第95話 家族だと知った瞬間、真祖の空気が変わりました
「強さを証明するための試練なんてありませんでしたけど――魔族には絶対に突破できない試練なら、ありましたよ」
「だから私に感謝するべきです。私がいなければ、封印は絶対に解けなかったんですから」
「どういう意味だ? お前が受けた試練とは、何だったんだ?」
「私が受けたものは、その……」
その瞬間、
私の口が止まった。
(何、これ?)
封印。
私が体験した試練について、
どうしても口に出せない。
初めて味わう、
システムによる口封じだった。
「私は試練そのものについては知らない。ただ、神々から“決して破れぬ試練だ”と聞かされていただけだ」
「だが――お前が今、嘘をついていないことは分かる」
「お前と私は、本体と分身の関係だからな」
「そうですか。なら、いちいち細かく説明しなくて済みますね」
「母上?」
その時、
エリンの声が聞こえた。
私はすぐに、
子どもたちの様子を確かめた。
まんまるな目。
私が騒ぎすぎたせいかしら。
どうやら、すっかり目が覚めたみたいだった。
何かを隠しているみたいに、
少しそわそわしている気もするけれど。
……たぶん、
気のせいよね。
きっと突然こんな洞窟に放り込まれて、
驚いただけだ。
目を開けたら、
いきなり洞窟だもの。
私だって怖かったんだから。
子どもたちなんて、なおさらだろう。
「大丈夫?」
「はい」
代表して、
エリンが答えた。
「突然、光がぱっと弾けたと思ったら、あなたたちが現れたの」
「僕たちも、そうでした」
エリンによると、
下の二人と一緒に突然ここへ巻き込まれてきたらしい。
「そう。すごく驚いたでしょう。ごめんなさいね。ママの試練のせいで、あなたたちまでここへ来ることになってしまって」
私は手を伸ばして、
子どもたちの頭をそっと撫でた。
するとようやく安心したのか、
エリンと双子が私にぎゅっと抱きついてくる。
ふと。
(でも、どうして毛糸の帽子に外套まで着てるのかしら?)
そんな疑問が頭をよぎった。
まあ、
転移した時にそのまま一緒に来たのよね。
そう考えることにした。
この場所はかなり冷える。
子どもたちが寒くなくて、
それだけは本当によかった。
すっ。
その時だった。
私の腕の中から抜け出した子どもたちが、
今度は私の前に立ちふさがった。
「あなた、誰ですか?」
両手を広げたまま、
エリンが問いかける。
双子もエリンの隣で、
翼を広げながら小さく唸っていた。
本能的に、
危険を感じ取ったのかもしれない。
真祖が私に近づいた瞬間、
母を守ろうとして前に出たのだ。
「ふん。どけ」
真祖の体から、
息が詰まるほど恐ろしい気配が噴き上がった。
でも、
エリンも双子も退かなかった。
「お前たちでは私の相手にならぬと、今ので十分に分かったはずだが?」
「ならば、逃げるのが当然だろう」
「ママを置いて行けません!」
「きゃあああ!」
「くぅああ!」
エリンと双子が叫ぶ。
その時、
私は三人を包み込むようにして前へ出た。
「大丈夫よ。あそこにいる方――あなたたちのおばあさまなの。ママのほうのおばあさまよ」
「おばあさま、ですか?」
「ここ、アイリス山でしょう? ええと……そうね。アイリスおばあさま、でいいわ」
真祖の呼び方を、
その場で決めた。
これからは――
アイリスおばあさま。
「へえ……?」
エリンが、
心底驚いたような顔をした。
「母上と雰囲気が全然違うので、分かりませんでした」
「きゃあ?」
「くぅ?」
双子が首をかしげる。
それで、
これからどうするの?
そんな顔だった。
「ほら。前に教えた挨拶、覚えてるでしょう?」
前に子どもたちと話していた時、
新年の風習についてついでに教えたことがあった。
まさか、
こんなところで役に立つなんて。
少ししてから、
エリンと双子が真祖に向かって新年の挨拶をした。
「アイリスおばあさま、あけましておめでとうございます」
「くぅくぅくぅくぅ」
「くぅくぅくぅ」
小さな子どもたちが、
一生懸命に挨拶している。
その姿が――
とんでもなく可愛かった。
クリスマスに続いて、
ハッピーニューイヤー。
真祖は黙ったまま、
子どもたちの挨拶を受けていた。
「お前の子どもたち、か? ……それで、今のは何だ?」
「最近、魔王城で広めている風習なんです」
私は、
新年の挨拶の風習について説明した。
新年を迎えても、
魔王城はあまりにも味気なかった。
ただ、
年が変わった。
その程度の認識しかなかったのだ。
だからこそ、
クリスマスに続いて。
今度は新年の挨拶の風習も、
少しずつ作っている最中だった。
「ハッピーニューイヤーです!」
「久しぶりに目覚めたと思えば……ずいぶん変わったものだな……」
真祖は、
くだらぬことを言うなとでも言いたげな顔をした。
ぶぅん。
真祖が手を伸ばす。
すると、
子どもたちの頭上に青い膜がふわりと張られた。
まるでシャボン玉の中に閉じ込められたみたいに、
その膜の中へ子どもたちが収まったまま、
ふわりと浮かび上がる。
エリンは相変わらず無表情だったけれど、
双子は物珍しいのか、
泡の中でぱちぱちと瞬きをしていた。
危険なものではない。
ただ、
閉じ込めているだけ。
観察しているのだ。
しゃらっ。
真祖の背から、
白と黒の翼が一対あらわれた。
「きゃあ!」
「きゃあ?」
双子が驚いて声を上げる。
自分たちに似た翼だったからだろう。
「私の翼を受け継ぐとは。珍しいな」
「これは、お前ですら持たなかったものだ」
エステルにもなかった翼。
分身であるがゆえに、
力に制限があったのだ。
そしてそれが、
双子へ受け継がれた。
「そうなんですか?」
思っていた以上に、
真祖の血は強いらしい。
強力な母系遺伝。
純血のヴァンパイア。
「だが――この子はどうしてこうなのだ?」
真祖が、
エリンを指さした。
私と髪色も顔立ちも似ている双子と違って、
エリンだけは明らかに違っていたのだ。
「黒い髪に、黒い瞳。我ら一族からは出ない色だ」
きっぱりと言い切る真祖。
「夫にとてもよく似たんです。正確には、夫の家系に、ですね」
すると、
真祖が私に問いかけてきた。
初めて――
その声に、
わずかな震えが混じっていた。
「念のために確認するが……その……子どもたちには私たちの会話は聞こえていない。だから気にせず答えろ」
「つまり、お前の夫というのは……」
何を聞きたいのかは、
もう分かっていた。
「はい! 先に言っておきますね!」
私は勢いよく右手を挙げて、
はっきり答えた。
「私の夫は、ケルベス一族の魔王です。私はその妻――魔王妃です」
その瞬間。
真祖の表情が固まり、
唇がわなわなと震え始めた。
信じられないものを聞かされた。
まさにそんな顔だった。
(最初のヴァンパイアでも、あんな顔をするのね……)
そんなことを、
つい思ってしまう。
ひゅっ。
一瞬で、
真祖の顔が私の目前にあった。
赤い瞳は充血していて、
本気で恐ろしい空気をまとっている。
「その子らは、お前の血を継いでいる。だから生かしてやろう」
「だが、その魔王とかいう男は……私が誓おう。必ず……」
さっきまでとは比べものにならない。
心の底から噴き上がる怒りだった。
私は、
真祖の口から“魔王を殺す”という言葉が出る前に、
慌てて割って入った。
「私の夫なんです。家族なんですよ」
その一言で、
真祖は言葉に詰まったようだった。
「家族なら……殺せぬ、か……」
よかった――
そう思った。
でも、
それで終わりじゃなかった。
「今すぐ離縁しろ」
真祖の恐ろしい圧が、
私の体をかすめていく。
これはただの強要じゃない。
血の従属。
ガーディアンを救い、
従わせた時に使った――
私の特殊スキル。
(真祖こそ、血の従属スキルの本来の使い手……!)
(その力が、今……私に向けられてる)
「彼と離縁すると約束しろ」
(絶対に、嫌です)
私は、
私を従わせようとする真祖の命令に、
真正面から抗い始めた。




