【16】この世は弱肉強食である。
今の時期は特別暑い。しかも森の湿度と緊張感の相乗効果。汗をかく。神経を研ぎ澄ませながらも一口水を飲んだ。目の前にある足跡を睨みながら進む。葉擦れの音にも意識を向ける。……さらに10分ほど進むと、犬がそれ以上進まなくなった。怯えている。ということは、もう魔物が近い可能性が高い。仲間の一人が犬を回収し、安全地帯まで下がることになる。これで6人。仲間の一人が提案する。
「ここからは2人ずつに分かれよう」
「3チームね。私とフェリックスさまがこのまま足跡を素直に追って前進。残りの2チームは、迂回して側面から迎撃って感じ?」
「迎撃できるとは思えん。だが魔物の気を逸らすことくらいならできるかもな。討伐の本命はサシャ達だ」
「わかった。横道に魔物が逸れている可能性もあるよ。気を付けてね」
「誰にもの言ってんだ。そう簡単にくたばるか」
4人がそれぞれ散っていった。これであとは私たちだけだ。私はフェリックスさまに言う。
「ここを最後に、会話も止した方がいいです。聴覚優位なら相手に悟られる可能性があります」
「……」
「フェリックスさま?」
ちょっと、ぼうっとしないで。今からが勝負どころ。幸い、すぐに彼はハッとした。
「すまない、その」
「何かありましたか?」
「いや……。君は、眼光が鋭いなと」
すみません、ピリピリしていて。でも割と生きるか死ぬかの瀬戸際なので。失敗したら私もあの鹿たちのようになってしまう。この世は弱肉強食である。
「相手が眠っているようなら、フェリックスさまがそのまま静かに近づいてトドメを。起きているようなら、私が声を出して魔物の気を引きます」
「囮になるということか? そんなことをせずとも……!」
「この先は足場がぬかるんでいるんです。素早く動くのは熟練でも難しいので」
もたもたしていたら間合いを詰められてしまう。フェリックスさまの得物がいつもの剣なら話は違っただろうが、彼の今の武器は小さなナイフだ。フェリックスさまの実力を疑うわけではないが、慎重になるに越したことはない。魔物は叫び声を出した人を優先して襲う。私が叫べば、魔物の視線は一瞬私にくぎ付けになるだろう。その間に一気に距離を詰めてもらえばいい。
「とにかくそれでお願いします」
「……くそ」
あらら。フェリックスさまらしくない言葉が。私は前進した。フェリックスさまもそれに倣う。矢を一本取る。いつでも引けるようにする。足場は泥状だ。長靴の足首部分まで浸かる。走るのはまず無理。足音を立てないようにそろそろ進む。地面の泥濘のせいで、足跡がわからなくなる。異様な音が聞こえたらすぐに反応できるよう耳を澄ます。勿論、視線を周囲に配るのも忘れない。
(………………いた)
樹木の広葉の合間の暗がり。そこに大型な身体が寝そべっている。体長は目測3m近い。身体は基本が黒で、縞模様の赤が混じっている。耳の形状は丸っこい。牙が口から飛び出すほどの鋭さだ。つんつん、とフェリックスさまの肩を突いて敵を指さす。彼も気づいたようだ。フェリックスさまが一つ頷き、ナイフを構えて前進する。私は念のためそろそろと脇に逸れる。相手は動かない。よし、これなら。パキン。枝が折れる音。
「!!」
私が踏んだ? 違う。フェリックスさま? 足の動きからして違う。目の前の相手? 動いていない、違う。隠れている迂回組? そんなヘマする奴らじゃない、違う。だとするなら! 私は大声を出す。
「二匹!!!」




