ。発症の隠蔽は、フェリックスさまの誇り高い騎士道精神に泥を塗るかもしれない。でもフェリックスさまだって、本当は騎士業を辞めたいわけないだろう。だから私が背中を押すのだ。
と、ここで通信石が反応した。殺しの相談? それともルドルフさま? 私はすぐに通信石を起動した。サシャさん!! とルドルフさまの叫び声。え、なに? 声はぜいぜい言っている。走っているようだ。
「ルドルフさま?」
<サシャさん!! 今すぐそこから逃げて!!>
は?
<あいつが狂病を発症している! 夜巡回を二手に分かれてやっていたんだけど、あいつ付きの奴らが気絶させられて……!>
扉を叩く音がした。私は無言で扉を見る。ルドルフさまがまだ話している。
<追跡したら、サシャさんの家の方に……!>
「サシャ」
扉越しに私の名前が呼ばれる。フェリックスさまの声だった。一瞬、判断に迷う。声を出すか否か。居留守を使うのはどうだろう。……駄目だ、部屋の明かりがついている。それに人の気配くらい察知できているだろう。相手は騎士さまだ。私は大きめの声を出した。
「フェリックスさま? どうしたんですか? こんな夜に突然」
<……サシャさん!! すぐに行く! すぐに行くから!>
「少し話がある。扉を開けてくれないか」
……声はいつも通りに感じる。扉で隠れ、黒い霧が出ているかどうかは不明だ。だが状況は全然楽観的ではないだろう。扉は開けない。業務中に抜け出したというのなら、帯刀もしているはずだ。私は通信石をそっと鞄に仕舞う。代わりに相棒のナイフを手に取る。とりあえず、時間稼ぎだ。なるべく会話を引き延ばすのだ。ルドルフさまが来るまで、なんとか。
「ごめんなさい、フェリックスさま。さっき湯あみを終えたばかりで。人前に出られる格好じゃないので」
「別に構わない」
「うーん。もう少し待ってくれますか? 部屋も片付けないと」
ガタタ!! と扉が軋む音が家中に響く。
「開けろ」
ああ、これは駄目だな。勿論開けになんていかない。扉から離れる。……その動きがばれたのだろう。凄まじい衝撃音がし、私の自宅の扉が吹っ飛ばされる。木屑が家の中に散らばった。
防犯のロックも一緒に破壊されている。周りの猟師たちとは家が離れている。一番近い家の猟師は、別のとこに今日は泊まると言っていた。タイミング悪すぎ。ご近所の助けはないと見た方がいいな。黒い霧を身体に纏うフェリックスさまが、中に入ってきた。五回目の狂病だ。




