【9】「今試しに殺してみましょうか?」
場面変わって作業場。ここに来たのは人目を避けるためだ。ちなみに家には入れない。万が一見られれば、あらぬ誤解を生んでしまう。貴族出身者が飲むかわからなかったけど、はちみつを入れたお茶を出す。ルドルフさまはお礼を言い、一口飲んでから単刀直入に言ってきた。
「数日前、あいつを刺したのは君だった。サシャさん、君が御使いだね?」
「そうです」
「…………」
「今更隠しません。ばれた気がしましたから」
ないなりの頭で考えたけど、どう足掻いても誤魔化せないと判断した。ルドルフさまは確信している様子だったから。ちなみにどこでばれました? と聞く。顔は認識阻害のフードでわからないはずなのに……。
「積み重ねかな。三回も現場に立ち会えばね。まず見える腕から女性だとわかる。背格好の雰囲気や歩き方であれ? と思った。声も、元の名残があった」
「なるほど。そういう細かい部分は気が回らなかったです」
「一回現場に立ち会った程度なら分からず仕舞いだっただろう。ただこう、何度もあるとね」
そこですよね。フェリックスさまだけだからな。複数回発症しているの。それで? と私。
「ルドルフさまはこれからどうするつもりで? 私の正体を報告しますか?」
私はルドルフさまの様子を窺った。その顔に嘘が滲まないかじっと見つめる。私の視線に、ルドルフさまは怖気づいた様子を見せた。君のその目はなんだか、とルドルフさま。
「怖いね。魔物と向かい合っている気分だ」
「怖い? 私はナイフで人を刺しますが、身体能力は一般人です。ルドルフさまと闘ったら普通に負けます」
「……そうかな? まあそれは置いておこう。結論から言うと、君のことは僕の胸に留めておく。騎士全員と君が結んだ約束だしね。そこは安心してほしい」
お。それは有難い。
「僕が君に聞きたいのは、フェリックスのことでね。御使いの君ならわかることもあるかなと思って」
「聞きたいこと?」
「なぜあいつは何度も狂病を発症する? あるいは、これはよくあることなのか?」
ルドルフさま曰く、狂病に発症したことを隠す騎士さまもいるようだ。まあ皆が皆正直に報告するわけがない。私の体感だが、殺しの頻度は一週間に1人、たまに2人だ。御使いを始めてから4か月経つ。猟師(本業)かつ殺し(副業:稼ぎ無し)って両立大変だったりする。ま、これからは少し狩猟の時期としては落ち着くけどね。本番は冬だから。
「20人くらい? 今まで殺したと思います。その中で、複数回殺したのはフェリックスさまだけです。フェリックスさまがそうなっている原因は、わからないですね。私はとにかく、狂病者をナイフで刺して治すのが使命なもので」
「そう、なのか」
「あの。もしかして後遺症が出たりしています?」
何回も刺しているし、そういうことがあっても変じゃない。サラエルさま曰く人の身を傷つけないらしいが、感じ方はそうはいかないかも。刺されたという認識があればショックを受けるかもしれない。あるいは、痛みはあるのかもしれない。我慢してもらうしかないけど。だってやらないと治らないし。
「そういう話は何も聞いてないよ。ただあいつは弱音を吐かないから、実際どうかはわからないな」
「あー、想像通り」
「まずいのはあいつの今の立場かな」
フェリックスさまは狂病を発症して治るたび、律儀にそれを報告しているそうだ。で、今のところそういった狂病発症報告をした騎士さまはせいぜい10人いるかいないか。その中でフェリックスさまだけ三回目の報告となれば、そりゃ目立つ。
「というか発症の隠蔽ってできます? ナイフの痕残るでしょう?」
「衣装の修復魔法があるんだ。騎士団以外に目撃者がいなければなんとでもなる」
「へー。そんな魔法が。というか、立場がまずいとはどういう?」
この病の保有者が魔界ゲート討伐者ということは既に騎士さま達の間で周知の事実。それに加えて私の見立てだが、前衛に出ていた騎士さまや重騎士さまの発症率が一番高い。中衛職なら数名。後衛の魔法使いさまや神官さまはせいぜい1人ずつだ。戦闘で魔物に多く直接接触したかどうかがカギ。そんな感じで分析していると、ルドルフさまが苦々しい顔で言う。
「あいつは魔物じゃないかと噂されている」
なにその超理論。どういうこと?
「なんですかその噂」
「何度も発症するからだ。黒い霧は、元は魔物から出たもの。それを浴びて狂暴化するのは、魔物化に等しいとされている」
御使いの私が殺すことによって、魔物の人格がなくなり治ると定義されているらしい。しかし何度も繰り返すフェリックスさまは、もう魂が魔物に乗り移られているのでは、と恐れられているとか。あるいは、実は人間の姿に生まれた魔物ではないかと。それはひどすぎるのでは。怖い気持ちを否定するつもりはない。だからって、証拠もないのに言っていいことではない。
「フェリックスさまは魔物の討伐で大活躍だったんでしょう? 功績も大きかったとか」
「その通りだ。あいつは体質の関係もあって、マナが枯れにくいしね」
「じゃあ魔物との接触も一際多かったはず。それで一度に治し切れないだけかもしれません。今回は思いっきりやったので、これが最後かもしれませんよ」
そうだといいけど、とルドルフさまが不安そうに呟く。今回は治すというより本当に心臓ぶち抜く心地でナイフを入れたので、全部綺麗に煙が噴き出していればいいのだが。あれそういえば、と少し気になる。
「ルドルフさまも討伐は参加しましたよね? フェリックスさまと一緒に陣形を組んだとか」
「そうだよ」
「じゃあ、ルドルフさまも魔物との接触は多かったはずですね。ルドルフさまはマナが少ないとか?」
「フェリックスと比較すると負けるけど、僕も保有量は多いよ。……まさか、僕もそのうち?」
理論上だとそう。私はじっと目を凝らす。黒い霧は見えない。そりゃそうだ。普通に話せているしね。しかし潜伏の可能性はありそう。あ、そうだ。私は提案する。
「今試しに殺してみましょうか? 発症予防みたいな感じで。潜伏でも刺せば効くと思います」
「え!」




