表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/152

第98話 妻と子どもたちを置いては行けないと、魔王は答えました

「ギルガオン?」


魔王と、

彼が連れてきた騎士たちは、


突然駆け下りてきたギルガオンを見て、

驚いた顔をした。


「何事だ? なぜ今、下りてきた」


魔王の表情が固くなる。


自分が出した命令に背いて、

ギルガオンが戻ってきたのだ。


「お逃げください! 山頂に怪物がいます!」


「怪物?」


「信じられないほど強いです。しかも、魔王様を殺そうとしています」


「まさか……」

「真祖様が、です」


魔王一行を止めようとして、

ここまで追ってきたヴァンパイアたちが、

驚愕の表情を浮かべた。


「真祖?」


「すべてのヴァンパイアの母。そうだ。本当に復活なさったんだ」

「おお……真祖様……!」


彼らは膝をつき、

両手を掲げた。


アイリス山の頂から噴き上がる光。


それが意味するものを、

ようやく理解したのだ。


「真祖……。それなら、あの信じがたい強さにも説明がつきます。我ら一族の伝承に出てくる、あの女ならば」


ギルガオンが低く呟いた。


アトランティス島を、

血に染めた恐るべき魔族。


そんな話が、

伝承として残っていた。


ただの大げさな昔話だと思っていたが、

さっき実際に目の当たりにして。


あれは決して、

誇張などではなかったと分かった。


真祖は、

本当に強い。


「上へ行く。どけ」


「なりません」


ギルガオンが、

魔王の前へ立ち塞がった。


そして、

他の騎士たちに命じる。


「魔王様をお守りしろ。これ以上、上へ行かせるな」


その言葉に、

魔王軍の騎士たちは一瞬戸惑った。


ギルガオンの指示で、

今度は魔王様自身を止めなければならなくなったのだ。


「何をしている。あの上へ行かせてはならん」


ギルガオンが怒鳴ると、

騎士たちは魔王をぐるりと囲んだ。


それ以上、

先へ進ませないためだ。


魔王の近衛騎士団が、

魔王を包囲する。


そんな異様な構図になった。


「ギルガオン。どけ」


魔王が低い声で言った。


「なりません。お戻りください」


「抗命か?」


「処罰なら後で受けます。ですが、これ以上、魔王様を先へ進ませるわけにはいきません」


ギルガオンは、

両腕を交差させて言った。


バチバチッ!


その全身から、

紫を帯びた魔闘気が噴き上がる。


「お通しできません!」


ギルガオンが叫んだ。


上へ行けば、

真祖の手で殺される。


それが分かっているから、

絶対に退けなかった。


「お前がそこまで言うのなら……」


さらり。


今度は、

魔王の全身から魔闘気が溢れ出した。


赤く揺らめくそれは、

あまりにも濃い。


「うっ……」

「ぐっ……」


騎士たちはたまらず、

一歩、二歩と後ろへ下がった。


(なんてことだ……)

(これが、魔王様の魔闘気……?)


戦場で見ていた時よりも、

はるかに強い。


ただ魔闘気を放っただけで、

彼らを押し返したのだ。


「どけ。ギルガオン。これ以上、私の前を塞ぐなら、お前は私の手で死ぬことになる」


「退けません」


ギルガオンは、

微動だにしなかった。


命を懸けてでも魔王様を止めれば、

たとえ自分は死んでも、

魔王様の足だけは止められるかもしれない。


そう考えた。


だが――


それは、

甘かった。


ひゅっ!

どすっ!


「ぐ……っ!」


魔王の魔闘気が、

赤い槍へと変わった。


それがギルガオンの左肩を、

深く貫いたのだ。


戦場で見ていた以上の力。


ギルガオンの想像を、

はるかに超えていた。


どさっ。


ギルガオンが、

血を流しながら膝をつく。


「ギルガオンを治療しろ。それから、お前たちはここで待機だ。山頂へは私一人で行く」


魔王の命令に、

騎士たちは倒れたギルガオンへ駆け寄った。


早く血を止めなければ、

死んでしまう。


「ま……王様……上がれば……死に、ます……」


倒れたまま、

ギルガオンが手を伸ばして叫ぶ。


「ここで退いたなら、私は一生、死んだまま生きることになる」


その言葉を残し、

魔王は山頂へ向かって進んでいった。


やがて、

試練が始まった洞窟の入口が見えてくる。


(あそこか)


ヒュオオオオッ!


その瞬間、

突然の吹雪が襲いかかってきた。


一寸先も見えない、

激しいブリザード。


このあたりは、

急な天候変化が起きやすい。


けれど――


これは、

まるで別だった。


誰かが意図して、

吹雪を起こしたみたいだった。


(あれは……?)


その時、

目の前に誰かの影が現れた。


(エステル?)


妻が来たのか?


次の瞬間――


吹雪の中から伸びた真っ白な手が、

魔王の首を掴み。


そのまま、

地面へ叩き伏せた。


「ようやく見つけた。お前が魔王か」


妻と似た銀の髪。


だが、

妻とはまるで違う。


凍えるように冷たい赤い瞳が、

魔王を見下ろしていた。


「あなたが真祖か」


魔王の脳裏に、

ギルガオンから聞いた言葉がよぎる。


――真祖様だ。


「ぐっ……」


凄まじい力だった。


少し力を込められただけで、

息ができない。


このままあと少しでも力が強まれば、

首の骨が折れる。


そう思った。


「最期に言い残すことはあるか?」


死ぬ前に、

何か言うことはあるか。


そう問うていた。


「妻は? 子どもたちはどこにいる?」


「――あそこだ」


魔王がわずかに視線をずらす。


吹雪の向こうに、

妻と子どもたちの姿が見えた。


何かを叫んでいるようだったが、

風にかき消されて聞こえない。


「なぜ上がってきた? 来れば死ぬと聞かなかったのか」


「妻と子どもたちを置いては行けないからだ」


「妙なことを言う。だが、ここまで上がってきた勇気は認めてやろう。お前には、生き残る機会を与える」


「機会?」


「どうせ、魔王の座に上るための踏み台として結婚したのだろう?」


事情をすべて知っている。


そんな口ぶりだった。


政略結婚。


自分の地位を高める手段として、

エステルを迎えた。


そう決めつけているのだ。


「今後、ヴァンパイア一族はお前の魔王としての地位を認めよう。さらに、全面的に協力する」


魔王の部下たちが聞けば、

飛びつきそうな条件だった。


まさに、

彼らが望んでいた話だ。


だが、

条件がある。


「その代わり、二度とこのアイリス山へ来るな。エステルと子どもたちは、私が引き取る」


魔王から、

引き離すつもりだった。


「そして、もし私の提案を拒むなら――」


ぐっ。


真祖の指に、

さらに力が入る。


「ぐっ……!」


「このまま首の骨を折って、殺す」


凄まじい殺気が、

吹き荒れた。


生き残るためには、

真祖の提案を受け入れるしかない。


そんな状況だった。


「さあ、答えろ」


急かすように言う真祖に、

魔王は慎重に口を開いた。


「その前に、一つだけ聞かせてほしい」


「何だ? 確約が欲しいのなら、証でも何でも書いてやろう」


だが、

魔王が尋ねたのはそれではなかった。


「あなたは、どうしてエステルにこんなにも似ている?」


その問いに、

真祖は一瞬だけ考えたあと、

あっさり答えた。


「あの子は、私の娘だからだ」


魔王は、

ようやく納得したような顔で言った。


「では、あなたが義母上なのですね」


その言葉を聞いた瞬間、

真祖の目つきが険しくなる。


「偉大なるヴァンパイアの始祖たるこの私を、よりにもよって義母上などと呼ぶか!」


バチッ。


真祖が、

一瞬で魔王を持ち上げた。


桁違いの力だった。


「お前は一言だけ言えばいい。私の提案を受け入れると。そうすれば生きられるし、魔王としての権威も立つ」


今度こそ、

本当に最後だ。


そんな口調で、

真祖が迫る。


だが、

魔王はその提案を拒んだ。


「妻と子どもたちを置いては行けません」


「なぜだ? 死ぬのだぞ?」


「家族だからです」


その言葉に、

真祖がわずかに目を閉じた。


「家族、か……」


ひゅっ。


「ぐっ……!」


次の瞬間、

魔王の体が一気に向こう側へ吹き飛ばされた。


そこには、

大きな岩があった。


ぶつかれば、

助からない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ