【8】ばれていますねえ!
という出来事があってから一週間ちょっと経った頃。再びフェリックスさまを殺した。これで三回目だ。なんで? 一人が何回も発症するケースは今のところフェリックスさまだけだ。あれかな? 刺しが甘いのかな? フェリックスさま体格がいいし、胸筋も厚いからね。親の仇に突き刺す勢いで心臓にナイフを通した。脈動が伝わってくる。力強い生命の音。ぐっとナイフをねじ回す。
心臓の綺麗なリズムが乱れた。ビグッと不随意な動きが筋肉に起きる。ぶわっと真っ赤な煙が噴き出した。目の前の身体が傾く。地面に強かに打ち付けて倒れた。痛そう。でもフェリックスさま絶対重いから、私は支えられない。巻き込まれるのはごめんだ。フードがずれたら一大事。部下の人達に言葉少なに声かけて、さっさと退散。一連の動作の間、ルドルフさまがじっと貫くようにこちらを見ていた。
それから数日後にフェリックスさま達と道で鉢合わせた。巡回中のようだ。挨拶しつつ、思わずフェリックスさまをまじまじと見る。見た感じ傷一つない。倒れた時の怪我は神官に治してもらったようだ。あれ? 今日はいつもより声に覇気がない。顔色もよくないような。……もしかして、思い切り刺しすぎた? あのナイフは身体を傷つけないが、痛みは残るのか? それとなく調子を窺ってみる。
「フェリックスさま。気のせいでなければ顔色が悪い気がします。大丈夫ですか?」
フェリックスさまは一瞬口ごもった。それから言う。
「知っているだろうが、騎士だけがかかる狂病というものがある。……俺は先日、それを発症してな」
いまや狂病のことは一般人も周知である。連絡があり次第私はすぐに殺しに行くが、それまでに発症した騎士さまが一般人に迷惑をかけることも少なくない。殺しのときには人気の少ない路地とかに連行してもらうから、御使いの存在は公にはそこまで広まっていないが。
しかしフェリックスさまは正直者だなあ。一時的に騎士さまがおかしくなる狂病を民は怖がっている。狂病にかかった騎士さまがわざわざそれを言うメリットなんてない。状況を整理し、私は一般人らしい反応を導いた。
「狂病って、突然気がおかしくなるっていう? 発作みたいなやつですよね?」
「ああ……」
「でも今はいつも通りに見えます。もう治ったということですよね?」
治っているのは私が百も承知だけど。この手で殺したんだから。何も知らない人を演じつつ白々しく心配するも、フェリックスさまは無表情ながら暗いままだ。どうした。
「怖がらせるつもりはないが、治っていないかもしれない」
「え」
「俺はこの病にもう三回もかかっている。根治していない可能性が高い。また再発するかもしれない」
あー。まあそりゃそう考えるか。私は割と人の顔が覚えられる方だ。だから殺した相手も覚えている。その中で、複数回殺したのはフェリックスさまだけだ。この前の飲み会では団長を誉めそやしていたエミルさまも、今日はしょんぼりしている。フェリックスさまが心配なのだろう。病気のことはよくわからないですけど、と私は切り出す。
「身体を大事にしてくださいね。あと落ち込みすぎは駄目ですよ。病は気からとも言います」
「確かに、その通りだ」
「そうだ。お守りをあげます。うさぎのしっぽです」
なお実際はしっぽではなく、毛皮を丸く加工したものである。そういう商品名ってだけ。うさぎのしっぽは、幸運のお守りとして人気がある。色が真っ白なものほど上等だ。これはシミ一つない傑作だから、高く売るつもりだった。フェリックスさまがらしくなく落ち込んでいるので、あげることにした。騎士さまに半端なものはあげられないが、これなら。
「……ありがとう」
「紐付きですが、別につけなくてもいいです。持っているだけで効果があるので」
珍しい。少しだけ笑みを浮かべて、フェリックスさまが私の手からうさぎのしっぽを受け取る。うーん。フェリックスさまが持つと小さな毛皮玉だ。……むしろ受け取る方が負担だったかな。縁起物をくだらんという人は多い。ポイッと捨てられるかもしれないけど、それはそれだ。こういうものに頼る必要がないくらい元気になれれば御の字だしね。そこでお別れする気だったが、呼び止められる。副団長のルドルフさまに。
「せっかくだから僕が送っていくよ。最近、ここらで路上痴漢があるからね。一緒に歩いていれば安心だ」
「私を痴漢する人はいないと思いますが」
どうせならもっと可愛い子狙うだろ。いやでも、人の性癖は千差万別らしい。明言はできないか。それはそれとして、この言い分が建前なのはよくわかる。あー、これだめだ。ばれていますねえ! そりゃ三回も見ればね。気づく人も出てくるよ。
「送るというのなら俺も……」
「お前は駄目。……フェリックス、今はとにかく定例通りにしてろ。せめてほとぼりが冷めるまでは」
おや、と思う。この言われよう、誰かに目をつけられたのか? ルドルフさまに言われて、フェリックスさまはおとなしく引き下がった。去り際、私に声をかけてくる。
「また今度、時間があえば話そう」
「はい。声かけてくださいね」
私の返事に彼は僅かに安堵した表情を浮かべ、他の騎士さまを引き連れ去って行った。大丈夫かなあ、フェリックスさま。
「じゃあ行こうか。……話があるのはわかっているよね? どこでなら都合がいい?」
「万が一聞こえたら困ります。私の作業場で」
ルドルフさまは了解の様子で頷く。大丈夫かなあ、私。まあなるようにしかならないけどね。




