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心臓を、抉る。  作者: kanon
情熱と戸惑い
30/61

【28】「身分差恋愛は報われません」

フェリックスさまと劇を見てから三日後。私の作業場にはルドルフさまが来ていた。今日は彼が非番のよう。私は肉を解体しつつ聞く。


「ルドルフさま。実際のところ、いつぐらいから傾向ありました?」


「僕があれ? と最初に思ったのは君に弱音を言ったあたりだね」


「……そんなに前から?」


「でもあの頃はまだ気に入ってるくらいかなって思っていた。明確に感じ出したのは、クロの森の件の後からだ」


そ、そうなのか。だとしたら鈍感でない自認は撤回だ。結構前から好きだったわけ? あ、そうだ。


「ちなみにフェリックスさまって独身ですか?」


「……それ、絶対にあいつに言わないでよ。既婚なのに君に迫ると思う? あいつが」


「いやあ、確認は大事ですよ。ちなみにルドルフさまは恋人とかは?」


「今はいない。実働団になるとなかなか多忙だしね。それに下手な相手と恋愛するくらいなら独身の方がマシって考えもある。あ、エミルは婚約者と仲がいいよ」


えー、そうだったのか! 微笑ましい! まあとにかくフェリックスさまが既婚なのに迫る最低タイプじゃなくてよかった。そうは見えないけど恋愛になると男性は人が変わるともいうしね。


この間手を握られたのが確定的だったけど、思い返せば最近はアピールされている節があった。短い時間でも顔を見に来るようになったし、騎士団と一緒ではなく二人で会おうと誘う頻度が増えていた。友情が深まったと思っていたが、そうではなかったわけか。


私がなかなか反応を示さなかったから、意を決し接触という手段をとったとみえる。それにしてもフェリックスさま、恋愛では積極的なんだなあ。見た目が堅物だから意外性がある。ルドルフさまも私の意見に頷く。


「確かにこの間は思い切った感じだったね」


「ですよね。どんな心境の変化が?」


「……狂病が治ったという希望が、原因かもしれない」


ちょっと!


「やっぱりあの時、私の正体を晒して継続治療した方がよかったのでは!?」


「でももしそうしていたら? 今頃あいつは休職している上に、毎回君に刺し殺してもらわないといけない。気持ちも仕舞い込まないといけなかった」


「いや気持ちは仕舞い込むべきでしょ。身分差恋愛は報われません」


報われなくても気持ちを持つのは自由だよ、とルドルフさま。それはそうだけど……。ルドルフさまの言いたいこともなんとなくわかる。あの堅物なフェリックスさまだ。友人(今は恋慕対象)が毎回殺人染みた方法で自分を治していると知ればどう思うか。


どうもありがとうとお礼を言うわけはない。たぶん絶望する。そして最初に会ったときに彼が言ったこと。あれが本当に言葉通りだったと理解するだろう。心臓を触られているような、か。


「今からでも事実を公表しませんか?」


「本当にどうしよう」


「無理っぽいですか……」


もし今言うとなるなら、狂病が治っていないことに加え、四回目の顛末も言わないといけないかも。フェリックスさまのショックは計り知れないだろう。罪を犯してまで行った前回の努力が水の泡だ。


「サシャさん、何でもいい。何かわからない?」


「一応自分なりに考えたことですが……」


私はこの間の自分の推理を述べた。つまり、これは再発ではない可能性があると。私の意見を聞くとルドルフさまは目を閉じた。考えているようだ。


「サシャさんの言っていることは理に適っている。つまり、あいつはどこかから黒い霧を浴びているということ?」


「変なことを言いたくないですが、例えば誰かに摂取させられているとかは?」


「…………調べてみる。けど、ほぼありえないと思う」


ルドルフさま曰く、魔界ゲートも魔界産魔物の全滅も確かな情報らしい。どこかで実験されている個体がいる噂も聞いたことないようだ。王都には研究施設がある。そこで魔界産魔物の研究をしている可能性はある。けれど、それはフェリックスさまの騎士業とは全くの管轄外。接触の機会はない。そもそも、フェリックスさま達は普段は騎士宿舎で寝泊りしている。ある程度の集団生活状態で、フェリックスさまにだけ黒い霧を摂取させるのは難しいだろうと。ううむ。


「ただなあ。なんか引っかかる」


「何がです?」


「うーん、あいつだけ。あいつだけの何か……」


「ルドルフ? どうしてここに?」


わ? フェリックスさま? どうやらお勤め帰りにここに寄ったらしい。だらーっとテーブルに預けていた身体を、ルドルフさまが慌てて起こす。今日の話題はフェリックスさまのことだった。当然、ルドルフさまもここに来ることは言わずに来ただろう。フェリックスさまが訝しげに眉を顰めている。うわ、怪しまれている。


「実は偶然ルドルフさまに会ったので、ごはんにお誘いしたんです!」


「そうそう! いい肉が食べ頃だっていうからね!」


「…………。そうだったのか」


ふう、納得してくれたかな? あ、ルドルフさまが一瞬だけど睨まれていた。そうだった。フェリックスさま私が好きだったよね。何か勘違いしてないかこれ? その場合、ルドルフさまの立ち位置が可哀そうすぎる。


フェリックスさまも良ければごはんいかがですか? と誘う。先ほど垣間見えた不機嫌な雰囲気は失せ、嬉しそうに了承される。手土産の品が差し出された。私はそれを喜びつつ、なんとか誤魔化せたことにほっとした。

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