【17】ただで殺されてたまるか。
次の瞬間、私は本能に従って身体を伏せた。すぐ真上を衝撃波のようなものが通り過ぎる。一瞬視線を前に向ける。フェリックスさまが寝ていた一匹をマナの光が宿るナイフで突き刺す。急所だ、寝ていた方は死んだ! 衝撃波が飛んできたほうを見る。でかい! 思いのほか近くにいた。気配隠しの能力でもあるのだろう。
同じ種類の魔物だ。相手はこちらに今にも飛び掛かりそうである。どこからともなくマナを含んだ投石が飛んできた。迂回組のどちらかだろう。だが魔物は一瞬も怯まない。ぐっと足に力を入れたかと思うと、跳躍して飛び掛かってくる。頭が冷える。敵を見据えた。視界の端に、フェリックスさまがこちらを振り向くのが見えた。彼は目を見開く。ナイフを魔物から引き抜いた。どうあがいてもここまで来るのに間に合わない。
「はあ!!!」
一矢入魂! 気合の声と同時にマナを溜めた矢を射る。一発限りの渾身だ。集中は完璧だった。手から離れた矢はマナの光を纏いながら魔物の首をぶち抜いた。途端にマナの使用で脱力する身体を必死に横に捻る。すぐ目前に魔物が衝撃と共に墜落した。ゴロゴロ、と空気が漏れる異様な音が間近で聞こえる。嘘でしょ。死んでない。咄嗟にサブ武器の投石を掴む。ただで殺されてたまるか。魔物が痙攣しながらも顔をあげる。ぐわっと牙の並ぶ口腔を見せつけて……。
「サシャ!!」
次の瞬間、魔物の顔が吹き飛んだ。私に血が降りかかる。何今の? なんか光ったものが飛んできて魔物の顔を破壊した? 一拍置いて何が起きたかわかる。魔物の顔を砕いたのはナイフだった。マナを宿したナイフが魔物の顔に投擲され、勢いそのまま貫通したのだ。なんて威力だ。私はずるずる這って少し逃げる。まだ魔物がピクピクしているので。たぶんもう死んだけど、離れたい。
「サシャ!! 怪我は!?」
「ないです……。ただ、マナが切れて、動けませんね」
切羽詰まった様子のフェリックスさまがこちらにやってきた。とりあえず無事を伝える。うう、私は匍匐前進のような恰好なので、泥だらけのぐちゃぐちゃだ。帰りの道が大変そう。ガサガサと二方向から足音がする。迂回組だ。彼らは私たちと魔物の死骸を見て、口々に喋り出す。
「大丈夫か!? サシャ!」
「泥だらけになった以外は……」
「すまん。ギリギリで二匹だと気づいたが、声を出したら寝ている方も起きる可能性があったからな。判断に迷っちまった」
「いやあ。声出さなくてよかったよ。起きている二匹は無理」
「まさか複数匹いるとは……。たぶんつがいだろう」
「最悪だよね」
もう一匹の魔物は逆側の方で獲物にありついていたと見える。足跡が一匹しかないから油断していた。というかこのでかさを二匹も捨てるなんて常識を逸している。流石に想定外だった。これを捨てた奴らは倫理観どうなっているのかね? ここをなんだと思っているんだ。許せん。フェリックスさまが喋る。どこか呆然とした響きだ。
「この魔物は、フェレティガーだ。凄まじい食欲で、あらゆるものに食らいつく。生息地はここよりずっと南の地域のはずだ」
あーうん、はい。舐めてくれるよね。私たちが何も言えないのをわかっていて、こんなもの捨てるんだからさ。これで森の大半が荒らされるとか私たちがばたばた死ぬとか、そういうことにならないと動く気もないからね。このやろう。
「このでかさを引きずって持っていくのは無理だな」
「持って行ったってどうせ何もしねえよ。あいつら、俺らが魔物に対して無知だと思いやがって。こんなのが自然に森に入るわけねえだろ」
「フェリックスさま。この魔物って毒とかありますか?」
「ない」
「ないならもう、泥沼に沈めて処理しようよ、皆」
皆が賛成して、さっさと沼の深いところに沈めた。あっという間に見えなくなる。はい終わり。あとは自然の循環に戻るでしょ。やれやれ。とんでもない目に遭わされたけど、とにかく最低限の被害で済んでよかった。
「よし帰るか。今日は魔物討伐祝いだな!」
「誰か連れてって。一歩も歩けない……」
いやほんと、歩けない。マナ枯れってめちゃくちゃきつい。魔物をバタバタなぎ倒している騎士さま達はほんとすごいよね。というか、頼むからこのタイミングで殺しの相談は来ないでくれ。絶対できないって。サラエルさまの御力で、私が殺せるタイミングで相談が来るよう何とかしてください。
……でも今までも、殺しのタイミングは皆ばらばらにずれていたな。もし一日で4人も5人も同時発症していたら私もやっていられなかっただろうし……。そこのところは私がちゃんとできるよう、因果の力が働いているのかも? その調子でお願いしたい。
「俺が抱えていこう」
「いやそれはいいです。泥まみれですので。フェリックスさまは先導をお願いします。魔物がいなくなった今、帰り道に肉食獣や毒ヘビが出るかもしれません」
騎士さまが触っていい状態ではない。申し訳なさが勝つ。猟師仲間どもは気が利かないなあ。私が頼む前にさっさと抱えろって。その旨伝えると、奴らはぶつくさ言いながら私を持ち上げた。両側から肩を支えられて引きずられる。重いだのなんだの言っている。やかましいわ。先頭を歩くフェリックスさまがこちらを振り返った。へへ、と私は笑った。




